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第九  作者: 天上/トロあ
第二章 異世界転移編
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十八話 探し物

 翌日。

 亜真人は学園図書館に居た。

 館内は非常に広く、デジタルも含めば科学界もとい地球上の書物の約八割が保存されていると言われている。

 現在はほとんどの学生が講義を受けに行っている時間帯のため閑散としており、警備用の自律ロボット以外にはほとんど気配が無い。単位を取るつもりの無い亜真人にとっては都合がよい空間だ。

 スメラギが描いた世界渡航魔法にイメージが引っ張られることを忌避し、術式を根本的に組みなおすため新たな魔法言語を学ぶために机の上に何冊も書物を積み上げ読みふけっていた。

 一通り頭に入れては先ず書いてある通りの魔法陣をトレースし、知っている魔法をその言語で変換し、慣れてきたところで渡航術式の構築を試みる。魔法言語の完全な習得が目的ではないため、そこまで時間のかかる作業ではないのだが、どれもこれも安全性が致命的に不足しているのが目下の問題である。

 加えて、魔法陣を描く度に完成した限定魔法としての術式が脳裏に浮かび、自らの構築した術式が不可能な完成品に引っ張られているのではないかという考えがどうしても消しきれない。

 記憶に残っていないのは分かっている。それが限定魔法に用いられる固有の魔法文字の性質だからだ。つまりこれは完全に自分の問題であり、どちらかと言えばコンプレックスに由来するものであることも分かっていた。


「だからといって、解決策は思いつかないんだよなぁ」


 背もたれに体を預け、思わず額を押えてしまう。

 どうしたものかと悩んでいると、スマホにメッセージが届いた。


『森で事故があったみたい』

『今晩は行けないかも』


 南海からだ。

 続いてネットニュースが貼り付けられた。


「南東部で火事……ねぇ」


 ヘリコプターから中継される映像では島南東部の森一帯が焦土と化し、それどころか周辺の建物まで火の手が及んでいる様子が報じられていた。


「あれ?亜真人君じゃん」

「おー!奇遇ですね!」

「……どうも」


 同じ研究室の二人だった。長身の男と小さくてうるさい男。名前は聞いたことがあるはずだが、亜真人には全くもって思い出せなかった。

 長身の男はユーリと仲が良かったと記憶しているが、亜真人はこれといって接点が無かったため互いに何を言い出すものかと黙り込んだ。


「何見てるんですか?」


 幸いにも小柄な男がいつものアホ面で話しかけたおかげで、取っ掛かりができた。


「今は、ニュースを」


 亜真人がスマホの画面を見せると、二人が声を上げた。


「本当に偶然。そのニュース俺たちも見てたんだが。どうも事故らしく無いよな」

「縦の規模と被害速度が釣り合ってないんですよね。あの森の植生とこの時期の気候からすると延焼には時間がかかるので、この短時間で燃え尽きる場合発火は広範囲で同時に起きたはずです」

「始まった」

「ならどうやったのか。科学兵器、魔法。考えられるのはざっくりその二つですが、ここで僕は面白い情報を入手しました」


 小柄な男がスマホを取り出し、SNSを見せる。


「このところ森で野宿する不審者の目撃情報が出ていました。鎧のようなものを身につけているのが共通点のようです。そして……」


 画面をスライドさせる。


「映像に一瞬だけ映ったこの人物。服装からして帝国軍兵でしょう。この島は科学界管轄ですから密航者等あちら由来の犯罪者でなくては帝国兵は出動しません。死傷者の報告は少ないのに亜真人さんの彼女さん達のように医療担当は殆どが出張っています。何のために?これについては報道と事実に大きな乖離があるものとして、恐らく民間人への被害が少ないからと考えられます。つまり森の焼滅の原因が帝国兵が出動するようなものであり、それは最近目撃されていた不審人物だったと、そういうふうに推察できる訳です」

「話の流れが掴めないんですが、それならなぜ図書館へ?」

「教授を探している。今日は一日学園にいるらしくてな。不便な話だよ。第七じゃ学生は島の運営に介入できないのは」

「今回みたいなことは未然に防げなくてはいけない事例なんですがね。いっそのこと島内の人間を漏れなくトラッキングできればああいった不審人物や不法滞在者も取り締まれるんですが、島の防犯システムを強化するだけでも一苦労です」


 やれやれと首を振る仕草に呆れが滲み出ていた。

 どうにも行政に関わることは介入するのが学生には特に厳しく、一定以上の立場を持った人物とのコネクション頼みになるとのことだ。なお、他の島では逆に学生が自治権を持つ場合もあるらしい。


「そうなんですね。俺は長いことここに居ましたけど、人の気配はしなかったので教授は来てなかったはずです」

「そうか。なら他をあたろう。……ていうかいつから居たんだ?」

「三、四時間くらいですかね」


 伽澤研究室のせいで感覚としてはほぼ倍ではあるが、実際にはそのくらいのはずだ。


「そんなに。講義は大丈夫なのかよ?」

「ええ……まあ。必修単位は少ないので」


 あまりしたくない話だ。


「勿体ないですね。我々は確かに魔法研究がメインですがどんな分野の学問にも魅力はあるものです。必修かどうかではなく興味で受けるのもまた楽しいものです」

「でもお前は必修単位は取れ?既にニダブなのを忘れんなよ?」

「まあまあ見ててくたさいよ。二年間蓄積した数学力がこれから幾何魔法に生きてくるんですから」

「魔法陣描くこと殆ど無えだろ。悪い、亜真人君。こいつが後輩になったら気使わなくていいからな。さて、そろそろ行くか」

「お邪魔しました!」


 世間話だけして二人は去っていった。

 こうしてちゃんと話すのは初めてであったが、悪い人たちではないらしい。名前くらい覚えておいてもいいのかもしれないと思い直すこととなった。


『おい。おい、アマト』


 突然聞こえた声に特に驚きはない。左手に走る違和感が()による魔法行使を知らせてくれる。


「……どこに行ってやがった」

『見つけた』

「は?」

『俺の私物だ。回収しておきたい』


 スメラギには外出しないよう言い含めてあるため、回収してこいということだろう。


「それが俺の役に立つのか?」

『ゆくゆくはな』

「ろくに手伝いもせずに自分の要求が通るとでも?」

『手伝う意味の無いことを手伝うつもりはない。いいから行け』

「――――。はぁ……場所は?」

『この島の南東部の森だ』




「全員運んだ?」

「侵入可能範囲の負傷者は全員運びましたが、まだ相当数の重傷者が残っていると思われます」

「民間人は?」

「先ほど全員の搬送が完了したと」

「よし。魔法族の耐久力と回復力は訳が違う。帝国軍の衛生兵が来るまでの間延命できればいい。体表の火傷を可能な限り治療しろ」

「はい!」


 件の森のすぐ外に設営された仮設テント群では、身体中至る所に重篤な火傷を負った帝国軍兵士たちが治癒魔法による応急処置を受けていた。


「江野寺さん、次こっちお願い」

「わかりました」


 南海もまた、治療担当としての役割を果たしていた。


「全身に重軽度の差はあるけど火傷が。それと右腕はほとんど炭化しちゃってるから、最悪は切らないと壊死が進行する」

「なら、私が右腕を担当するので火傷の軽い部分から迅速に治療をお願いします」

「え?でも……」

「早く」

「――了解」


 南海が即座に魔法陣を展開し患者の右腕を細かく分析する。

 酷いなんてものではなかった。手先に行くにつれて症状は酷くなっており、指先に至っては骨の内部まで完全に炭化して、もはや生体の一部であったと言われてもわからないほどだ。本来ならばすぐに切除しなくてはならないが、その症状から原因となった熱の由来を魔法によるものと特定した。

 幸い、南海は完全に魔法による負傷への対処法を()から――実際にはその先輩にあたる人が彼に与えた物であるが――貰っていた。

 魔方陣を描き、中から白衣を取り出して身に付けた。白衣には魔法陣が描かれており自己対象に設定されたそれを自らを媒体とすることで他対象として行使する。

 彼の話によればそれは、第七島で特に研究されている技術である『魔法陣の完全な外部化』を利用して生まれた、彼の所属する研究室の秘匿された成果の一つなのだという。南海は研究者ではないために詳しいことはわからないが、おかげで今こうして役に立っているのだから関係はなかった。

 焦げた腕の付け根から指先に向かって皮膚が裏返るように本来の色を取り戻していく。毛細血管の一本に至るまで状態を注視しながら空いた手で他の目だった火傷に対処していると、指先まで何事もなかったかのように快癒してしまった。


「…………」

「すごい……!絶対手遅れのはずだったのに。いったいどうやって――」

「う…………」

「江野寺さん……!」


 急な頭痛と吐き気に思わずしゃがみ込んでしまう。

 周囲の人が心配して近寄ってくるが、スタッフのために患者へのケアが疎かになってはいけないと思い、制止する。


「魔力を使い過ぎたみたいだから、少し休んで復帰する。皆は早く兵士の治療を」


 迷惑にならないようテント裏に下がろうと思い立ち上がろうとするが、平衡感覚がおぼろげになって体勢を崩しそうになり、近くにいたスタッフに支えられた。


「大丈夫?俺が付き添おうか?」

「大丈夫だから……早く、治療を…………」

「全然大丈夫じゃないでしょ。息荒いし、多分体温も上がって――」

「……っ!」


 肩を支えてくれた男が南海の症状を診断しようと魔法陣を描いたのを、南海が咄嗟に振り払った。


「ホントにっ……大丈夫だから……!」


 そのままフラフラとした足取りで裏にはけていく南海を男は振り払われた手を下ろすことも忘れて呆然と見送った。


「――――」

「そこ!ボケっとしてないで仕事して!まだ増えるよ!」

「またしょうもないこと考えてたんでしょ。ほら、新規来たよ」

「…………ぁ、ああ」




「はぁ……はぁ……あの被害範囲だ。探し物も灰になってるんじゃないか……?」

『それならそれで構わないが一つだけ絶対に無事なものがある。それを誰にも見つからないように回収したい』

「特徴は……?」

『剣だ。他に情報は必要ないだろう。ここじゃぶら下げてるだけでも捕まるようだしな』

「なんでそんな…………はぁ……物騒なものを…………」

『職業柄だ。こっちで言うところの日雇い傭兵、何でも屋』

「……?なんか…………流暢になってないか……?喋り方」

『科学界はいいもんだな。学習、教育のノウハウが魔法界とは比べ物にならない。というか、あんだけ魔法研究に熱心なのに、全然そっちの本は置いてないんだな』

「…………はぁ……あと三十秒で林を抜ける……」

『随分かかったな。周囲二百メートルくらいにいる人間にマークした。視界に入らないように気を付けろ』

「体力不足で悪かったな。…………ふぅ。《感応彩匿ベヌラク》」

『目標は魔法の影響を極端に受けづらい。戦闘が激化している今だからこそ目標の位置が分かるし注意を集めなくて済む』

「っと。この先は遮蔽物が何も無いな」

『流れ弾で魔法が乱されないようにしろ』

「服が汚れるけど仕方ないか」




「まったく。手酷く焼いても次から次へと湧いてくる。治療が速いか、増援が多いか。恐らく前者だな。新手の到着にはまだ時間がかかるはず」


 焼け野原の真っ只中で男は暗き炎の魔剣を振るい、襲い来る魔法と銃弾の悉くを焼き尽くしていた。


「帝国の兵装と戦術が科学界の影響を受けているとは聞いていたが、想定外に厄介だな。二、三発受ければ鎧が抜かれかねん」


 亜音速で飛来する物体が絶え間なく注がれ、それら全てを防ぐのは容易でも、気は抜けなかった。

 何よりも問題なのは魔力切れ。火焔剣は元来魔力消費が所有者の魔力回復を下回るために見かけ上は魔力消費がタダではあるが、先の召喚魔法で疲弊しきっている。よって魔剣を媒体として高等魔法を乱発することはできず、帝国兵の『有効な部隊が到着するまで敵を動かさない』戦術に対しては魔法及び物理に対する魔法障壁を展開し続ける必要がある。


「火焔剣に適正のあるこの肉体は当分手放せぬからな。さて、厄介な後衛をどう潰すべきか」


 一度戦場を黙らせなくては大魔法の行使がままならない。前衛を潰したとて前線が後退するだけですぐに復帰してくるだろう。

 治療担当のいるラインを潰さなければいけない。


「ん?鼠が紛れ込んでいるな。巧妙に迷彩を施しているが。丁度いい、使ってやろう」


 空いた手で魔法陣を描き、侵入者にかけられた隠蔽魔法を解除すると同時にべガードに固有の魔力を飛ばした。




『民間人だ!落ちぬ大鷲(フェレス)、保護!俺がカバーする!』


 それまで掃射を続けていた帝国兵隊は唐突に発された指揮官からの号令に、しかし瞬時に対応した。

 突如戦場に現れた白衣の青年を、近くにいた空中機動部隊落ちぬ大鷲(フェレス)が確保に向かう。

 青年は覚束ない足取りで、意識がはっきりとしていないように思われた。

 部隊員は不審に思いながらも民間人を巻き込む訳にはいかないため、迅速な保護と離脱を完遂し即戦線復帰をしなくてはいけない。

 決して鎮圧目標から意識を逸らすことなく、保護対象まであと十メートルといったところで、陣形の先頭にいた隊員の右肩口から胸部にかけて装備もろとも裂けていた。


「……………………………は?」


 漏れた声は隊員の誰の物でもなく、その光景を生み出した当の本人のものであった。

 虚ろな目に光が戻り、その焦点が現実と記憶とを重ねた。かつて味わったものとそっくりな決して望まぬその咎を。

 加害者を同定した隊員が亜真人に銃口を向ける。だが遅い。落ちぬ大鷲(フェレス)に起きた事象を認識した他の隊員も当の落ちぬ大鷲(フェレス)も驚き硬直したのは一瞬にも満たない刹那であった。

 彼らの多くは手を止めず、足を止めない。意識が硬直しようと肉体が動く限りは判断する。事実、一瞬手が止まったのはほんの数人だ。次の瞬間には各々の任務に戻るはずであった。

 しかし、その間隙を狙って作りだした者にとっては僅かに弱まる鉄と魔法の雨は充分過ぎる猶予となる。

 ただ一人、それを成した者だけを除いてその場にいた一切が同時に同じものを見た。

 ――視界が赤く染まり、途端に暗転した。

 軽快な音と共に、両の眼球が弾けていた。

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