【貴之の恋愛は恋人未満】
電車から降り、貴之は春里と一緒に歩いていた。途中、スーパーマーケットに寄り、不足している食材を購入する。当然のように籠を渡され、荷物持ちをさせられた。次々と放り込まれる商品を見つめながら、貴之は春里から離れないように歩く。
「今日オムライスにしようと思ったんですけれど、嫌いじゃないですよね」
いっぱい食材を放り込んだ後、思い出したように足を止め、振り返った春里が尋ねた。
「嫌いじゃないよ。好きな方」
「良かった」
満足げな笑みを浮かべ、再び歩き出す春里の背中をじっと見つめる。女の子にしてはいっぱい食べるだろう春里は、あの食欲が想像できないくらい細い。
「燃費が悪いな」
ぽつりと零した独り言を春里は拾ったようで、振り返って不思議そうに貴之を見た。
「何でもないよ」
そう言って微笑んで見せると、春里は興味を失ったようにまた前を向いて歩きだす。
買い物を終え、当然のように荷物持ちになった貴之は、春里の隣ではなく、なぜか春里の後ろを歩いていた。
「ねえ、貴之さんは高校生になって恋人がいたことはあるんですか?」
突然の問いに、一瞬戸惑ったが、多分今貴之が置かれている状況を思ってのこの問いなのだろうと理解した。
「いや、一年の時に告白されて付き合った女の子がいる。その時はまだ騒がれていなくて、何ともなかったんだよ。モデルの仕事を始めてから急にこんなになって戸惑っているうちにこんな感じ」
「ご愁傷さまって感じですね。青春が色あせている感じ」
「そういう春里はどうなんだよ」
貴之の質問に春里は唇に人差し指を当て、空を見つめながら「うーん」と考えていた。
「告白は結構されたかな。でも、心惹かれた人はいなかったので、恋人などはいませんでしたよ。気軽に付き合うと痛い目に遭いそうだったので、自分の気持ちには正直に動くんです」
痛い目と言うのは望んでいない行為がその先に待っていても抗えない可能性があると言うことだろう。男は心が伴っていなくてもどうにかなりそうだが、女は違うのだろう。まあ、心が伴わなくても大丈夫な女もいるし、心が伴わないと駄目な男もいるだろうが。
「へえ、じゃあ余計に奏太になんか任せられないな」
「自分のお友達なのに」
「俺の妹だろう?」
「心配いりませんよ。今のわたしを気に入っているのなら、態度を改める予定です」
「なにそれ」
「性格を変更ですよ」
「本当の自分を曝け出すと言う事か?」
「何ですか?その言い方。まるでわたしの性格が悪いみたいじゃないですか」
口調は文句を言っているが、表情はおかしそうに笑っている。
「ただ、違う篠原春里を演じると言うことです」
「怖いな」
「そんなことないですよ。誰もがそうやって生きているんです。貴之さんだってそうでしょう?」
「……まあ、そうなのかな」
奏太は悪い奴ではない。別に女たらしであるわけでもない。だが、気が多いのだ。そして、その想いに猪突猛進。周りが見えなくなるくらいには突っ走る。その姿が羨ましいとずっと貴之は思っていた。自分もそうなれるのであればどんなに楽しいだろうと思っていた。でも、あの滑稽な程楽しそうに恋をする姿に憧れながら、なぜか貴之は冷めていた。
初めて女の子と付き合ったのは中学二年の頃。三年生の結構真面目な雰囲気を持った女の子に告白をされ、勢いに負けて頷いた。彼女とは部活も違っていたので、一緒にいると言っても登校の少しの時間だけだった。登校時と言うこともあって、手をつなぐこともなく終わってしまった付き合いだった。これって恋人同士だったと考えられるのだろうか?そんな疑問がずっとついてまわっていた。
次は高校一年生の時だ。やはり告白された。今回は同級生の女の子で、少し派手目だったと思う。やはり部活などで一緒には帰れなかったので、お昼を一緒に食べることや休み時間一緒に過ごすことで終わった。彼女はそれに満足をせず、貴之が振られた形だ。貴之としてはお昼の時間を一緒に過ごすことも本当はしたくなかったのだが、最大の譲歩として承諾したのだ。なのに、一緒にいてもつまらないと言われ、恋人同士なのに手を出してこない気の弱い男だと罵られた。
それだけでも女を信用できなくなっていたのに、アルバイト感覚でモデルの仕事を始め、雑誌に載るようになり、周りは変化した。まるでアイドル扱いで、自分の何を見てワーワー騒いでいるのか分からないまま、状況は悪化し、知らないうちに現状に変化していた。
春里に恋人がいた時があると言ったが、あれが恋人だったかと言えば違うような気がしてならない。貴之は恋人とどう過ごすと恋人同士になるのか分からなかった。感情も伴っていなかったから余計なのかもしれない。ただ、興味本位で一緒にいてみたと言うだけのことだったようにも思える。だから、春里が「気軽に付き合うと痛い目に遭いそうだったので、自分の気持ちには正直に動くんです」と言った時、そうだなと納得してしまった。本当に痛い思いをしたから。
貴之は自分は冷めているとと思っているけれど、実は周りはそんなことは思っていないタイプ。奏太は貴之をからって、反応を楽しんでいるのだから。
次回は春里の学校生活。そして、奏太はストーカー化?
次回もお付き合いください。