【春里と奏太の微妙な関係】
学校がやっと終わって、帰ろうと準備をしている時、春里の席の前に誰かが立ったことに気がつき、顔を上げた。そこには、同じクラスの男の子が立っていた。まだ一度も話したことのない小牧君。下の名前は覚えてはいない。
「ねえ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
少し言い辛そうに言う彼に春里は首を傾げて見せた。
「ちょっとさ、ここじゃ話しづらいような……」
「どこなら話せるの?」
「人の少ないところ」
春里は考えを巡らせ、立ち上がり、小牧に微笑んだ。
「じゃあ、行こうか」
春里の言葉に小牧は驚いたようだが、そういうことは気にしない。春里は小牧がついて来ているかも確認せずに、いつも一人になりたい時に行っているあの階段下へ向かった。
そこはにぎやかな声が響いているが、人気はない。階段下で隠れているから、あまり気にもならない。
「それで何?」
「ああ」
話があると言ったのは小牧の方なのに、小牧は戸惑っている風で、春里は自然と溜め息を吐いた。
「男ならはっきりする!」
ビシッと言うと、驚いたのか小牧はビクッとし、姿勢をただした。
「篠原さんって増永先輩と付き合ってんの?」
どうしてこんな質問になったのかは春里にも分かる。未だに懲りずに奏太は春里の帰りを下駄箱近くで待っているから。だが、どうしてそんな事をこの男に確認されなければならないのかが分からない。どうしてそんな事を答えなければならない?
「さあ」
だからこそ、反発したくなってぶっきら棒に春里は答えた。我ながら気まぐれだよな、なんて呆れたりもするけれど、それが性格だから仕方ない。
「さあ、って自分のことでしょう」
どうしてそんなに詰め寄って来るのだろう。
――ああ、面倒くさい。早く帰りたいのに。もう。
春里は小牧を睨んだ。
「小牧君に関係ないでしょう?」
「関係ある。大いにある」
「どこら辺が?」
すぐに帰るために質問に正直に答えればいいだけのことだと言うことは分かっているが、素直に従うのは癪だった。別に付き合っているわけでもないし、内緒の関係と言うわけでもないのだから隠す必要などないのだが、不躾な小牧の態度が春里には気に食わない。
「俺が篠原さんの事が好きだから」
――ああ、そういうことね。
やっと腑に落ちて、睨んでいた態度を笑顔に変えた。
「増永さんとは付き合っていないよ。でも、あなたとも付き合う気はない」
付け加えるとしたら、あなたと付き合うのなら増永さんと付き合う。と言うところだろう。そこまで意地悪は言わないけれど。そう思うと春里は自然に笑いが込み上げてくる。
「小牧君はわたしのどこに惹かれたの?」
後学のために聞いてみた。
「え?」
「すぐに答えられないの?」
「いや。言葉にするのは難しいんだ」
「そう。ありがとう。じゃあ、また明日」
春里は役に立たないなあと思いながら、にこりと微笑み、その場を去った。後ろから小牧が春里を呼びとめていたが、春里は振り返ることはしなかった。
「面倒くさい」
零れた言葉が総てを語っていた。
下駄箱まで行くと、待ちくたびれた雰囲気の奏太が立っていた。奏太が春里の姿を認めると、短く息を吐きだした。
「今日は間に合わなかったのかと思ったよ」
そう言ってかわいらしい笑顔を見せる。
「ちょっと所用で」
「まあ、会えたからいいよ」
本当に嬉しそうににこにこしてくれるから、春里も無下にはできなくなってきていた。最初は性格を悪くして、嫌われようと思っていたが、あまり効果もなくて諦めた。そして、まるで犬のように慕ってくれる奏太がなんとなくかわいらしく感じ、諦めた。年上の男性をかわいいと形容するのもどうかとは思ったが、一番近い表現に思えた。
「じゃあ、帰りますか」
奏太の言葉に春里は微笑んで返した。
「で、所用って何なの」
もうすぐ十月と言うだけあり、外は涼しくなってきている。奏太も春里も長袖を着ている。だが、今日はなぜかそれでも涼しく感じられた。
「男の子に呼び出されたんですよ」
春里の言葉に素早い反応を見せる奏太が可笑しくて春里は笑った。想像以上に犬っぽい。
「本当に?」
「はい。ああ、いじめじゃないですよ」
「いや。その心配をしていたわけじゃなくてね」
そう言ったあと、言い淀んでいる奏太をじっと見つめた。
「増永さんと付き合っているか確認されましたよ。そういう認識があるみたいですね。なんかびっくりしました」
「おお。そのまま付き合っちゃおうか?」
「いいえ。増永さんももうそろそろ冗談はやめた方がいいですよ」
「冗談じゃないんだけれどな」
ぽつりと言ったその言葉は冗談とは思えなくて、春里は一瞬身を固くした。
春里はずっと奏太の真意が分からずにいた。からかって遊んでいるのか本気なのか。この時の『からかって』と言うのは『兄を』と言うことになる。奏太はそれを楽しんでいるように思えていた。だから、春里も自然にその関係を楽しんでいたのだ。だが、本気ならば話は別だ。この状況も関係も好きだが、それに甘えてはいけないのかもしれない。
「でも、まあ、今アピール中だからもうちょっと振らずに付き合ってね」
春里の心の中が読めるのかと思うような的確な返しに春里は立ち止まった。
「うん?どうしたの?」
奏太が身体をかがめて春里の顔を覗きこんだ。大きな眼が瞬く。
「わたし増永さんとお話しするのは好きですよ。楽しいですし。貴之さんと三人でいると一層楽しい。だから、わたしこういう距離が好きです」
奏太は伸びをした後、息を吐きだした。
「やだなあ。先に牽制されて、俺がそれ以上踏み込めないようにしちゃうんだ。ずるいなあ」
奏太のわざとらしい笑い声が聞こえ、春里は奏太を見上げた。
「わたしのどこがいいんですか?」
奏太は春里の眼をじっと見つめ、にこりと微笑んだ。
「かわいいところ。その一言に尽きるよ」
春里は一気に恥ずかしくなり、顔が熱くなったことを感じた。特にすごい事を言われた訳ではないが、当たり前のように言われるとは思わなかった。聞いたのは春里なのだから、それなりに覚悟をしていたつもりだが、この言葉は不意打ちだった。あの、小牧とは違うのだ。
「顔もかわいいけれど、それだけじゃないよ。性格も言葉遣いも笑顔も態度も雰囲気も。もう全部ひっくるめてね」
当たり前のように恥ずかしげもなく言ってのける奏太はやはりすごい。春里は妙に感心してしまった。
「それって、増永さんの口説き文句ですか?」
春里の言葉に奏太は盛大に笑った。本当に可笑しかったようだ。
「確かに口説き文句かも。しかも鉄板だよね、これ。でも、春里ちゃんにぴったりだと思うよ。きっと俺ってかわいい子が好きなんだね」
そしてまた、いけしゃあしゃあと言ってのける。
「俺がさ、春里ちゃんに抱きついた時があったでしょう。あの時、妙に平然としていた春里ちゃんにね、興味を持ったんだよね。慣れている感じしないのに、俺が抱きついても強張ったりしないしさ。別になんてことないような態度だったのが不思議でね。この子はどうしたら困ってくれるんだろうな、って興味を抱いちゃった」
「わたしに困ってほしいんですか?」
またまた悪趣味な。などと思うと苦笑する。春里はすでにつき纏われた時点で困っていたし、抱きつかれた時も困ってはいたのだ。ただ、平気なふりをしていただけで、実は怒ってもいた。
「困った顔を見てみたいの。別にずっと困らせたいわけじゃなくて、自然な表情を見たいなって。だから、困った顔を見た後は怒った顔も見たい」
「それって、表情が豊かじゃないと言うことですかね」
自ら無表情とは言いたくなかった。感情が表に出づらいとは春里は思ってはいない。なのに、こう指摘されると気になってくる。
「いや、どうなんだろう。でもあの時はそう思ったんだけれどな」
「今はどう思っているんですか?」
「本気で笑わせたいな、とか思うよ。なんて言うのかな、俺に向ける笑みって造り物みたいだよね」
結構鋭い。これは当たっていた。春里は意図的に微笑んでみせることは多い。それが効果的だと思っているから。それが総て見透かされているのかと思うと、少々恥ずかしかった。
「俺はまだ信用されていないと言うことなのかな?」
「なんか増永さんって怖いですね。なんでも分かっているみたい」
わざとおどけてみせた。それも奏太にはわざとだと見破られるだろうことを分かっていながら。春里はずっとそうしてきたから、すぐにこの行動や性格を変えることなどできない。
「まあ、だんだん打ち解けてくれば自然な笑顔も見られると思うし、気長に口説いていくつもり」
そう言ってにやりと笑みを見せられると、春里はもうなすすべがない。だから、造り物と言われようが誤魔化すように微笑んで見せた。
春里と貴之の会話も好きだけれど、春里と奏太の会話も好き。
そして、新しいキャラクターが登場。彼がはじけるのはもっと先。忘れたころにやってくる?今はまだちょい役だけれど。
次回も小牧と奏太。そして、貴之。
次回もお付き合いください。




