【春里の未来を想像する】
「で、何であいつ来たんだ?」
思った以上に堅い声になり、貴之は苦笑した。
春里と二人で歩いて帰ってきた。そして、習慣のようにキッチンで夕飯の支度をしている。先程までたわいない事を話していたが、どうしても気になる事があり、それを先程口にした。
「あいつって文登君ですか?」
「そう」
「今、文登君は一人暮らしをしているんですよ。ここから電車で三十分位の場所だって言っていました。おじさんとおばさんにわたしの母の様子を見てくるように言われたみたいですよ」
「それでか」
「はい。貴美さんにも今日会いました。とても楽しそうに母と話してくれていましたよ。だからかな。とても母の顔色が良くて安心しました」
文登と一緒にいる時は和んでいるように見えていた。気心知れた仲なのだろうと言うことは傍から見ても分かった。もしかしたら、恋人同士にも見えるくらいではないだろうか。そんな雰囲気だったのに、今貴之に話をしている春里の口調はかたい。それが貴之を苛立たせる。
「なあ、今度俺も一緒に見舞いに行く」
なんとなく不貞腐れているような雰囲気になり、再び貴之は苦笑した。
「そんな、いいですよ。そんなに迷惑はかけられませんから」
春里はそんな事を言いながらも野菜を切る手を止めない。なんとなく視線がほしくなり貴之はそっと頭を撫でた。
「なんですか?」
目的通り春里は貴之を見つめた。それに満足して貴之はゆっくりと首を横に振った。
「俺が会いたいの。だから、会わせろよ」
「はい、ありがとうございます。都合のいい日を教えてくださいね」
一瞬に嬉しそうに微笑む春里に眼を奪われ、貴之は眩暈を覚えた。
高校生の女の子ってこんなにかわいいものなのだろうか。そんな事が頭を巡った。今まで貴之を取り囲んでいた女の子たちはこんなかわいらしい雰囲気を持ってはいなかった。だから、そういうものなのだと思い込んでいた。それが、春里と一緒に暮らすようになってその認識が偏っていることを思い知らされるようになった。そして、今もまたそうだ。貴之の周りにこういう子がいたのなら、また認識は違ったのだろう。そして、感謝するのだ。一番身近に訪れたその存在に。その存在を与えてくれた人たちに。
「料理はね、文登君が教えてくれたの。文登君のお母さんも教えてくれたけれどね。今、文登君は調理師の専門学校に通っているから、余程料理が好きになったんだね」
貴之は野菜を切っている春里の横顔をじっと見つめていた。
「春里は何になりたい?」
貴之の言葉にうふふと笑い、春里は思いを巡らすように斜め上を見つめた。
「国語の先生」
「小学校?中学校?」
「中学がいいかな。高校もいいけれど、難しそうだもんね」
貴之は春里の教師の姿を想像した。とても似合っているように思えた。それと同時に小学校の先生の姿を想像し、そちらの方が似合っているような気がした。もしくは幼稚園の先生。最近よく見る笑顔は無邪気で計算がない。そんな姿を見ていると、小さな子供たちと一緒に遊んでいる姿が容易に想像できてくる。それがとてもかわいらしく感じて、幼稚園の先生をする春里の姿を見てみたいと思う。
「貴之さんは?」
「俺?どうなんだろうな。薬品の開発の仕事に就いてみたいとは思っているんだ。縁の下の力持ちって感じがするだろう?」
「芸能人とかじゃないんだ」
「あれは色々経験したいと思ったからやっているだけ。自分の世界を広めることは悪くないだろう?まあ、その結果一部の世界は狭まったけどな」
言っている意味に納得したのか、春里は苦笑した。
「かわいそうに」
と呟くと、鍋の中を覗く。そこにはおいしそうに煮込まれている野菜と肉がある。そして、そこから漂うカレーの香り。貴之の食欲を見事にそそる。
「うまそうだな」
「もう少し煮込まないとね。そうしたらまた味見してもらいます」
春里はカレーを掻き雑ぜる手を止めない。
「この鍋から離れられないの?」
「うん。焦げ付くからね」
「ならここでお茶でもするか」
「お茶を入れてくれるの?」
「今日はサービスしてやるよ」
貴之はそう言って、春里がいつもしているようにアイスティーを作り始めた。
「あ、そう言えば、文登くんと『いただきます』のあいさつの話をしたんです」
「ん?」
「貴之さんもきちんと食事をする時は『いただきます』言いますよね」
「ああ、そういうこと」
貴之は手元にあった視線を春里に向けた。
「俺、普段は言わないよ。春里と食事をする時は言っているだけ」
「え?」
「あまりにも春里が丁寧にあいさつをするから、眼につくんだよな、多分。それでつられてあいさつするの」
「そうなんですか?」
春里は不思議そうな顔をしている。
春里と初めて一緒に食事をした時、とても丁寧に「いただきます」と言う春里を見て驚いた。そして、それにつられるように貴之は「いただきます」と呟いたのだ。一人で食事をする事が多いこともあるし、奏太も「いただきます」を言っていないと思う。『思う』になってしまうのは、貴之があまりその辺を意識していないからだ。そして、俊介と貴美も言っているかどうか記憶にない。あまり気にかけた事がない。そう考えると、不思議でならない。どうして春里の時だけ気になったのだろう、と。
二人の会話はとても和やかで好きです。
今回、短いのでもう一話更新しようか迷いましたがやめました。一つネタを思いつき、少々加筆。原稿用紙1枚程度ですけれど。それによってなんとか二千文字は超えたので。前回が長かったので物足りない長さではあるのですけれどね。
次回は新しいキャラクター登場です。今回は少しだけの登場になるのですが、のちにそれなりの雰囲気を纏って登場予定の人。
次回もお付き合いください。




