↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/76

第6話 健気で努力家な弟⑤

「……思ったより、ずっと順調ね」


 私は提出された帳簿へ目を通し、小さく呟いた。


 エドガーへ実務を任せて数日。

 最初は混乱するかと思っていたけれど、意外にも業務は滞りなく回っていた。


「報告も期限通り。数字にも大きな乱れはないし……少なくとも表面上は問題なさそうね」


 帳簿自体は丁寧に整理されている。

 形式も整っていて、完成度が高い。

 字も、すごく綺麗。


 むしろ、初めて扱う人間の仕事にしては、出来すぎているくらいだった。



「坊ちゃんには助かっておりますよ。確認も丁寧ですし」


「ええ、本当に。最初はどうなるかと思いましたけれど……」


 廊下を通り過ぎる際、使用人たちのそんな会話が耳に入った。


 リリアーナが無理やりねじ込んだ仕事だったから、現場も最初は戦々恐々としていたのだろう。

 けれど、今のところ大きな問題は起きていないらしい。


(……評価、悪くないわね)


 私は内心で頷く。

 やっぱり機会がなかっただけなのだ。場さえ与えれば、彼はちゃんとやれる。



「エドガー、今回の帳簿を確認したわ」


 執務室に呼ぶと、彼は以前よりずっと早く現れた。


「はい」


「問題ないわ。よくやっているじゃない」


 そう告げた瞬間、彼の肩の力がほんのわずかに抜けた。


「……ありがとうございます」


(あら、あんなに嫌っている姉に褒められても、ちゃんと嬉しいのね)


「丁寧なのは良いことよ。その調子で続けなさい」


「……はい」


 よし、少しずつだけどエドガーとの距離が縮まっている気がする。



「……とはいえ」


 一人になり、私は提出された帳簿をぱらぱらとめくった。


 実は、偉そうなことを言ってみたものの、細かい部分は正直よく分からない。だって私も実務なんてしたことないわけだし。


 もちろん、公爵令嬢として基礎的な教育は受けている。でも、ここに書かれている計算や処理はやたら複雑だった。


(……頭脳派キャラって感じよね)


 ゲームでも、エドガーは知略タイプだった。

 だからきっと、こういう細かい作業にも強いのだろう。


 私は深く考えず、そう結論づけた。



「リリアーナ様、少々よろしいでしょうか」


 翌日、帳簿係の使用人が困惑した顔で私を訪ねてきた。


「エドガー様のことなのですが……一度書面でお渡しした確認事項を、何度も改めて聞きに来られるのです」


「熱心なのね。……でも、少し行き過ぎかしら?」


「現場も少々、対応に苦慮しております」


 私は「引き続き支えてあげてちょうだい」とだけ伝えて、使用人を下がらせた。

 けれど、胸の奥に小さなざらつきが残る。



 数日後。

 エドガーが外部への報告書を持ってきた。


「……一点、この数字。元の帳簿と少しズレているようだけれど」


「修正済みです。こちらが“正しい”数値です」


 被せるような即答だった。


「……元の帳簿が間違っていたの?」


「……確認は済んでいます。問題ありません」


 彼は私の目をまっすぐ見据えたまま、逸らさない。

 そこには、有無を言わせぬ強迫観念のようなものが滲んでいた。


(……まあ、ここまで問題なく来ているんだし)


 この程度の修正なら、彼なりに確認した結果なのだろう。


 私は彼の言葉を信じることにした。


「では、それで進めなさい。提出前に、もう一度だけ確認しておくのよ」


「……はい」


 大丈夫。

 ちゃんとうまくいっている。


 そう自分に言い聞かせながら、私は小さく息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。