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第46話 みんなに愛される心優しいヒロイン⑥

 祈祷演習の失敗から、わずか数日後。

 ミレイアは再び、聖堂へと呼び出されていた。


 重厚な扉を押し開けて中に入った瞬間、彼女はすぐに気がついた。

 聖堂内に佇む人間の数が、前回よりも明らかに、倍近く増えているということに。


「……これより、再確認の測定を行う」


 中央に立つ神官の、抑揚のない淡々とした声が広く響き渡る。


「聖女候補、ミレイア・ルーンの生まれ持つ光属性適性と、それに伴う魔力出力の安定性を、今一度正確に測定する」


「は、はい……よろしく、お願いします……」


 応じるミレイアの返事は、誰の耳にも明らかなほど弱々しく細かった。



 聖堂の最奥。

 床に刻まれた白い魔法陣が、どこか冷徹に、静かに淡い光を放っている。


 それを取り囲むように並ぶ、厳しい顔つきの教師と高位神官たち。

 前回のような他の生徒たちの姿はなく、大人たちの純粋な"査定の目"だけがそこにあった。


(完全に観察されてる……)


 ミレイアは今にも泣きそうになっていた。


 前回の演習での失敗以降、自分を取り巻く空気が変わったのを彼女自身も感じている。

 入学当初の純粋な”期待”。

 平民の聖女という存在への”好奇心”。

 そして――今の彼女に向けられているのは、それらが反転した冷ややかな”疑念”だった。


「ミレイア」


 私は動揺する彼女の隣にそっと寄り添い、静かに声をかける。

 今回私は彼女の付き添いという形で特別に同行を許されていた。


「聖女候補というのは、国中から絶大な期待を背負う立場ですもの。二度目のテストともなれば、周囲の目も一段と厳しくなるわ」


「うっ」


 私の言葉が、今の彼女にはぐさりと刺さったらしい。


「だ、大丈夫……たぶん今回はいける……」


 自分に言い聞かせるような言葉。けれど、その声は微かに震えている。

 極度のプレッシャーに押し潰されそうで、緊張しているのが遠目にも丸わかりだった。



「始めろ」


 神官長の合図が下る。


 ミレイアはゴクリと唾を飲み込み、光る魔法陣へと両手をかざした。


「――光よ……!」


 彼女の体内から魔力が紡ぎ出され、陣の上に淡い白い光が広がっていく。

 特訓の成果か、出力そのものは確かに前回よりも強い。


 だが、その光の輪郭が、呼吸に合わせるように激しく揺れる。

 均一であるべき結界の表面が、まるで水面のように不安定に波打っていた。


「……やはり、基礎の魔力制御が著しく乱れているな」


「出力の高さに対して、術式を固定するための維持能力が圧倒的に甘い」


 神官たちが手元の記録板にペンを走らせながら、小声で冷淡に批評し合う。


 その声が聞こえたのか、ミレイアの額に、冷たい汗が滲んだ。


(やば、やばい……! どうしよう、また変に波打って……っ!)


 焦る。その焦りが、彼女の体内の魔力回路をさらに乱暴にかき乱す。

 光が一瞬だけ眩く強くなり――次の瞬間、プツンと糸が切れたように急激に弱まった。


 パチ、と小さく不吉な火花が散る。

 せっかく展開しかけた白い光の結界が、まばらに弾け、煙のように虚空へと消えていく。


「っ……!」

 

 ミレイアは自分の両手を見つめたまま、肩を激しく震わせた。


「そこまで。術を止めろ」


 神官長が静かに手を上げる。

 術式の強制停止。

 静まり返った聖堂の中に、なんとも言えない冷え切った微妙な空気が流れた。



「……確かに、魔力の適性数値そのものは著しく高い」


 眼鏡をかけた年配の神官が、小さく呟く。


「だが、いかんせん出力のコントロールが安定しなさすぎる」


「ええ。これでは高位の治癒魔法はおろか、神殿の基礎術式の維持すら危うい場面があるな……」


「本当に、あの方は教会の予言にある“聖女”なのだろうか……?」


 神官の漏らした最後の一言は、かなり小さな呟きだった。

 けれど。物音一つしない、水を打ったように静まり返った聖堂の空間では、それだけで十分すぎるほどに響き渡った。


「……っ」


 ミレイアの顔から、さっと血の気が引いて青ざめていく。


 聖女に一縷の望みをかけていた大人たちの目が、期待から、明確な”疑念”へと、残酷なほど確実に、変わった瞬間だった。



 演習が終わり、解放された後の聖堂裏の古い回廊。


 ミレイアは冷たい石壁に背中を預け、ずるずるとその場に座り込むようにしてぐったりとしていた。


「終わった……」


「……」


「あたしの人生、完全に終わったよぉ……」


「まだ、正式に候補剥奪の処分が下ったわけではないでしょう?」


 私は彼女の前に立ち、冷静に言葉を返す。


「でも、完全に怪しまれてたじゃん! 思いっきり“本当に聖女なのか”って言われたし!」


 彼女は半泣きになりながら、頭を抱えて小さくしゃがみ込む。


「最近、本当に何をやっても上手くいかないし……! ゲームだったら、こういうピンチの時って、隠された力が覚醒してイベント大成功して、みんなの好感度が爆上がりする流れじゃん……!?」


 膝に顔を埋めたまま、彼女はぶつぶつと愚痴を繰り返している。


(やっぱり、ね……)


 私はそんな哀れな彼女の姿を、静かに見下ろした。


 ミレイアはまだ、心のどこかで自分に都合の良い"主人公補正"を信じているのだ。

 自分は神に選ばれた特別な主人公(ヒロイン)なのだから。

 だから、今は多少上手くいかなくて失敗したとしても、最後には上手くいくはずだと。


 でも、現実という名のこの世界は、そんなに都合良く作られてはいない。


「ミレイア」


「……なに?」


「この国の人間が聖女に求めているのはね、ただ一つ。その身をもって“奇跡を起こせるかどうか”だけよ」


「奇跡……」


「ええ。血統も教養もない平民のあなたが周囲を納得させるには、”結果"が必要なの」


 ミレイアは不安そうにじっと私を見上げてくる。


「そんなの……急に言われても、あたし……」


「まあ、普通に考えれば、奇跡を起こすなんて到底無理でしょうね」


 静かな声色で続ける。


「――あなたが、本物の聖女であるならば、話は別だけれど」


「っ……!」


 ミレイアの小さな肩が、恐怖を覚えたようにびくりと大きく震えた。



 そんな私たちのやり取りが交わされていた、すぐ近く。


 手入れの行き届いた回廊の、鬱蒼とした柱の影の奥で。

 王太子レオンハルトが、物音一つ立てずに静かにこちらを見つめていた。


 相変わらずの、無表情。何一つとして感情の読めない、冷徹な目。

 彼がいつからそこに佇み、私たちの会話をどこから聞いていたのかは分からない。


 だが。その碧眼の王太子の視線だけは、冷ややかに、ミレイアと私を観察していた。

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