第41話 みんなに愛される心優しいヒロイン①
ユリウスの一件が幕を閉じたあと、学園内の空気は少しずつ、けれど確実に変わり始めていた。
その変化は、まずミレイアへの態度に表れ始めた。
「……ミレイア様って、少し言動が軽すぎないかしら?」
「平民の救貧院にいた頃は、あれで通用したのかもしれないけれど」
「ここは王立学園ですもの。貴族社会の常識には向いていらっしゃらないわよね」
廊下の端、あるいは放課後のサロンの片隅。
姿を隠した令嬢たちの、小さな囁き声が、あちこちで重なっていた。
ユリウスを含めた三人で過ごしていた時期から、彼女が遠巻きにされている気配は、以前からあった。
けれど最近では、その疎外感が目に見えて顕著になってきた気がする。
(あれ……?)
ミレイア自身も、教室移動の際などに少しだけ不思議そうに首をかしげることが増えた。
入学当初の周囲の反応は、聖女の珍しさもあって、もっと大勢から好意的に話しかけられていたはずなのに。
◇
「ねえ、リリィ!」
お昼休み。
そんな周囲の冷ややかな視線などどこ吹く風で、ミレイアはいつも通り明るい声を上げた。
「今日も一緒に、ごはん食べよ!」
「ええ、いいわよ」
ミレイアは嬉しそうに無邪気な笑顔を咲かせていた。
いつもと何も変わらない愛らしい笑顔。
でも、彼女を取り巻く、周囲の生徒たちの視線だけが、以前とは明らかに違っていた。
(……また、見られてるわね)
嫌われ者の悪役令嬢である私と四六時中一緒にいることが、ますます彼女のイメージを悪化させていると感じる。
それでも、周囲の目を気にして今更彼女を突き放しても、いたずらにミレイアの心を傷つけるだけだと思い、私はただ彼女の隣を歩き続けた。
◇
数日後、科を横断した合同授業の後。
教壇の前に立ったミレイアが大きな声を上げた。
「ねえねえ、これどうかな!?」
ミレイアが机の上に勢いよく広げたのは、彼女自身が夜な夜な描いたらしい、一枚の拙いデザイン画だった。
そこには、この学園の紋章が派手に刺繍された、カラフルなストールが描かれていた。
「みんなでおそろいのストール!」
「……ストール?」
一人の女生徒が困惑の声を漏らす。
「これ、みんなで同じ色にしてさ、端に同じ刺繍入れたらクラスTシャツみたいで楽しくない?もっと一致団結して仲良くなれると思うんだよね!」
彼女なりの、雰囲気を良くしようという無邪気な提案。
しかし、教室の空気は目に見えて凍りついた。
「……クラスTシャツ?何を言ってるんだ?」
「紋章をそんな軽く扱うなんて……」
ぽつぽつと沸き起こる、冷ややかな否定の囁き。
面と向かっての直接的な罵倒や拒絶ではない。
だが、それは確実に、彼女という存在から一線を引いて距離を取るための、残酷な壁の声だった。
「えっ……でもさ」
ミレイアはきょとんとした顔で、デザイン画を抱えたまま立ち尽くす。
「みんなで同じものを身につけた方が、身分に関係なく、もっと仲良くなれると思って……」
一瞬、教室内を重苦しい沈黙が支配する。
彼女のその平民的な“無邪気さ”と善意が、この格式高い学園においては、かえって異物として浮き彫りになってしまうのだ。
ミレイアは少しだけ悲しそうに眉を下げながらも、それでも健気に、無理に作った笑顔を保ち続けていた。
(……やっぱり、こうなるわよね)
私は遠くの席からその様子を眺め、静かに視線を落とす。
この階級社会では、“皆が同じ”は美徳ではない。
それは秩序を崩す思想として扱われる。
◇
「ミレイア」
生徒たちが立ち去り、二人きりになった教室で、私は少しだけ声を落として彼女に話しかけた。
「貴女のあの提案は……少し、周囲の誤解を招くわね」
「誤解?」
「ええ。この階級社会ではね、身分を無視して一律に“揃える”という行為自体が、格式を軽んじていると受け取られる場合があるのよ」
「そっか……。あたしの提案じゃ、ダメだったんだね……」
彼女は一瞬だけ、力なくシュンと俯いた。
でも、そこはさすがミレイア。すぐに元気よく顔を上げた。
「じゃあ、もっとみんなの意見を聞いて、少しだけ形を変えればいいよね!次は生徒会に提案してみようかな!」
切り替えが早い。
そこは彼女の眩しい強さでもあり、同時に、現実が見えていない最大の危うさでもあった。
◇
数日後。
ミレイアのストール提案は、当然のごとく学園の上層部から“非公式案”として即座に却下された。
学園の掲示板の隅には、事務的な簡潔な文言だけが淡々と貼られる。
『学園統一指定ストール導入案:見送り』
ただ、それだけ。
けれど、差別意識の強い貴族の生徒たちにとって、その拒絶の一文はミレイアを格付けするのに十分すぎる材料だった。
「やっぱり、どこまでいっても平民の発想よね」
「貴族社会の伝統というものを、根本から理解していらっしゃらないわ」
少しずつ、に少しずつ。
ミレイアの周囲から、人が離れていく。
◇
「ねえ、リリィ」
その日の、夕暮れの帰り道。
並んで歩く私の隣で、ミレイアがぽつりと、寂しげに呟いた。
「私……最近、ちょっと学園で浮いてる?」
「……どうでしょうね」
私は彼女の顔を見ないまま、曖昧に言葉を濁した。
優しい嘘で否定することはできなかった。けれど、面と向かって残酷な肯定を突きつけることもできなかった。
「でもさ」
ミレイアは寂しさを誤魔化すように、小さく笑った。
「他のみんなが遠巻きにしてきても、リリィだけはこうして、普通に話してくれるじゃん?」
「……」
「それだけで十分だよ。リリィさえいてくれれば、寂しくないもん」
そのまっすぐな信頼の言葉に、少しだけ胸が揺れた。
楽しそうに夕日を浴びて歩くヒロインの横顔を見つめながら、私は胸の奥深くに、拭いきれない強い不安を覚えるのだった。




