14 夷俘島迎撃戦「IRREGULAR」
央暦1969年5月11日
夷俘島 松後藩立屋岸総合病院
日本国航空自衛隊第11航空団第114飛行隊
志村“Chase”良介二等空尉
「通用口から入ってくれ。目立ちたくないからな」
病院の裏手に停車すると、宗治郎はそう促した。
やはり良介だけでなく自分への暗殺も警戒しているのだろう。
後部座席から降りると、近くにある寺から晩鐘が響いた。
晩鐘。現代で言うなら、午後五時ごろ、夕刻を示す鐘の音だ。
近年増えた罰当たりな連中の抗議によって日本で減りつつある音色だが、この辺りでは健在らしい。
職員用の通用口から中に入り、宗治郎お付きの人を先頭に病棟へ。
「わかるか、志村二尉」
「なにが?」
「お前が空爆を阻止しなければ、この通路は負傷者や死者で溢れていただろう」
改めて、良介は自分が歩く面白みのない空間に意識をやった。
薄暗い照明に、リノリウムの白い床。
真新しいレトロという矛盾を感じる内装。
「場合によっては、通路すらなかったかもな」
迎撃を避けるための絨毯爆撃に、精度など期待出来ない。
空の高い場所では、人と牛の区別が出来ないのと同じように、軍事施設と病院の区別も困難。
無差別に、死を振り撒くのだ。
「俺を恨んでくれて構わない。志半ばにくたばったら、化けて出てくれ。
全部終わったら、刺してくれてもいい」
宗治郎は立ち止まると、良介を振り返った。
相変わらずの強面だが、今の彼が浮かべる表情には強い決意を感じた。
「馬鹿げた戦をマシな形で終わらせるためなら、俺は何でも利用してやる。
例えそれが、何も知らぬ貴官でもな」
敵を殺し、戦争を優位な形で終わらせるのが軍人の役目ならば。
恐らく宗治郎は正しい軍人の姿をしているのだろう。
「……志村殿。私の母も、この病院の廊下で死亡が確認されました」
口を開いた竜司の表情は酷く強張り、同じく決意を感じた。
しかし宗次郎とは違う。彼女には冷静さが欠けていた。
「あなたのお力添えがあれば、奴らを……」
それ以上の言葉は、私怨でしかなくなる。一度発してしまえば、後戻りできなくなる。
良介は彼女が一線を越える前に、言葉で足を止めさせた。
「なあ! 俺はその馬鹿げた戦が、なんで始まったのかすら知らないんだけど?」
「後ほど説明する」
「……ちぇっ。俺は信じるしかないんだぞ」
一行は再び歩き出した。
その合間に、良介は隣を歩く竜司にそっと囁いた。
「お母さんはお悔やみ申し上げる。だけど、俺は復讐の道具にはならない」
「……」
「でも、君が前を向いて歩けるように。協力はするよ」
また恐ろしく安請負を。
とはいえ、仮にも命の恩人が人の道を踏み外すのを見過ごすのは忍びない。
果たして竜司が良介の言葉をどう解釈したか定かではないが。
彼女は静かに会釈を返した。
病棟の中でも最奥、と呼ぶべきなのだろう。
他の入院患者とは隔離された、元来VIP用の病室に彼の姿はあった。
「よう、しむすけ。ご苦労だったな」
ボス。本名、鈴木哲也。
平凡な名前をした古兵は、左足を天井に吊られてベッドで横になっていた。
「おい、しむすけはやめろって言ってるだろ?」
どうやら治療は完全に終わっているようで、心電図と点滴は繋がれているものの容態は落ち着いていた。
出入り口で戸惑っていた竜司を振り返り、手招きする。
「俺の命の恩人なんだから、気にすることはないよ」
「では……失礼します」
そうやって入室した竜司を見て、哲也はため息をついた。
「おいしむすけ、もう女の子に唾つけてるのか?」
「人聞きの悪い言い方だな。あの空にいたひとりだよ、彼女は」
「ほう。なら当ててやろう。お前一度、追い込まれただろ?
あの時助けてくれたパイロットだな?」
流石と言うべきか、どういう視力をしているんだと言うべきか。
呆れた良介がツッコミを入れる前に、哲也は無帽の際に行う10度の敬礼を行った。
「日本航空自衛隊、鈴木哲也一佐だ。部下が世話になった」
「大和幕府空軍、空知竜司飛行隊士です! こちらこそ、志村二尉に
命と故郷を救われました!」
その言葉に、哲也の視線が良介に向けられる。
「ああ、ばかに待遇がいいと思ったぜ」
「向こうもまだまだ言いたい事がありそうなんだけどさ」
そう返して、宗治郎に視線をやる。
今更だが、彼は竜司と同じ飛行服を身に付けている。
階級章らしきものはあるが───少なくとも自衛隊や米軍と同一のものではない。
雰囲気で偉い人っぽいのが、なんとなくわかる程度である。
「先に謝罪する。部下の非礼をお許しください」
「おい失礼前提かよ」
「二尉が一佐にタメの時点で大概だろーが、てめーはよ」
良介は常に相手と対等に接している。
もっとも、自衛官には階級という明確な上下が存在しているのだが。
この男はそれを基本的に気にしない。何度痛い目を見ても。
「大和幕府空軍、松平宗治郎奉行だ。貴官の部下には多くの命が救われた。
礼を言う」
「……奉行、ですか」
聞き慣れない階級に哲也も困惑したのだろう。宗治郎は価値観を共有すべく付け加えた。
「基地司令、と言えば通じるか? そして俺が現在の幕府空軍の最上位になる」
「というと、将補が最上位か……」
ここで哲也も幕府軍の状況を察したらしい。
将補が最上位など、よっぽどの事態なのだ。
「ともかく。治療と部下の処遇、こちらも深く感謝します」
「気にするな。こちらとて、タダでやったわけではないのだからな……」
いよいよ、覚悟していたフェーズに入った。
こちらは助けた、しばらく助ける。だからこちらも助けろ。
それが他国の戦争でなければ、喜んで受け入れるのだが。
「自衛隊、と言ったな。多分、俺の頭にある字で合ってるんだろうが……
貴官らには、自衛ではない戦闘に参加してもらいたい」
「……」
散々匂わされた言葉が、ついに発せられた。
追い込まれた戦時中の軍事組織なのだ。誰彼構わず、助けを欲しがるだろう。
いや。今回の場合欲しがるではなく、要求すると呼んだ方が近い。
「我々は日本という国の……事実上の軍隊に属しております。
図々しいのは重々承知ですが、帰還の目途があるのか。お尋ねしたい」
哲也も現状が通常の事態ではないと想定しているのだろう。
遠回しな断り文句を口にしながら、普通ではない事を聞いた。
「神兵……つまり、貴官らは我々が住む世界とは異なる世界から来ている。
そちらは存じ上げないようだが、我々にとっては歴史の中で時折起きる話だ」
「我らのような、異世界の軍人が召喚されると?」
「もしかしたら、何者でもない一般人もいたのかもしれないが……
少なくとも、歴史には残っていない」
良介と哲也は文字通り戦場のど真ん中に召喚され、戦闘に巻き込まれた。
作為を感じる場所とタイミング。これがもし、戦う術を持たない一般人であったら。
「……神様が転生チート特典でもくれなきゃ、即死だろうなぁ」
「てんせいちーととくてん?」
「失礼、こいつはちょくちょく空気も読まずに茶々入れて……
どうかお気になさらず、続けてください」
宗治郎がらしからぬ口調で尋ね返したが、どうやらそういったものはこの世界に一切ないらしい。
良介が願うWeb小説じみた無双転移はないというわけである。
「帰還方法だが……俺ら葦原の民は帝を戴いている」
「てん……」
折れた足に鞭打って、哲也が良介の口を塞いだ。
「わーっ! 松平奉行! 続けてください」
「うむ。ここから伝承の話になるんだが……神兵は文字通り
神が呼び出した兵。初代の帝は神兵を呼び出し、葦原を救った」
「呼び出した。なら、帰した話は?」
「残念ながら、その神兵は自分を犠牲にして葦原を魔の軍勢から守った。
だから、帰せるという保証はない」
「……つまり。あてもなくぶらつくよりも、可能性があるって話?」
「そういうことだ」
異世界への転移。
Web小説では神様や魔法でポンポン送られているが、この世界では神の仕業とも自然現象とも言い切れない、謎の多い現象のようだ。
宗治郎を信用するわけではないが、容易い話ではないのは確かだった。
「帝の家に伝わる神器、堅石鏡によって神兵が召喚に応じたとある。
そいつは御所神宮の御神体だ。だから、戦に勝って都まで行って……
それと、帝からお許しを得られれば。可能性はある」
「気の遠い話だな」
良介のぼやきに、宗治郎はうなずいた。
「その通りだ。だが我々を勝たせるような貢献がなければ、望みはない。
賊軍の連中と話をつけられても多分……
もっと途方もない大きさの勝利を要求するだろうしな」
「というと?」
「その説明をするなら、最初から順に説明した方がいいだろう。赫助」
「こちらに」
いつの間にか宗治郎のお付きの人───赫助は地図の貼り付けられたホワイトボードを押して病室に入ってきた。
準備がいいと言うべきか、断らせる気がなかったというべきか。
「まず葦原のここ。夷俘島は10年ほど前、西の超帝国から離脱し、
正統政府を名乗り反乱を起こした冬天軍閥から侵攻を受けていた」
「冬天?」
「地名だ。夷俘の西、超帝国北東端に位置する。超帝国は現在、
多くの地方軍が反旗を翻し、それぞれが正統政府を名乗り、乱世にある」
赫助が地図に記入し、冬天軍閥から夷俘島に向けて赤い矢印を伸ばす。
そこに大きなばつ印を描く。
「奥葦原同盟軍と幕府軍は共同しこれを撃退。航空機を戦力の主体とする侵攻だったため、
根拠地を叩くべく正統政府から許可を受けて冬天軍閥の空軍基地を制圧した」
「問題はない……ように見える」
自衛隊であれば法的な問題が出てくるが、彼らは葦原という国の大和幕府。
その下にある軍隊なのだから、恐らく問題はないのだろう。
「そう。葦原の民に犠牲は出たが、無事に終わった。ここからが問題だ。
超帝国正統政府としては、基地制圧までは許しても領有は認めなかった。
要望通り正統政府の軍に基地を明け渡し、撤退した」
「妥当だな。……賛同するわけではないが、制圧に乗じて実効支配するべきだ。
そういう声もあったのでは?」
「あった。そしてそれを、多数の民が支持したんだ」
おっと、話がヤバくなってきたぞ。
幕府というぐらいなのだから封建制、ある程度の民衆の声は無視出来るが───
その声が大きくなれば、独裁者とて無視出来なくなる。
むしろ、大きい声を絶対に無視できない。
少数が多数に歯向かって、勝てるはずがないのだから。
「新聞社もまあ、好き勝手書いてくれてな。
我々葦原の民は賠償を受け取るべきだ、だの。
分断された戦乱国家、勝てる戦なぜやらぬ、だのな」
「おいおい、分断された戦乱国家って……まるで冬天軍閥以外にも
攻め込めって言い方じゃないか」
「ようするに、そうなる。冬天軍閥の蛮行は、超帝国に責があるとな。
そして不逞な輩が騒ぎに乗じ両替所や食糧庫を襲った」
「……日本としても、耳の痛い話だ」
日露戦争後の日比谷焼き討ちを想起させる事態である。
あの戦争は勝てるか勝てないかの辛勝、いや。それ未満の偶然の勝利と言っても過言ではない。
多くの犠牲を払ったにも関わらず、あるいはだからこそか。
国民は賠償を要求し、聞き入れられず暴れ回った。
嫌な類似点である。
「政府軍に味方すると、途方もない大きさの勝利を要求される。そういうことか」
「ああ。正直、俺としても幕府、ひいては幕藩体制は
限界に来ていると思うんだが……」
言いかけて、宗治郎の視線が竜司に向いているのが分かった。
彼女の表情は強張っている。やはり、政府軍を不倶戴天の仇としている彼女にとっては愉快な話題ではないのだろう。
「少なくとも、現状は危険だ。超国家主義寄りの風見鶏が音頭取っている。
超帝国どころか、マランス合衆国にまで喧嘩売りかねない勢いだ」
「それはいいとして。幕府が同じことを要求しない保証は?」
空気を読まず、良介は尋ねる。
世論の風が膨張を求めているのなら、幕府も同じ決断をするのではないか? 同じ要求をじき始めるのではないか?
葦原は、大日本帝国の韻を踏むのではないか?
哲也も同じ懸念を抱いているのだろう。
口を挟まず、宗治郎の出方を伺っていた。
「確かに、過激な世論に迎合する奴はいる。だが、将軍はまだ冷静だ。
葦原の限界を理解してる。戦国状態にある超帝国のいち地方に過ぎない
冬天軍閥との戦いでも危うかったわけだからな」
「合衆国ってのは?」
「言わずもがな。留学してた身から言わせてもらえば、国力と底力が半端ない。
軍事に関しては、エラ・アーロン氏が神兵の技術を吸収して
世界トップレベルだ」
エラ・アーロン。
先ほど会った美人なエルフちゃんである。
そういえば良介は気やすくF-2に触れていいと言ってしまったが───
まさか本当に世界トップレベルの人間だったとは。
なにやら危険な判断だったような気がしてきたが、それはもう過ぎた事である。
「話が逸れたな。この戦を始めたのは南の幸彦藩・周防藩。
そいつらは異国の巨大魔道兵器を導入し、開戦から3ヶ月で大勢を決め……
半年で、やらかした」
本州の西、日本で言う京都の辺りを赫助が示す。
「帝が身罷られた」
「……普通、こういう時って権威を利用するために囲い込むだろ?
なんで死ぬんだ?」
「お忍びで幕軍の視察に来ていたんだ。ちょうどその時、
賊軍が都の攻撃を始めた」
「奉行。そのお話では、幕軍の劣勢に説明がつかないのでは?」
戊辰戦争で言う、錦の御旗だ。
日本の歴史では政府軍が錦の御旗を立てて幕軍を天皇の敵、朝敵に仕立て上げて自身の正当性を主張した。
では、帝を殺した葦原の政府軍は?
これぞまさに朝敵ではないか。正当性どころの話ではない。
「ここがややこしいところでな。
前の帝は幸彦と周防に同情的なお言葉も掛けていらっしゃった。
で、新聞とラジオが『幕府が言う事を聞かない帝を攻撃に乗じて
謀殺したんじゃないか』。確たる証拠もなしに、そう抜かしやがった」
「それはまた……」
「後で訂正はしたが、時すでに遅し」
なるほど。真に受けた藩が反旗を翻したわけだ。
政府軍も帝の独断が原因とはいえ、自身の汚点を認めるわけがない。
報道をプロパガンダに利用したのだ。
幕府軍としては政府軍のやらかしであり、政府軍としては幕府軍のやらかしと見る。
報道が責任を放棄した状況では、正確な情報を持たない地方の藩は誰を信じるのかという問題になってくるわけだ。
「だから現在、葦原にはふたりの帝がいる」
「幕府側の帝と、政府側の帝……こんな隅っこで南北朝時代とはね」
「継承順位は幕府側の春川親王殿下が上だが、
賊軍に囲われている弘山親王殿下も帝の子。
どちらも正当な権利のある後継者だ」
哀れな話である。
片や負けが濃厚の絶望的状況。
片や親を殺した側。
さすがの良介も批判を口にするほど無神経ではないが、どう考えても政府はもちろん幕府側の帝にも実権があるとは思えなかった。
まさに、お飾りの権威。神輿である。
「……我々の立場でお尋ねするのも憚られますが。停戦を考えたことは?」
ここまで内実を話したのだから、こちらから切り出してもいいと考えたのだろう。
哲也は恐る恐る、触れてはならなさそうな部分に触れた。
「無論、ある。奴らの返した条件は将軍をはじめとした幕府重臣と
一定以上の階級を持つ将の公開処刑。そして中継」
「春川……殿下も?」
「然り」
「……えぐ過ぎない?」
「向こうとしては、憂いの芽を根切りにしたいんだろうな」
参った。政府を自称するのだから、先進的な政治形態かと思ってみれば。
連座制に民衆に向けた処刑ショー。それを臆面もなく停戦の条件に加えるとは。
これでは技術を持っただけの中世、いや蛮族ではないか。
もっとも、これは停戦などする気がないというアピールであることも考えられる。
野蛮であることに変わりはないが。
さて。ここまで宗治郎が語っていたのはあくまで、幕府側の主張である。
自分らに都合の悪い情報は伏せているのは前提だ。
しかし、なるほど。政府側を勝たせるわけにはいかないと語った事情も見えてきた。
「新兵器と腕利き、そして裏切りによって幕府は流刑地に押し込まれ停戦は
破綻……我々がどこの馬の骨とも知れぬ貴官らに協力を求める理由。
ご理解頂けたと思う」
「ええ。確かにこれは、窮状でしょう」
哲也は悩んでいることだろう。
生き延びるためなら。
日本へ戻るためなら。
不本意ながら幕府軍に協力するしかない。
しかしそれは、正しい事なのか?
自衛官として日本ではない他国の紛争に首を突っ込み、武力を行使することになる。
その判断を仰げる人間は誰もいない。
強いて言うなら、最上位の自衛官となる鈴木哲也ただひとりなのだ。
「……奉行。この話は」
しかし。実際に何もできない哲也が、その責任を被らなければならないのか?
実際に戦うのは良介だ。良介がミスをすれば、哲也のミスになる。
それは───気に入らなかった。
「やるよ。鈴木哲也一佐は何も関係ない。俺、志村良介二尉が。
個人的に参戦する」
良介はふたりの間に割って入り、勝手に答えを出した。
「志村ァッ!」
「ボス。悪いけど、今のあんたは単なるお荷物だ。文句なら治ってから言いなよ」
「……くそっ」
もとより他の選択肢は塞がれているのだ。
良介達の生存の保証と、哲也の治療。叶えてくれるのは幕軍しかいないのだ。
これは志村良介二等空尉の独断。暴走。
良介お得意のアレである。
「いいのか?」
「ふん。おたくらだって、タダ飯食らいを養う余裕なんてないんだろ?
……誰かが、食い扶持稼がないとな」
良介は宗治郎を睨みつけた。
やむにやまれぬ事情があるのは理解した。
それでも、このような真似をする以上は良い感情など向けられない。
「ひとつ聞いとく。化けて出た時、どう殺してほしい?」
「希望の話なら……脅かさず、一発でひと思いにやってくれると助かる」
「安心しなよ。さっきやって見せたように……俺はそういうの得意だぜ?」
良介は改めて、宗治郎と強い握手を交わした。




