15 夷俘島迎撃戦「奪われた英雄」
「奪われた英雄」
央暦1969年5月11日
川口藩領庄外空港
葦原政府空軍第7航空師団第37飛行隊『神機隊』一番隊
川端“ロック”六助大尉
機体からはもう、流出する燃料すら尽きていた。
あらゆる重量物を捨て、想定し得る最軽の状態となったパニッシュは、推力を失って慣性だけで空にいる状態だった。
この機会を逃せば、僕とこの機体は基地周辺に広がる田畑へ着陸するよりなくなってしまう。
「紅の9へ。滑走路の安全確保、着陸を許可する」
目前の滑走路脇では救急車と消防車が待機し、僕が降りるのを待っていた。
当然だ。ここまで機体をボロボロにされては事故を想定するのが当然だ。
でも僕は、この着陸に失敗するとは到底思えなかった。
この作戦も同じだ。あの蒼い機体さえ邪魔しなければ、今頃幕府最後の砦に大打撃を与えられたというのに。
後輪を接地させ、やや減速させた後に前輪を下ろす。
大丈夫だ、問題なく着陸できる……
そう思っていた直後、右後ろから響く異音と振動を感じた。
反応するほどの猶予はなかった。金属が破断し、世界が傾き、火花を散らせた。
攻撃を受けた箇所は胴体右。パニッシュは主翼の大部分を着陸脚の収納に用いる。
どうやらあの時に被弾し、着陸の衝撃に耐えられないほどの損害を与えたらしい。
猛スピードで迫った消防車が僕と機体に消火液を浴びせ、風防を叩き割った。
「神機隊のお方! ご無事ですか!」
彼らの言葉に頷くと、僕は傾いて地上が近づいた機体から飛び降りた。
エンジンの消火に成功して、燃料が流出し切っていたのが幸いした。
さもなくば、僕はさっきの衝撃で機体と共に爆散していただろう。
降りて来るのは僕だけではない。遠くからプロペラが空気を裂く衝撃が風に乗ってきた。
恐らく、僕が盾にした爆撃機隊の生き残り。神兵が弾切れになって生き延びたのだろう。
さもなくば、爆撃機が護衛機を失って逃げ帰れる道理がない。
彼らをこの滑走路に下ろすためか、ブルドーザーが僕のパニッシュを無造作に滑走路の片隅に押しやった。
あの損傷では、後続が来ようと来まいと用廃は確実。
なんにせよ、僕は仲間とプライドだけでなく、開戦以来共に戦った愛機も失ってしまった。
あの、蒼い機体に奪われて。
全てを失った僕に残されていたのは、加藤隊長から託された任務だけだった。
任務、幕軍の神兵を報告する。
その機会は、空港に増設された簡易格納庫で恵まれた。
「六助! 六助、無事か!」
そう言って、胸の勲章を揺らしながら駆け寄ったのは穂積大将……
幕府をこの世から滅ぼすための軍隊、東征軍空軍の司令官だった。
「報告は聞いたぞ、一体何があった⁈」
「隊長……他のみんなは、死にました」
「幕軍にお前達を倒せる人間など、いるはずがない」
「神兵です」
そう告げると、穂積大将の表情は強張った。
「確かなのか?」
「僕には、神兵が何者なのかわかりません……ただ、見た事のない機体でした」
あの機体のシルエット、単発にも関わらずとんでもない加速と速度を叩き出すエンジン。
西方の果て、ユーロネシアの機体なのだろうか。あるいは、西南の合衆国か。
どちらにせよ、幕府の低脳は異国の悪魔と手を組んだと見て間違いなかった。
「……なんてことだ。まさか、異国との戦いが間近だというのに」
大型機体のエンジン音が近づき、やがて滑走路へ降りる姿が目に入った。
あの機体には、穂積大将も視線を向けていた。
「あいつらといい、忌々しい亡霊どもめ……六助、後で話そう。
こうなった以上、神機隊も再編成が必要だ」
そう告げると、穂積大将は守備隊の人間を率いて滑走路へと向かった。
それ以来、彼とは会えなかった。
帝の御言葉を騙った罪とやらで、逮捕されたらしい。
帝とは、どんなお人なのだろうか。
会ったことがなければ、お顔もしれない。
ただこの葦原の統治を神々から命じられた現人神の子孫とだけ聞いている。
そもそもの話、子孫だからというだけで軍の頂点に君臨して良いものなのだろうか?
穂積大将は陸軍や海軍の連中によって、帝を使って政治的に排除されたのではないか。
では。だから。どうするのか。
わからない。空を飛ぶ手段を失った僕には、何も分からなかった。




