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第十五話 祝賀会(7)

「ずいぶんと大人しいけれど、何か言うことはないのかしら?」

「わ、たくしは」

「お前の性格からして、血相を変えて反論してくると思ったのだけれどね。それとも、この話に異議はないと?」

「いえ、そうではありませんが……」


 歯切れの悪い回答に、王妃様はいらいらしたように私を睨みつける。


「ならば何故黙っているの。陛下の御前(ごぜん)で上の空になるなど、失礼でしょう」


 申し訳ありません。私がその言葉を口にするより先に、王妃様の鋭い声が耳を刺した。


「辞退したいのであれば、レオナルドに任せるのではなく、自ら正当な理由を述べなさい。まさか、他に慕う殿方がいるとでも言うつもりじゃないでしょうね?」

「……っ」



 他に慕う殿方。


 瞬時に、切長の薄いグレーの瞳が脳裏に浮かんだ。お願い、やめて。今、彼を思い出させないで……!


 そう思うのに、私の心はありありとアルバートの顔を映し出した。


 照れてそっぽを向く時に流れる真っ直ぐな猫っ毛。言い争ってる時の吊り上がった目つき。ソニアについて話す時の優しい口元。嬉しそうに空を見上げていた、子供のような横顔。


 こんなにも彼の表情を覚えていたのかと自分でも驚くほど、たくさんのイメージが一気に流れ込んでくる。


 呼吸が乱れて苦しい。私は陸に上げられた魚のように、口をぱくぱくと開閉することしかできなかった。


「そ……」


 そんな人はおりません。そう言いたいのに、言葉が喉の部分で詰まって出てこない。


 全員の視線がこちらに向いているのがわかる。視界の端に、目を見開いたクラークが映っていた。


 早く。早く否定するのよ。


 こみ上げる熱をぐっと堪えて口を開く。しかし私が言葉を発するよりも先に、陛下が身を乗り出しこちらを覗き込んできた。


「おお……。これはわしが野暮であった。そうだな、そなたらはまだ学生だ。内に秘めた想いがあってもおかしくはない。サリバン嬢、すまなかったな」

「えっ……」


 うまく反応できずに目線だけを返すと、陛下は申し訳なさそうに眉を曇らせた。


「そんなに首まで赤くして、泣きそうな顔をしないでくれ。困らせようと思ったわけではないのだ」


 そこでようやく、自分がひどく紅潮しているらしいことに気づいた。慌てて頬を両手で押さえ、顔を伏せる。


 羞恥で顔が火照っている。本当なら一刻も早くここを立ち去りたいけれど、御前でそんな振る舞いをするわけにもいかない。陛下は懐かしむような、うっとりとした声で続けた。


「わしも若い頃、心を寄せた女性がいたものだ。あの頃は彼女を中心に世界が回っているとすら思っていた。若い時にしかできない恋というものがあるのは事実だ」


 陛下の中では、私が誰かに恋をしているという前提で話が進んでいる。まずいと思いながらもお言葉を否定するわけにもいかず、うつむいたまま話を聞く。


 すると陛下は突然、夢から醒めたかのように声色を変えた。優しく諭すような、しかし冷静な声だった。


「だが貴族の結婚とは想いだけでどうにかなるものではない。それは十分わかっているだろう? それゆえ、この年寄りの話も頭の片隅に入れておいてくれまいか」

「……承知いたしました」


 失意のままに了承の返事をする。結局、クラークとの婚約の話は保留になったということだ。それどころか、両陛下の前でとんでもない失態を(さら)してしまった。


 このことをお父様が知ったら何と言うだろう。考えるのも恐ろしい。


「今夜はこのくらいにしよう。またいずれゆっくり話す機会をつくればよい」


 陛下はおおらかな口調で会話を締めた。それを合図に、私とクラークはもう一度礼をしてその場を辞することになった。


 しかし、玉座に背を向けた瞬間に呼び止められる。


「アメリア」


 振り返ると、王妃様が()()()こちらを見つめていた。


「お前とはじっくりと話をする必要がありそうね。近いうちにレティシアとともに私を訪ねなさい」

「……承知いたしました」


 さっきと同じ回答を絞り出すと、今度こそ壇上から降りる。


 一段一段、差し出す足が震える。いよいよ階下に着こうというときになって、思わず膝から崩れ落ちそうになった。


「おっと」


 よろけた私をクラークが支える。


「ご、ごめんなさ」

「……ねえ、アメリア」


 クラークは私には顔を向けず、遠くを見るような目でつぶやいた。


「もし、もしも図書館で君に会ったのが僕だったら――」


 その声は消え入るようで、聞き取ることができなかった。


「クラーク様?」

「ごめん、何でもないよ。喉が渇いたから飲み物を取ってくる。君は休んでいて」


 そう言うと、クラークは人ごみの中へ姿を消した。その間も、彼は一度も私の方を見ることはなかった。


 取り残された私は、壁際に寄って独り(たたず)む。できるだけ気配を消してはいるつもりだけど、どうにも周りの視線が痛い。通りすがりにちらりと見られるだけでなく、無遠慮にこちらをじろじろと眺める人までいる。


 壇上で私たちがどんな会話をしたか、周りの人間には聞こえなかったはず。それでも人々の興味を引くには十分なんだろう。ついには知らない男に声を掛けられそうになったので、その前に中庭へと逃げ込んだ。


 ここも初めてくる場所だ。広い園庭は、冬の季節ということもあり咲いている花は少なかった。


すでに雪は止んでいたけれど、垣根の上を見ればうっすらと白い布をかけたように残っているのがわかる。吐く息の白さが、外気の冷たさを物語っていた。


「寒い……」


 思わず縮こまって両腕をさする。寒いけれど、だからこそ誰もここへは出てこない。それが気楽で嬉しかった。


 ふと、煙草の臭いが鼻を掠めた。この香りはどこかで嗅いだことがある。確か――。


「やあ、こんなところで会うなんて奇遇だね、サリバン君」


 庭の奥に目をやると、いつもの白衣姿とは異なるタキシード姿のホーク助手が、気怠そうに紫煙を燻らせていた。


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