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第十四話 祝賀会(6)

「おお、レオナルド。よく来たな」


 陛下はクラークを見ると途端に顔を綻ばせた。


「陛下、この度は御在位二十五周年おめでとうございます。幾久しく、御代(みよ)の続かんことをお祈り申し上げます」


 そう言って一礼する彼に合わせ、カーテシーをする。


 でも、まだ感情の整理ができていない。頭の中はぐちゃぐちゃで、会話を交わす二人の声が、どこか遠くに聞こえている。


「よいよい、そんな堅苦しい挨拶はせずとも。祝いの場だ。サリバン嬢も肩の力を抜きなさい」

「は、はい」


 陛下に直にお声をかけられ、慌てて返事をする。ダメだわ、しっかりしなくちゃ。御前(ごぜん)で呆けるだなんて、絶対にあってはならない。


 何とか笑顔を作り、お祝いの言葉を申し上げる。そんな私を、陛下は満面の笑みで眺めていた。


「そなたらは並ぶと絵になるな。今しがたのダンスも、皆が見入っておったよ」

「恐縮です」


 和やかな笑みを浮かべるクラークは、先ほどの私とのやりとりなどすっかり忘れたような顔をしている。


「いやはや、あんなに幼かった子供たちがこのように立派になるとは。歳を取るわけだな」

「何を仰せになるんですか。陛下はまだまだお若くていらっしゃいますよ」


 敬語を使っているとはいえ、ずいぶんと気安い話し方だ。日頃、どれほどクラークが陛下に可愛がられているのかがよくわかる。


 そのやりとりを黙って聴いていると、突如陛下の視線がこちらに向けられた。


「サリバン嬢もすっかり美しくなったな。昔の王妃を思い出すよ」

「……恐れ多いお言葉です」


 王妃様から見れば私は又姪(まためい)だから、面影があってもおかしくはない。ただ、引き合いに出された王妃様はどう思うだろうか。その目を見るのが怖くて、目線を下げたまま短く言葉を返した。


「それにしても、もうあと半年で学園も卒業か。いよいよ成人というわけだな」


 陛下はそわそわとした様子であごの髭を撫で、私たちを窺うような視線を向ける。


「その、なんだな。そろそろ今後の身の振り方を考える時期なのではないか?」


 ぎくりと体が強張る。ついにきたわ、この話が。


 断らなくちゃ。今日はそのためにここに来たんだから。


 そう思っているのに、頭がうまく働かない。私に向けられたクラークの苦い瞳が、頭から離れない。


 何も言わない私たちに構わず、陛下は上機嫌で言葉を続けた。


「レオナルド、先日そなたの父のクラーク侯爵と話す機会があってな。なんと、あと半年で卒業であるというのにまだ相手の目星がついていないと言うではないか」

「陛下」


 意気揚々とした陛下の言葉を遮ったのは、王妃様だった。


「この二人はまだ学生です。卒業間際だというのならなおのこと、まずは本分である学問に力を入れさせるべきでは?」


 さすがだわ。王妃様は臆することなく、非難めいた目つきで陛下を見遣る。しかし当のご本人はさして気にする様子もなく首を振った。


「いやいや、そうやって悠長に構えていてはいかん。すでに二人とも縁談はたくさんきているはずだ。そうだろう?」


 そうして私たち二人に同意を求めるように身を乗り出す。


「少なくとも、僕のところにそんな話は来ていませんね」

「存じません。父に任せておりますので……」


 揃って否定の言葉を発した私たちに、陛下はがっくりと肩を下ろした。


「そ、そうか……。だがしかしこれから山ほど話が舞い込むに違いない。レオナルドもサリバン嬢も非常に魅力的だからな」


 それは否定できない。私たちの立場を考えれば、婚姻という強い絆を結びたいと考えている貴族諸侯は多いはずだもの。


 逆に考えれば、私たちには選択肢が多数あるということなのだ。それなのになぜ、よりにもよって私とクラークなんだろう。陛下はどうして私たちにこだわるの?


「いいかげんになさいませ、陛下」


 王妃様の低い声がぴしりと響き渡る。陛下は困ったように眉尻を下げたけれど、それでもまだ言い訳をするように王妃様に食い下がった。


「わしは孫のように可愛いレオナルドに幸せになってほしいだけなのだ。年頃の令嬢で、サリバン嬢ほど洗練された女性を他に知らん。これほど似合いの二人は他にいないだろう?」

「失礼を承知で申し上げます」


 ここまで聞かれたこと以外はずっと沈黙を貫いていたクラークが、ふいに割って入った。


 思わず彼を凝視する。一体何を言うつもりなの?


 私はもちろん、陛下も王妃様も口をつぐみ、次の言葉を待った。


「申し訳ありませんが僕にもアメリア嬢にも()()()はありません。そのため、このお話は白紙に戻していただきたいのです」

「……!」


 その言葉は、まさに私が言いたかったもののはずだった。本当なら、よくぞ言ったと心の中でこぶしを握りしめていたに違いない。


 なのにどうかしら。私は今、みじめな気持ちでいっぱいだ。


 彼にこんなことを言わせてしまったことに、とてつもない罪悪感を感じている。


「実は僕らはあまり気が合わなくて、学校でも意見が分かれてばかりいるのですよ」


 クラークは決してこちらを見ようとしない。ただ真っ直ぐに陛下を見上げて穏やかなほほ笑みを浮かべている。


「ふむ……」


 クラークの進言に、陛下は特段気分を害された様子もなくうなずいた。


「なるほど、そういう考えもあるかもしれん。だが、夫婦というのは全く違う性格だからこそ上手くいくこともある。私と王妃を見ればわかるだろう?」


 王妃様に向けるその目は、慈愛に満ちている。きっと、何十年もの結婚生活の中で幾度となく衝突を繰り返しながら、愛を育んでいらしたのだろう。


 それはまるで、私たちの将来の可能性の一つを見せられているようで、どうしていいかわからなくなった。


「確かに、陛下のおっしゃる通りかもしれません。でも」


 そこで一度言葉を切ると、クラークは微かに口の端を上げた。やや自嘲気味な笑いだった。


「僕は……もっと僕にやさしくしてくれる人と結婚したいですね」


 ずきりと胸が痛む。


 今この言葉を、クラークはどんな気持ちで口にしているのだろう。笑い話にして茶化すような口調で話してはいるけれど、心の中ではどう感じているの?


 唇を噛み締め、じっと床を見つめる。すると、私の名を呼ぶ王妃様の鋭い声が、頭の上から降ってきた。


「アメリア」


 顔を上げると、お父様を彷彿とさせる琥珀色の瞳と目が合った。


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