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第十話 祝賀会(2)

 ようやく全ての支度を終えて手袋をはめ、姿見の中の自分を見返す。すると、人知れず安堵のため息が漏れた。


 当初想定していた姿とはまるで違う仕上がりだけれど、なんとか見れるようにはなるものね。


 妖艶さを狙って仕立てたはずの紺色のドレスは、緩く編み込んだ髪と白い小物、薄いリップが合わさると何故か清楚な雰囲気になったような気がするから不思議だわ。


「本当にお美しいです、アメリア様」


 後ろに控えるアンナが感慨深げな声を出す。


 私に仕えてもう五年。決して口には出さないけれど、彼女が姉のような気持ちでいてくれることはわかっていた。デビュタント当時から見守っていた立場としては、初めてお父様以外のエスコートで夜会に向かおうとする姿に感銘を受けるのは当然のことなのかもしれない。


(でも……)


 私には引っ掛かることがあった。それは随分前からぼんやりと思っていたことだったけれど、今日になって急にはっきりと形になった疑問だった。


 いや、正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()といってもいい。


 蘭の花にはたくさん種類があって、今が見ごろの品種もある。ただ、今日届いたものは冬に咲く種類ではなく、この季節に目にすることはほぼない。クラークだからこそ手に入れられる、希少価値の高い花だ。


 それを見たとき、ふと思い出したのだ。アンナは時折、季節外れの花を私の部屋に飾ることがあった。なんとなく不思議に眺めていたけど、今思えばあれらはどうやって手に入れたものだったのか。


 まさか、まさかとは思うけど、あの花を贈っていたのはひょっとしたら――。


「クラーク様がお迎えにいらっしゃいました」


 突然響き渡ったココの声に、びくりと体が震える。


 びっくりした……心の中を読まれたのかと思ったわ。怯えた目つきを向ける私に、ココは首を傾げた。


「アメリア様? どうかなさいましたか?」

「なんでもないわ。もう下にいらっしゃるの?」

「はい、玄関ホールでお待ちです」


 そう、来ちゃったのね。

 ちょうど彼のことを考えていたところだから顔が合わせづらいけど仕方がない。大きく深呼吸をすると、部屋を出て階段へと向かう。


 手すりに沿って階下へ下ると、こちらに気づいたクラークが私を見上げて優しく微笑んだ。それは前回会った時とはまるで違う、しっかりと「準備してきた」笑顔だった。穏やかな表情の裏に、今夜は仮面を崩すまいとする固い決意のようなものを感じる。


 心の中で何かがもやもやと渦巻く。私たちはずっとこうやって化かし合いのようなやりとりばかりしてきて、だから私は、大切なものを見落としてきたんじゃないかしら。


(ひょっとしたら、あなたはあなたなりに私を気遣ってくれていたの?)


 そう問いかけたい気持ちを押し込めて、クラークの前に立った。


「お待たせしました」


 不自然に見えないようにゆっくりと唇の端を上げる。上手く笑えてるはずだ。今までだって、何度も心にもない笑顔を彼に向けてきたんだから。


 クラークはまっすぐに私を見下ろして目を細めた。


「綺麗だよ、アメリア。僕の持っている言葉じゃ形容しきれないくらいだ」

「まあ、ありがとうございます。クラーク様もとても麗しいですわ」


 形式ばった挨拶ではあるけれど、口にした言葉は偽りではなかった。


 漆黒の燕尾服は品の良い光沢があり、彼のブルーグレーの髪色によく似合っている。襟元のラペルピンは緑の瞳と同じエメラルドがあしらわれ、その分ポケットチーフはシンプルな白いものが差し込まれていた。


 私の目線が胸元のポケットチーフにあるのに気づいたクラークは、おかしげに笑いを漏らした。


「心配しなくても、お揃いの花なんか差してこないよ?」

「……そんなこと思っていません」


 これは嘘だ。


 蘭が届いた時から密かに、彼も同じ花を身につけてくるのではないかと危惧していた。でもさすがにその辺の良識はあるようね。


 だってそれじゃまるで新郎新婦だもの。


 そう考えて思わず眉間に皺が寄る。そんな私を見て、クラークはますます楽しそうに会話を続けた。


「まあ、実はちょっとだけお揃いもいいかなって思ったんだけどね」

「冗談はやめてください」

「ふふ、冗談じゃないよ。でも止めたんだ、今は反省中だから」


 反省中?


 訳のわからないことを言い出すクラークに首を傾げてみたけれど、いつも通りの完璧な笑顔を返されるだけだった。


 やっぱり一筋縄ではいかないわね。ちっとも本心が見えやしない。


「そこまで聞かせておいて、何もおっしゃらないのはずるくないかしら?」


 ぐっと一歩踏み込んで問いかけてみる。


 私は今夜、どうしても彼に聞いてみたいことがある。こんなことくらいで引き下がっていてはいけないのだ。


 しかしクラークは何気ない調子で私に矢を放った。


「アメリアには関係ないことだよ。バートに少し八つ当たりしちゃってね」

「……っ!」


 突然出たアルバートの名前に、思わず息が詰まる。


 なによ、それ。


 ちっとも答えになってない。


 アルバートに八つ当たりしたことと、花を身につけてこなかったことに何の関係があるの? そう思うのに、何も言うことができない。


 本当にこの男はずるいわ。


 アルバートの名前を出せば私が言葉に詰まることを知っているのよ。


 そして私はまんまとその策に嵌り、口をつぐんだまま視線を落とさざるを得なかった。


「……じゃあ、行こうか。寒いから、何か羽織った方がいいよ」


 クラークの声にタイミングを合わせたように、アンナが私の肩にセーブルのケープを羽織らせた。


 もうこれ以上この話題は続けるつもりはないということね。


 諦めて差し出された腕に手を添えると、前を向く。扉の先に待つクラーク家の馬車に向かって歩きながら、心の中でそっと祈った。


(今夜の祝賀会、どうぞ無事に終えられますように)


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