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第八話 対峙 (2) (アルバート視点)

 供もつけずに部屋に入ってきたレオは、その足で暖炉に向かうと徐ろに火かき棒を取り出した。


「おっ、おい、レオ?」


 その唐突な行動にぎょっとして立ち上がるものの、レオはこちらには目もくれず元の場所に戻る。そうして手にした棒を両開きの扉の取っ手に通すと、部屋は簡易的に鍵をかけた状態になった。扉を前後に動かして開かないのを確認し、ようやく安心したように俺に向き直る。


「驚かせたかな、悪かったね」


 そうほほ笑みながらも、顔色が疲労を隠しきれていない。レオはらしくもない乱雑な足取りでソファに歩み寄り、そのままどかっと腰を下ろす。そして俺の視線に気づくと、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「急に叔母が来てね、その対応に追われていたんだ」

「ベッツィ様が?」


 脳裏に、豊かなプラチナブロンドを掻き上げる美しい中年女性が浮かんだ。エリザベス・バルドー、通称「ベッツィ様」は、バルドー公爵夫人でクラーク侯爵の実の妹だ。つまり、レオにとっての叔母に当たる。


 子供も二人いて、もう四十にもなろうというのに変わらない美しさを保ち、社交界の華と呼ばれて久しい。


 流行の中心であるベッツィ様のサロンに招かれることは大変な名誉であり、社交界に身を置く女性なら誰しもが一度は憧れるらしい。


 まさにクラーク家の血筋らしい、煌びやかな女性だ。


 ただ、幼い頃から彼女を見てきた立場としては、正直あまり関わり合いになりたくはない。こう言うとなんだが、ベッツィ様は少し、いやかなりヒステリックなところがあるんだよな……。


 レオの父であるクラーク侯爵はすごく温厚な方なのに、妹であるベッツィ様は似ても似つかない。候は、気性の荒さ全てを妹に譲り渡したのではないかとすら思う。


 まだ十にも満たないころに、虫の居どころが悪かったベッツィ様に捕まって延々と説教を喰らった思い出が頭をよぎり、背筋がぞくりとした。平静を装っていたつもりだったが、顔にはっきりと出ていたんだろう。レオは俺の方を見て苦笑を浮かべた。


「まあ、いくら叔母様でも我が家の客間まで乗り込んできたりはしないと思うけどね」

「来客が俺だとわかったら来るんじゃないか?」

「うん、だから念の為に錠をかけたんだ」


 客間のドアには鍵がついてないからね、と笑うレオを、なんとなく複雑な気持ちで眺める。


 さっきは何不自由なく暮らしているかのように感じたが、こいつはこいつで人知れず苦労していることはあるんだろうな。


「ベッツィ様はお前に何か用事なのか?」

「ああ、今度の祝賀会にローゼをパートナーとして連れていけってうるさくてね」

「ローゼ嬢を?」


 ローゼ嬢はベッツィ様の一人目の子で、ソニアの一つ下の十五歳の令嬢だ。


 俺は直接彼女と話したことはないが、去年のデビュタントで華々しいデビューを飾ったことは噂ながらに聞いていた。


 いや、ベッツィ様の手で飾られた、という方が正しいかもしれない。彼女が娘の成長に並々ならぬ情熱を注いでいることは有名なのだから。


「今回の祝賀会は直系じゃないと参加できないからね。ローゼには弟がいるし、本来なら留守番するべきなんだけど、叔母様としてはどうしても参加させたいらしい」


 レオは軽くため息をつき、眉間を手で押さえた。


「だからと言って公爵家の娘を適当な男に預けるわけにもいかないだろう? お眼鏡にかなう人物が見つからなかったから、僕に焦点を当てたわけさ」

「なるほどな」


 確かに、バルドー公爵家のご令嬢をエスコートできる男というのは、かなり限られている。まして今回は『パートナーのいない嫡男』という条件がつくのだから、この国にはほとんど該当する男はいないだろう。


 例えば、我が国の四大貴族と言われるバルドー公爵家、ロレーヌ公爵家、サリバン侯爵家、そしてクラーク侯爵家。


 バルドー家の長男はまだ八歳で姉のローゼをエスコートするには幼すぎる。ロレーヌ家の長男は既婚者。サリバン家には一人娘のみ。


 となれば、適任者はレオナルド・クラークしかいないと考えるのも、まあうなずける。


「しっかし、お前のところに直談判に来るとは、さすがベッツィ様だよな」

「叔母様が突然やってくるのはよくあることだよ。今日は特に機嫌が悪かったから、ちょっと扱いに困ったけどね」


 ようやく余裕を取り戻してきたのか、レオはゆったりと足を組み替えた。穏やかな笑みで頭を傾げれば、いつものようにさらりと髪がなびく。


「ローゼ自体はいい子だし、本人が望むなら応えてあげたい気持ちはあるんだけどね。残念ながら、もう一緒に行く相手は決まっているから」

「は?」


 一瞬、自分の耳を疑った。


 今、すでにパートナーがいるって言わなかったか? これまで頑なに令嬢のエスコートを避けてきたはずのレオが、どうして、いや誰と出席するつもりなんだ?


 胸の奥で、じわりと苦いものが広がる気配がした。嫌な予感がする。この先を聞いてはいけないと、俺の勘が警告している。


「待て、レ」

「諸事情あってね。今回はアメリアと出席することにしたんだ」


 俺の制止も虚しく、レオはあっさりとサリバン嬢の名前を口にする。


 ある程度予想していたにもかかわらず、その名を聞いた瞬間に頭を殴られたような感覚に陥った。


 レオとサリバン嬢が、祝賀会に同伴するだって?


 動機が激しくなる。呼吸も苦しい。


「……」


 次の言葉を継げずにいる俺を見遣るレオの瞳は、以前にも見た冷たい光を帯びていた。俺を敵視する目だ。


「……それで、話ってなんだい?」

「!」

「何か言いたいことがあって来たんだろう?」


 薄く細められた緑の瞳が俺を射抜く。


 言いたいこと?


 ああ、そうだ。俺は今日、レオに伝えにきたんだ。俺とサリバン嬢の間には何もないって。


 そう、何もないんだ。そんな当たり前のこと、何故わざわざ言いにきた? 改めて言わなくても、レオとサリバン嬢には何の問題もなかったのに。


 卒業を控えたこの時期に、連れ立って夜会に出ることの意味を知らないほど馬鹿じゃない。いずれ婚約すると、周りに示すためだろう。


 ぐっと拳を握り締めると、何とか声を絞り出す。


「いや、大したことじゃない。お前も大変そうだし、今日はもう帰るよ」


 ろくな表情をしていないのが自分でもわかる。一刻も早く立ち去りたくて腰を上げた俺を、レオは悠然と見上げた。


「申し訳ないけど、僕はもう少しここで籠城するから見送りはしないよ」

「ああ」


 その方が都合がいい。これ以上一緒にいたら、何を口走るかわかったもんじゃない。


「叔母様はたぶん温室にいると思うから、遠回りだけど北側の廊下から帰った方がいいよ」


 足早に扉に向かう背後から、レオの声が追いかけてくる。一瞬立ち止まったものの、振り返ることはできなかった。


「じゃあね、バート。次は祝賀会で」


 閉まりかけた扉の隙間から、冷たく笑う親友の顔が見えた。




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