第十二話 観劇の帰り道(アルバート視点)
「レオナルド様! ごきげんよう~!!」
クラーク家の馬車に群がり、我先にと手を振る令嬢たちを窓の中から眺める。
外に向かって優雅に手を振り返すレオナルドの表情は、斜め向かいの俺からはうかがい知れない。ただ、恐ろしく綺麗な笑みを顔に張り付けているだろうことは容易に想像ができた。
「お嬢様方、危険ですのでお下がりください」
困り果てた御者が注意をするが、彼女たちには届かない。このままではいつまでたっても出発しないので、俺はレオの横から顔を出し、令嬢たちに声を掛けた。
「おーい、いい加減にしないとレオが困るだろ。また明日会えるんだから、もう解散だ、解散!」
ひらひらと手を振ってそう告げると、彼女たちは「はーい」と返事をしてしぶしぶと馬車から離れた。それでも名残惜しそうに、少し離れたところから見送りをしようとする。この寒い中、ご苦労なことだ。
「もう出発しようぜ、キリがないから」
御者に声を掛けると、彼はほっとしたように手綱を握りなおした。
滑らかに馬車が走り出す。令嬢たちが見えなくなるところまで来ると、レオナルドは大きく息を吐いて座席に倒れこんだ。天井を仰いだまま、右腕で両目を覆う。
そんなレオを見て、俺は苦笑しながら労をねぎらった。
「お疲れさん」
「ああ……今日はさすがに疲れた」
レオにしてはめずらしく弱々しい声だ。まあ、劇場に到着してから今さっきまで、ずっと令嬢たちによる熾烈な争いの中心にいたんだもんな。そりゃあ疲れるだろう。
「バートはすごいな。あんな風に言っても全く角が立たないんだから」
「そうか? 俺を煙たがってる令嬢は結構いると思うぞ」
レオナルドには、何かにつけて女たちが寄ってくる。その盾となり、彼女たちを追い払うことがいつのまにか俺の日常になっていた。
クラーク家の長男という重責を担っているが故に、イメージを崩さないように努めていることを知っているからだ。
俺はせいぜい伯爵家の次男だし、令嬢たちに嫌われようとどうってことはない。
「しかし今日は特にすごかったな。演目が演目なだけあって」
俺の言葉にレオはますます大きなため息をついた。
コレット家が席を押さえたという今日の演目は、かの英雄セオドア・クラークを主役にしたものだった。つまり、レオの曽祖父である二代前のクラーク候のことだ。
セオドア候といえば西国から我が国を守った話が有名だが、今回の舞台はそれよりも恋愛に重きを置いた内容になっていた。
二枚目な俳優が(とはいってもレオには劣るが)、ヒロインを掻き抱いて愛を歌うシーンはこちらが恥ずかしくなるほどだった。が、令嬢たちには非常に響いたらしい。
幕が下りるころには、ほぼ全員がうっとりと目を蕩けさせ、レオナルドを見つめていた。おそらく脳内では、先ほどの俳優たちを自分とレオに置き換えて想像していたんだろう。
「ひいおじい様は寡黙な方だったっていう話だから、あそこまで情熱的に愛は囁かなかったと思うけどね」
レオは鼻で笑って体を起こした。口元が皮肉な形に吊り上がっている。
「当時の人々は、一体ひいおじい様の何処を見ていたんだか」
言い捨てるような口調で小さく肩をすくめるレオにつられて、思わず笑った。
もともとレオはかなりの皮肉屋だ。だが、これが本来のこいつの姿だということは、俺を含めたごく少数の人間しか知らない。
「そうだよなあ、我が国の英雄があんな軟派なやつだったらちょっとがっかりだよな」
「男の目線で見ればそうなるね」
意見が一致したので、二人揃ってうんうんとうなづく。
鬼神のごとしと言われたセオドア・クラークがあんなに歯の浮くようなセリフを言っただなんて、想像したくなかった。
他人の俺ですらそうなんだから、自分の身内ともなれば心境は複雑に違いない。
しかし直後、レオはとんでもないことを言い出した。
「それに、ひいおじい様には他に好きな人がいたと思うよ」
「は?」
俺の驚いた視線を受けて、レオナルドはにこりと笑った。
「もちろんひいおばあ様を愛してはいたけど……本当に恋焦がれたのは、別の人なんじゃないかな」
そう言うと、何故か切なげな目で窓の外を眺める。
その姿は男の俺から見ても色っぽくて、これを令嬢たちに見せるわけにはいかないな、とひっそりと考えた。
「どうしてそう思うんだ?」
「曾孫の勘ってやつかな」
レオは視線を俺に戻し、茶化すようににやりと口角を上げる。
これ以上つっこんでも何も話してはくれなさそうなので、俺はそのまま黙ってレオを見遣った。レオは目をすうっと細めて残念そうな声を出す。
「ああ、アメリアも来たらよかったのにね」
唐突な言葉に俺は再び目を見開いた。そんな俺を意に介さず、レオは続ける。
「劇場の席決め、やたらと揉めたからね。僕の両端に君とアメリアが座ればよかったんだよ。いいアイデアだと思わない?」
「それはさすがにダメだろ」
確かに、女性陣が全員レオの隣に座りたがるもんだから、席順でひと悶着あったのは事実だ。
でもそれを解決するために、俺ならまだしもサリバン嬢まで盾にするのは気の毒すぎる。
先日の課題の件で、彼女はこいつのファンである令嬢たちに目の敵にされているっていうのに。これ以上憎まれるのはさすがに可哀想だ。
「ダメかな?」
「ダメだ。この間もお前らしくもない暴言吐いて、めちゃくちゃ怒らせたばかりじゃないか」
この間とは、アダムス男爵を訪問する前に三人で打ち合わせをしていたときのことだ。レオは突然、彼女に向かって「変な顔」とのたまった。
俺でさえ、そんな不適切な発言を女性に向かってしたことはない。しかも、そのときのサリバン嬢の顔は決しておかしなものではなかった。
彼女はほほ笑んでいたんだ。俺たち二人を見て、何だかうらやましそうに。少なくとも俺はその表情を変だとは思わなかった。むしろ――。
「困るんだよ。あんな顔、周りに見せられたら」
レオが発した言葉に、思考が途切れる。
見れば、その緑青の瞳はひどく重たい光を放っていた。長く付き合ってきたはずの友人の初めて見せる表情に、思わずぞくりとして口をつぐむ。
(なんだよ、その顔)
そういえば、周りの人間全員に平等に接するはずのレオが、何故かサリバン嬢にだけは怒りを煽るような行動をする。
それは前から気づいていたことだけど、単純に馬が合わないからだろうと思っていた。だが、ひょっとしたら何かほかの理由があるんだろうか。
浮かんできた疑問を口にしようとしたとき、馬車の前方から聞こえてきた御者の声に邪魔をされた。
「チェイサー邸に到着いたしました」
「ありがとう」
穏やかに返事をするレオナルドは、もういつもの彼に戻っている。話の腰を折られた俺は、小さく息を吐くと立ち上がった。
開かれたドアから外に出ると、ちらりと白いものが目に映る。
「雪?」
見上げると、細かな雪がいくつも舞い降りてきて、体に当たっては消えていった。
俺はレオを振り返り、家へと誘った。
「寒いし、少し寄っていくか?」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
レオはほほ笑むと座席から腰を上げた。
* * *
突然の来客だったため、応接室は火が入っていなかった。仕方なく俺の私室にレオナルドを通す。
執事は少し困った顔をしていたが、こいつとは何度も家を行き来している間柄だし、今更大したことじゃない。
小ぶりなティーテーブルを挟んで腰を下ろすと、飲み物が運ばれてきた。俺はコーヒー、レオはブランデー入りの紅茶だ。
メイドがそれぞれの好みを把握しているあたり、どれだけレオが我が家を訪問しているかがわかる。
冷えた体を温めようとカップに手を伸ばそうとしたそのとき、パタパタパタ、と外の廊下を走る音が聞こえた。
手を止め、ため息をつく。
「兄さま!」
大きな音を立てて扉が開くと、案の定そこにいたのは妹のソニアだった。





