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第十話 悪役令嬢は友情について考える

9話のサブタイトルを変更しました。

 教授の部屋を出た私は、その足でクラークに指定された談話室に向かった。


 気持ちがふわふわとして、頭と体が切り離されたかのように感じる。全く別のことを考えているのに、足だけが勝手に動いている。そんな感じだった。


『ちゃんと友人がいたんだね』


 先ほどの丸眼鏡の言葉が頭をよぎる。何度反芻してみても、実感が湧かない単語だった。


 チェイサーとクラークが私を友人だと思っているだなんて、どう考えてもあり得ないもの。


 それに、もし、万が一、仮にそうだとして、私自身がどうしたいのかもわからない。彼らと友人関係を結びたいと思っているのかしら。


(友人か……)


 やっぱり馴染みのない言葉だわ。


 これまで私は、物語の中でしか友人というものに触れたことがなかった。


 そう、例えば、他愛ないことで笑いあったり、好きな本を紹介しあったり。一緒にお茶をして、甘いお菓子を食べる罪悪感を、こっそり二人で分かち合う。時に意見が食い違っても、ちゃんと相手の主張を聞き、考えの違いを受け入れることのできる関係。


 それが私の思う友人だ。


 そこまで考えると、浮かれた熱が引き、頭の芯がすっと冷めるのを感じた。


(……少なくともあいつらじゃないわね)


 三人でテーブルを囲んでアフタヌーンティーだなんて、想像するだけで寒気がする。


(それにしても、案外私って夢見がちなんだわ)


 自分の中の「友人」の定義が、明らかに少女向け小説に影響されていることに気づいて恥ずかしくなる。そんな友人、私にできるわけないというのに。


 思わずくすりと笑いが漏れた。すれ違う生徒がびくりと私を見たが、無視して歩みを進める。


 上の空のまま歩いていても、目的地には到着する。談話室のドアの前で立ち止まり、しばらく逡巡(しゅんじゅん)した。


 お茶会なんていう変な想像をしたせいで、中で待つクラークと顔を合わせづらい。十中八九チェイサーもそばにいるだろうし、ますます気まずいわ。


 課題提出の報告をしたら、すぐに立ち去ろう。意を決してドアノブに手をかける。ひやりとした金属のノブを回すと、がちゃりと重い音が響いた。


 開いた扉から中を見て、言葉を失った。課題班のほぼ全員が集まっている。入口の扉が開いたことで、戸口に立つ私に一気に視線が集中した。


「……あ」


 まさか全員いるとは思わず、想定外すぎて固まってしまった。


(さっさと言うのよ、「課題は提出した」って)


 心の中で自分を叱咤する。それさえ済めば、ここを離れられるんだから。わかっているのに、私の口は動かなかった。


 そのとき、頭の上で声がした。


「悪い、遅くなった」


 ぱっと振り向くと、息を切らせたチェイサーが私の背後に立っている。


(なんでまた後ろにいるの……!?)


 驚きで目を丸くする私を見下ろし、チェイサーはまるでクラークに話しかけるかのような軽い調子で話しかけてきた。


「サリバン嬢、体調はもういいのか?」

「え、ええ」


 思わずうなずくと、チェイサーはにっと歯を見せて笑った。切れ長の目がさらに細くなる。


「じゃあ、もう課題は提出できたってことか?」


 期待に満ちたまなざしを向けられ、頬が熱くなる。慌てて目を逸らし、彼とは反対の教室の中に向かって回答した。


「先ほど提出して、受理されました」


 その言葉に、班全体が湧いた。ほっとした顔をする者、歓声を上げる者、反応は様々だ。


 チェイサーに促され部屋に足を踏み入れると、彼も後に続いて中に入ってきた。それと同時に、一人の男子生徒がチェイサーに歩み寄る。


「全く、アルバートが提出日を遅らせるって言いだしたときにはどうなることかと思ったけどな」

「なんとかなっただろ」


 お互いの肩を軽くたたき、一緒になって笑っている二人を見て、私はうっかり口を挟んでしまった。


「チェイサー様が……締め切りの延長を進言してくださったと聞きました」

「別に俺一人がやったわけじゃない。レオもそうだし、全員の同意をもらったからできたことだ」


 少し照れたような顔で頭を掻くと、チェイサーはグレーの瞳をこちらに向けた。


 ああ、どうしてだろう。何故か私はこの目を見ると、いつもなら言うはずもない言葉が口をついて出てくるんだ。


「私のために、提出を待っていただいて、感謝、いたします」


 彼に感謝の言葉を伝えるのはこれが二度目だ。私の言葉に、チェイサーは目を見開いた。その目をじっと見つめ返し、今度は周囲に視線を移す。


「みなさん、も、提出の延期を認めてくださってありがとう、ございます」


 言葉に詰まりながら一礼すると、室内は時間が止まったかのように静かになった。


「そんなの当り前じゃないか。みんなで取り組んだ課題なんだから」


 クラークの穏やかな声が静寂を破る。見れば、部屋の奥で令嬢たちに囲まれながらこちらを見ている。私と目が合うと、クラークは困ったように笑って何故か視線を逸らした。


 英雄(クラーク)が是と言えば、当然周りも同調する。他のメンバーも、口々に課題が無事終わったのだから問題ないと言い始めた。


「そうそう、間に合ったんだから」

「サリバン嬢も頑張ってたしね」


 などと、私を労う言葉すら飛び出してくる。それが妙に居心地が悪くて、視線を落として自分のつま先を見つめた。



「そうですわ! 無事課題が終わったんですから、気晴らしに出かけませんか?」


 唐突に、甲高い声が響いた。声の主はコレットだ。クラークの隣を陣取り、両手を合わせて嬉しそうに笑っている。


「今とっても人気の舞台、我が家で席を押さえてあるんです。ぜひみんなでどうですか?」


 みんな、と言いながらもその目はクラークしか映していない。


 それでも周りの生徒達には魅力的な提案だったんだろう。メンバーのほとんどが観劇への参加を表明する。


「ぜひ、レオナルド様も行きましょう?」


 コレットのギラギラした視線を避けるように、クラークは私を見た。


「アメリアも行かない?」


 クラークの問いかけに、コレットはぴくりと眉を寄せ不服そうな表情を私にだけ見せた。


 絶対についてくるな、とその顔が言っている。ええ、もちろん、こちらとしても断固として辞退させていただくわ。


「せっかくですけれど、寝込んでいたせいで本の返却が遅れてしまったので、帰りに図書館に寄りたいのです」


 丁重にお断りを入れると、コレットは満足げにニヤリと笑った。ほんっとに、顔に出やすい女ね。それでよく伯爵家の令嬢をやっていられるものだわ。


 クラークは私が断るのを予想していたのか、大して気にした素振りもなく、次はチェイサーに声をかけた。


「バートは行くよね?」


 クラークの行くところチェイサーあり、と言われるほど常に側に控えている彼のことだから、二つ返事で同行するのだと思っていた。しかし予想に反して、チェイサーは申し訳なさそうに頰を掻いた。


「あー、今日は家で馬車を使う予定だから、すぐに帰らないとダメなんだ」


 うちは馬車が二台しかないからさ、とバツが悪そうに笑うチェイサーに、クラークは朗らかな笑顔を向ける。


「だったら君の馬車は先に家に帰して、僕と一緒に行けばいい。帰りもちゃんと送るよ」

「え、いや」

「行くよね?」


 有無を言わさぬ問答に、ついにチェイサーが折れた。


「わかった、じゃあ御者に言付けてくるから待っててくれ」


 ……ひょっとして、チェイサーがクラークのそばを離れないんじゃなくて、クラークがチェイサーを放さないのかしら。いまいち二人の関係性がわからなくなってきたわ。


 あごに手を当てて思案していると、部屋を出る直前、チェイサーが私の方を見た気がして心臓が飛び跳ねた。が、何も言うことはなく、そのまま彼の姿は見えなくなった。


(馬鹿ね、何を言われると思ったのよ)


 肩の力を抜くと、ちょうどクラークが令嬢たちに取り囲まれながら部屋を出ようとしているところだった。


「また明日ね、アメリア」

「……ごきげんよう」


 こんなときにまで挨拶を欠かさないクラークに呆れつつ、私も部屋を出ることにした。








 * * *








 馬車を降りると、はーっと息を吐いた。白く舞い上がる煙のような呼気を見送って、図書館までの遊歩道を歩く。


 それほど長い距離ではないけれど、風が当たるとふるっと体が震える。アンナがあれこれ着せてくれたのは正解だったみたいね。


 暖かい館内に入るとほっと一息つき、カウンターに向かう。返却手続きを済ませ、また本を借りようと本棚に足を向けた。そのとき、


「あの、失礼ですが、アメリア・サリバン様ですか?」


 鈴を転がすような可愛らしい声がして、私は振り返った。そこには、ふわふわとした柔らかい栗色の髪の少女が立っていた。


「はじめまして、ソニア・チェイサーと申します」





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