5:檻の中から出た獣
時折あの出来事を思い出す。
別段、望んでる訳でもない。
出来れば蘇って欲しくのない記憶であり、同時に逃げず向き合わなくてはいけない自分の罪である。
〝天災〟の差別。
自分達とは違うものを忌み嫌い、弾こうとする生物的本能。
彼らを人外だと。
人ではないものと扱った凡骨は、今もこの世にごまんと溢れている。
三影も幼少期にそうした。
周りがそうしたから。自分もしないと、自分がおかしな存在だと思われてしまう。
それが建前だと、自覚しておきながら。
罪人の心を嬲り擽るように、罪の意識は心を蝕んでいく。
彼女は今どうして居るのだろうか。
自分より年が上だと言う事しか、思い出せない。
もしかすると向かう学園の在学生かもしれない。
今では世界で活躍しているのかもしれない。
どちらにせよ、絶対に合わなければいけないと心に括っていた。
許されなくたっていい。
自己満足だっていい。
段々と記憶から薄れていく彼女は、確かに存在しているのだと示せればそれで良い。
そして、これから先は誰にでも接していこう。
見た目で判断しない。
情報に惑わされない。
状況に左右されない。
例え相手が悪であっても、話せない訳でもない。
知ること自体が悪だなんて、到底思えないのだから。
■■■
「ごめんなさい」
クルーズの進む音だけが耳に届く静かな部屋に、ポツリと朱涙は呟いた。
「何で朱涙が謝るのさ」
「私が勧めたりしなければ……あんな空気には……」
「良いよ、朱涙に非はないから。元々俺の友達作りの下手さが生んだことだし」
状況は最悪であった。
会場を流れる音楽すら聞こえてこないと錯覚する程、室内の空気は沈んでしまったのだ。
六道という名の青年は『悪かったな』と一言置き、自傷するように笑いながら会場を後にした。
彼が居なくなったからといって会場内が明るくなる訳でも無く、逆に今の状況が残ったのである。
勿論、彼が悪いだなんて三影は思っていない。
話し掛けただけで、少し距離を置いた目を向けられた三影は居心地が悪くなり、本来の目的を置いて自室へと戻ってきたのであった。
今はベッドに背中合わせで朱涙と座っている。
気を落としているのは三影よりも朱涙の方であった。
彼は彼で、違和感という胸のわだかまりが拭えず、つっかえた感覚が取れないでいた。
「皆、知ってて避けてたのか、な」
「そうみたいですね……私もあの人の容姿は知りませんでしたが名前を聞いて思い出せました」
「…………」
「〝殺しの天災〟……六道 極楽。八年前に家族と近所の方を殺した人です。事件の残虐性と年齢から世間を騒がせたみたいで」
八年も経てば見た目なんて変わる。
ましてや成長期を過ぎれば尚更である。
当時から〝天災〟が発覚していた誰かが、頭の隅に置いていたのであろう。
〝八年後、自分と同じ学園に行くのかもしれない〟と。
ひょっとして三影を止めようとしてきた名も交わしていない彼女なのだろうか。
「……俺も微かだけど思い出せた気がする。子供だからって理由で罪は軽くなってたけど、〝天災〟と分かって圧力が掛かった──なんて噂されてた奴だよな」
「えぇ、それです。六道さん、私の距離からでも分かるほどの殺気を放ってましたね……。本当に死ぬビジョンが見えた気がします」
一番近くに居た三影も初めての経験であった。
殺気。
生まれて初めて肌身に染み渡る本物のそれは、身体が動くのを拒絶させていた。
動けば危険だと知らせていた。防衛の為に死んだふりをする生物も地球上には居る。
蛇に睨まれた蛙もいいところである。
あの瞬間確かに、動けないでいた。
「朱涙は彼奴の事どう感じた?」
コミュニケーション能力のあるという事は、相手がどういった人物なのか把握し、言葉を選べれるという事だ。
彼女の目に、彼がどう映るのか興味があった。
「そうですね……殺気を撒き散らしていましたけど、何故か怖いとは感じませんでしたね」
「殺気はあるのに怖くない?」
意外そうに三影は振り向き、目を見開いて朱涙の背中を見る。
視線に気づいたのか、彼女もこちらを振り向く。
横にではなく、頭を後ろに倒す形で。
「ええまあ。だから不思議なのですが」
「…………」
あと少しで、違和感の原因が掴めそうだと考える素振りを見せる。
もっと根本的な、食い違いがありはしないかと。
「考えても仕方ありませんね。それは別として鳩崎さんって方には会えず終いでしたねー。明日には学園に着くというのに」
「え?あ、あぁ。案外船に弱かったりするんじゃないかね」
「でも一週間と二日弱ですよ?流石に異常なんじゃないです?部屋で倒れてたりしたら……」
「部屋には一応、動くものを感知するセンサーが設置してあるらしいし、安全面は大丈夫だと思うけど」
「じゃあ鳩崎さんのところにも六道さんみたく強制的に来るようにメールが来たのですかねー。それでも来なかったとなると相当な度量の持ち主だと推測出来ますが」
「お前と違って女の子らしいお淑やかな子だったけど……っておいちょっと待て」
脳裏に電撃が走るように、急激に思考力が上がっていく。
違和感の正体が、パズルのピースがハマって行くように、全貌が見えてきていた。
目を見開き、簡単な事に彼は気付く。
「メールが、来たんだよな?」
「え、えぇ。確かにそういって──あ」
朱涙も気づいたようである。
会場で確かに見た、六道に刻まれた傷を。
「どうやってメールの内容を確認したんだ?そもそも、目が見えないならパソコンや携帯自体使わない筈なんじゃ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。三影さんはつまり、六道さんが嘘を言っている……と?仮に嘘を付いているとして、嘘を付くことになんのメリットが」
「メリット、ね」
一度考える事を進めた脳は、勝手に頭が冴えていく。
気付かなかった事に視点が置けるようになる。
「なあ朱涙。お前は自分の才能を使いたい、見てもらいたいなんて思うか?」
「それまた変な質問で……答えはNOですよ。見せびらかそうなんて思ったりしませんよ。才能によるのかもしれませんが」
「いや違う。そうじゃなくて、才能を使いたいって欲求が大きかったりするか?こう……抑えられないみたいな」
「え?そんな事思いませんよ。嫌味な言い方ですけど、出来るのが当たり前って感覚ですから。箸が持てるからってずっと持っていたいなんて思いませんし」
「だよな。なら何でアイツの事を皆避けるんだ?」
「それ、は……」
朱涙の小さく開いた口は閉じない。
明確な答えを模索し、思考の海に身を落とすも、出て来ずに静止していた。
「六道が殺しの〝天災〟なのは事実なのかもしれない。だからって、殺人鬼なんて理由は無いんじゃないか。殺人衝動が抑えられていないなんて風に、俺には思えない」
皆、避けていた。
嫌いなものを見るように、違うものを忌み嫌うように、恐怖していた。
あの目は自己を案じれる確証の無い、手元のない恐怖心から来てるものだ。
──殺される。
目の前の檻から出た猛獣に、自分が襲われない保証なんて無いと。
襲われない為には近づかない。
離れていれば安全は保証されると思い、皆距離を置いていたのだ。
六道は殺しの才能を持っていても、才能を使いたい欲求など無いのではないか。
彼自身は、無害なのではないか。
ただこれが真実だと絶対的に言える要素はない。
それすら演技で、無害の皮を被ってるだけかもしれない。
しかし。
「決めた。朱涙が俺に接してくれたみたいに、俺も六道と話をするよ」
褒められる行動じゃないと、誰もが自身を軽蔑しようとも。
何の根拠も無しに理不尽に六道が責め立てられ、孤独となるには納得がいかない。
「──ぷっ、あはは!」
「な、何が可笑しいのさ」
真顔で言う三影に、朱涙は思わず笑いを我慢出来なかった。
彼女は体制を戻し、改めて彼の方へ向く。
まだ目尻には涙が溜まっていた。
想定していた反応と違い恥ずかしくなったのか三影は目を逸らし歯を噛み締めて頬に熱が籠る。
「い、いえ、私は三影さんの事をちゃんと理解出来てなかったんだなって。猛獣か無害な生き物なのか分からないっていうのに、話しに行こう、距離を詰めるだなんて。三影さんは優しいのですね」
「俺は自分が優しいだなんて思わないさ」
なんせ、これは罪滅ぼしのようなもの。
過去の自分を清算する為の、自分なりに決めたこと。
「ただ、平等に人と触れ合いたいって思ってしまうんだ」
夜が深くなっていく。
この時間帯に押しかければ話す以前に迷惑だろう。
そう考えた三影は、明日に残された僅かな時間に望みを乗せる事にした。
旅は終わりを迎えようとする中、彼に迷いはなかった。




