4:機会なんて転がっている
「──んで、三影さん?いいんですか?このままで」
小柄な少女、朱涙がベッドに寝転び持参の漫画を読みながら、三影に声をかける。
朱涙と友達になり、その後暇があれば朱涙が自分の部屋を訪ねてくるようになった。
一人だと落ち着かないのもあって、嬉しいのは嬉しい。
が、朱涙の見た目は小学生と見間違う程幼いので、パッと見、問題ではあった。
「……このままで、とは?」
ソファに座り、テレビを眺めながら返答。
背景にはガラス越しに青い海が広がっている。眩い陽射しがガラスから入り込むので少し目を細めていた。
「あれから私以外の人と友達になれました?」
「お前が毎日来るからな。そんな時間はないんだ」
パタン。
と、三影の斜め後ろの方で本を閉じる音が聞こえた。
「なら、私は他の人の部屋にお邪魔してきますね!」
背中越しなので朱涙の行動は音でしか伝わって来ないが、おそらく彼女は今、とびっきりの笑顔なのだろう。
「俺が悪かったですゴメンナサイ。え、まってもしかしてお前、結構な人数と知り合ってる……?」
「んー……まあ、そこそこと。というか、毎日皆で一緒のところで夕食を食べてるんですから、知り合ってない人の方が珍しいですよ。もしかすると三影くらいかもですね」
「夕食の時に姿見えなかったのは、話し掛けてたのね……もう明日には学園に着くんだろ?不安で仕方なくなってきた……」
「三影さん、話すと普通なんですけどねぇ……。なんで話しかけないんです?」
「あんな明るい雰囲気の中、話しかけづらいわ。最初の日なんて、だんだん皆緊張が解れて仲良くなっていったっていうのに、俺は鳩崎って人を探してたから、取り残されたってわけ」
「鳩崎……?」
「あぁ、最初に話をした人なんだけどな。どうも見かけなくて」
「ふむむ、私も会ったことないですねぇ」
「部屋に引き篭もってんのかな。派手な事は苦手そうな印象だったし」
この船に乗った生徒の数はおよそ60人。
その中で日本人は6割弱で、ロシアやイギリスなど、ユーラシア大陸の〝天災〟が一度極東の地へとやってくる。
理由としては、日本とアメリカからしか船が出てないらしく、出発地点が2択しかないとのこと。
今年は例年に比べてかなりの数の〝天災〟が入学をする事もあり、世界各国のメディアの仕事は大忙しの様子。
だが港に取材陣が押し寄せて居なかったのは学園側、つまり世界の意思で止められている。
理由としては、安全を期す為であろうか。まるで国の主要人物の扱いである。
「部屋は隣の隣の隣、でしたっけ?一度会いに行かれてみては?」
「……そんな勇気があったら、色んな人に話しかけれるわ。お前はお前でよく気軽に俺の部屋に来れるな」
「慣れですよ慣れ。そりゃあ、最初は私結構緊張してましたよ?」
「そうには思えなかったけど」
朱涙が初めて部屋に来た時を思い出す。
『居ますかー?居ますよねー?朱涙です!入りますよー!』
ドンドンドンドンドン!!
とドアを早朝からノック。
こんな調子だ。
恥じらいなど一切感じさせなかった。
それから4日辺り彼女と日中は過ごして分かったことは、溶け込むのが上手いという事だ。自然と、居るのが普通だと思え、プライベート空間で自由に行動する彼女に対して、気に触るといった事が無い。長年一緒に暮らす妹のような感じだろうか。
思春期である三影が変な気を起こさないのも、これが原因である。
「あはは、それはもう置いといて。今日の夕食が最後なんですから、話しかけましょう。私もついてますから」
朝食と昼食は各自、部屋での注文か購買で購入する形で取るようになっている。
起床時間の違いや、朝昼兼用にする人でバラバラになるからであろう。
「……はぁ、分かったよ。てかお前、人付き合い上手いんだから同性の友達なんて結構出来たろ。何で俺の部屋に来るんだ?」
「え?三影さんは私を女として見れます?恋愛対象に見れます?」
にひっ、と頬を上げて笑みを見せる。
見透かすような目は、既に答えを把握しているようで。
「それ言われて傷つかないか?」
「私の容姿は私が一番把握出来てるので!」
「そうかい。確かに、異性だって意識はしないけどさ。まさしく友達って感じ」
「そういう事です。私が女の子らしくキャッキャウフフなんて想像出来ないでしょう?自撮りしてSNSに投稿するようには見えないですよね?三影さん位のフラットな付き合いが気が楽で楽しいのですよ」
「女子は闇が深いとも聞くしな」
「あはは、それは言えてますね。私達同士でそんな自体自身、起こりにくそうですが」
〝天災〟が発覚すると、距離を周りから置かれる事は珍しくも無い事で、暗黙の了解とされてきた。そんな境遇の彼が誰かを差別しようなどとは思いにくい。
「あ、男性でも男らしい人も接し難いですねー」
「遠回しに俺が男らしく無いって言ってるな!?」
「自分のことは自分が一番分かってると思いますけど?」
小悪魔的な微笑み。
何も言い返せないのは事実である。
「ですが安心して下さいね。それでも、良い人だと思ってるから私は楽しく絡めてるんですから」
「それは弄っても怒らない都合の良い人って意味じゃないと信じてるわ」
「あはは!どうでしょう☆」
「…………」
一つ分かった事。
朱涙はこの旅で色々な人に話し掛けているみたいであるが、三影程距離を詰めれた人、気が合う人は一人も居ないのだ。
つまりは三影となんら変わらない、コミュニケーション能力のあるボッチだ。
それを彼が言う度量は無かったが。
朱涙に乗せられるがまま、今夜の夕食で誰かに話し掛けると心に決める。
心の隅で最初に会った以来見かけていない鳩崎に会えることを期待しながら、旅のカウントダウンは進んでいく。
■■■
何回か見た光景。
タキシードスーツ、片手に赤ワインのいかにも貴族らしい姿が似合うような、そんな空間。
シャンデリアが頭上でギラギラと光り、それに合わせるように室内は明るい。
真っ白なテーブルクロスが、大きく丸い机を覆い、中央には様々な料理が並ぶ。
それが約10個程室内にあり、テーブルによっては韓国料理であったりフランス料理であったりと、種類も多数だ。
プロの料理人だと言わんばかりの長い帽子を被ったシェフが、部屋の奥の厨房で夕食時も作っている。夕食所と厨房が繋がっているのは、補充しやすいのと、プロの技を見れるいい機会でもあるからだ。
味は言うまでもなく、一流である。
舌が肥えておらず見分ける力など付いていない彼にでも簡単に違いが分かる程、普段の料理とは歴然の差である。
「おお〜、ポテトも作る人でだいぶ変わるんですねぇ」
ポテトフライを小皿に取り、ハムスターのようにパクリと食べる目の前の彼女。
座って食べるためのテーブルが幾つか会場内に設置されており、その中の1つの、4人掛けのテーブルで向かい合うように三影と朱涙は座っていた。
立食会の方が会場の雰囲気に会っている気がしてならないが、そうしている人は居ないようだ。
「…………」
「なーに固まってるんですか」
「……いざ場に立つと案外緊張するもんだな、って」
「流れですよ、流れ。そのまま自然と会話に持ち運べたなら、普通に話せますって」
朱涙は小皿の上の物を食べ終わると、周りを見渡し、こっそりと指をさす。
「あの人達なんてどうです?」
示した先は、集団であった。
皆優しい笑顔で話しており、上品な雰囲気さえ漂わせている。
これなら三影が行っても、喜んで受け入れてくれるだろう。
しかし問題があるとするならば、致命傷とするならば、全員が女性である。
「お ま え は!なんでハードル上げるんだよ!」
「あら?私と鳩崎さんって両方女子ですし、女の人としか話さないのかと」
「俺はそんなに経験豊富に見えるのか……!?」
「あ、確かに見えないです。寧ろ話すとあがりそうな感じがしますね」
「やめろ……間違ってないから恥ずかしくなってくる」
「んー……皆固まって話してますねぇ。一人でいる人なんてそうそう……」
ぐるりと辺りを見回し、目線を室内で回す。
「ん、居ましたね」
目線を追いかけた先に、確かにいた。この夜の都心のような雰囲気が嫌なのか、何か料理を取るわけでも無く、部屋の隅で楽しくなさそうに壁に背を預けている人。
髪は長く鼻先まで伸びているため、顔の殆どは見えないでいるが体格からして男性と判断できる。
しかし、
「何でかよく分からないけど、近寄るなオーラ半端なくないか……?」
「ええ、正直私もあの人には声かけにくいですね。けれど三影さん、集団に話しかけるよりかはいいんじゃないですか?」
「…………」
話し掛けにくいだけで、話せない何てことは無い。それに朱涙自身にメリットは無いというのに、不甲斐ない自分にわざわざ付き添ってくれたのだ
その行いを踏みにじり、無駄にすることなど、出来ない。
「──分かった、行ってくる」
立ち上がり視線を向け、歩み出す。
足を踏み出すと、妙な異変が三影を襲った。
緊張しているのか、寒気が背中を撫でるのだ。内側からの圧迫ではなく、外側からの圧迫。
向かう先の少年と目が合っても、睨まれているわけでもない。
しかし本能が近づくなと警告音を鳴らしていた。
「……何か用か?」
意外にも、話しかけて来たのは目の前の彼の方であった。
五歩あれば接する事が出来る距離で、急に口を開いた。
思わず生唾を飲み込む。
「は、初めて見る顔だからさ。話さないかなって」
「気持ちだけは受け取っておく。俺に構わずどっか他のとこ行きな」
対応マニュアルをそのまま読んだような。
心底、面倒くさそうに彼は返した。
「俺が一人のあんたに話しかけた時点で、察してくれると有り難いんだが……」
「……成程、そりゃすまなかった。だが生憎、俺は好き好んで一人でいるんだ」
「わざわざ此処に来てるのにか?」
この旅の客船のシステムでは、夜は決められた時間に夕食会が開かれるが、朝昼と同じように、夕食も自分の部屋で料理の注文が一応は出来るようになっている。
人と接する機会の場である為、来ない方が珍しいのであるが。
朱涙は一日目船酔いだった為、部屋に篭りっきりと行っていたが食事は注文したのだろう。
「……此処に来たのは今日が初めてだ。今まで来てないことで目をつけられたのか、部屋にメールが届いた。強制的に出席しろってな。理解したか?」
「あ、あぁ。なら折角来たからには話した方が良いんじゃないか?これから三年間関わる仲間なんだぞ?」
「俺は要らない、そういうのは。この先もずっと一人でいい。俺が好きでそういう生き方を選んでんだ。これ以上関わらないでくれ」
「……なら仕方ねぇか」
願いとおりに事が済んだ事に安堵したのか、彼の身体が少し揺れた。
三影はくるりと進行方向を変え、朱涙の方へと向かおうと、
「でもアンタ、話してる時嬉しそうだったぞ?」
──と見せかけて、笑みと共に一言。模範先は、明るい心を持つ彼女だ。
「あ?」
低い声。
怖じ気立つこと無く、もう一押しと勝手に言葉が出る。
「いやさ、少し違和感があったからさ。なんでさっさと食事済ませて帰らねーのかと」
「…………」
ゆらり、と壁に体重を寄せてた彼の身体がゆっくりと離れた。
その姿に、再び神経を撫でられたような寒気が走る。
すると
「ちょ、ちょっと!」
突然、三影は右手首を掴まれた。
寒気から逃げるように、聞こえた声の主に意識を向ける。
何故、この場で声をかけるのか。
首を動かし、声の主を見る。その人物は、朱涙が先程冗談で勧めた先の女子群の中の一人であった。
優雅な雰囲気は何処へ行ったのか、表情は嫌いな食べ物を目の前にしたような、遠慮じみていて軽蔑するような、そんな表情をしていた。
「……あ、」
そして状況を理解した。
──静かなのだ。
笑顔の絶えない、赤と黄色が宙を舞うような明るい雰囲気だったというのに、今は見る影もなく、手首を掴んできた少女と同じ目で、三影の方向を見ていた。
「なんで」
少女が口を開く。
「なんで……ろ、六道と話すわけ?」
「六道?」
「はぁ……俺の名前だよ。まさか本当に知らずに話し掛けてたのかお前」
六道は心底面倒臭そうに、ため息を吐き顔を背け、頭が痛いと言わんばかりに前髪をたくしあげた。
今まで髪が顔を覆っていたので気づかなかったが、彼の目には古びた傷が刻まれていた。
目の丁度中央を、横一線に。
「…………っ」
「なんだ黙りこくりやがって──あぁ、これか。俺は盲目なんだわ」
「…………、」
右手を掴んでいた手の握力が強まり、引っ張られる。
「ちょっとこっち来なさい!」
「!?いや、なんだよさっきから!!」
傷に意識が持っていかれ、六道のこれまで心情に気持ちが入り浸ってしまっていたが少女の声に、再び現実に、現実でも引っ張られる。
三影も引っ張られる力と反対に力を加え、拮抗し怒鳴りを上げる。
「…………」
少女はバツの悪そうな顔で、
「こいつには……六道には関わらない方がいいわ」
「……は?」
〝天災〟は差別される。
周りから切り離され、まともな青春を送れない者は少なくない。
だからこそ、この船での、学園での出会いは大切であり、笑いの耐えない空間が出来る。今まで止まっていた時間を動かすように。
そんな共通の感覚を持つ人が集まる中、決してしないとさえ思っていた。
〝天災〟が〝天災〟を差別するなどと。頭の片隅で、朱涙の言っていた噂を思い出す。
「めんどくせぇ。そいつが言う通り、俺に関わんな。こんな風にお前まで嫌な目に会うぞ」
盲目だと彼は言うが、自分達を囲む冷たい視線を察知したのか、それともこうなる事が分かっていたのか周りを示唆する。
「…………」
拭えない。
「何だ?周りの対応が納得出来ねぇってか?コイツらの俺に対する処遇は普通だと思うぞ?」
六道は長く伸びきった髪を掻き、皮肉げに口角を上げ、呆れるように言葉を吐き出す。
「俺は〝殺しの天災〟ようは人殺しだよ。分かったか?天才君」
船内が静かなのは変わりがない。
だがこの瞬間確かに冷たい空気が、室内を巡っていた。
字数を増やしていきたいですね。




