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3:影ある所に太陽は昇る

 ■■■


 アダムとイヴは禁断の果実を口にした。

 神の創った最初の人類は、結果的に失敗である。

 もう一度。もう一度だけ、人類が高みへと、エデンの園へと戻る為にやり直す。

 今度は完璧な人類を──


 ──育成する。


 禁断の果実はより甘い蜜を出し、欲望渦巻く蛇はより貪欲に。

 それにさえ耐えてこそ、現代人は初めて一段階進化が可能だ。

 いつしか〝天災〟を集める学園は、〝エデンの園〟と、そう名付けられていた。


 ■■■


 船に乗って早々に人と話すことが出来たのは幸運であった。

 入試当日、前日まで眠れない程緊張していたのにも関わらず、最初の科目を終えたあとには緊張が消え、落ち着くように。

 三影はある程度の自信を得ていた。

 ──いける!この調子でいけば、俺は色のある学園生活を送ることができる!リア充だ!中学では叶わなかったリア充だ!

 と調子付くまでには。しかし、現実はそう甘くないようで、出航してから5日経った所で彼は現実を知る。


(……あれ以来鳩崎と話してないし、そもそも見かけてすらない。というか人と話せてない。挨拶はそりゃあ、返してる。それも飛びっきりの笑顔で。でもそこから会話に繋がらん。……学園に着くまでもう4日もないんだよな……夜はこうやって皆で集まってパーティーらしきものを開いているけど……)


 チラッと後ろに目線を送る。

 夕食は艦内に設けられているレストランで行う。日も落ち、外は暗い中室内は明るい。賑やかで、楽しそうに笑いながら話すグループが目に映った。

 打ち解ける為に、学園側が用意したルールなのだろう。

 適応出来た人達は既に、昔からの友達のように仲良さげである。

 ぎぎぎ、と人形のように首を回し元の風景が映った。


(……海上は邪魔する光がないから、星が綺麗だな。これを誰かと見れれば最高なんだけど)


 勿論、そんな勇気はない。

 思えば話しかけてきたのは彼女、鳩崎からであった。自分から困ってる彼女に声をかけた訳ではない。


(俺にとってのオアシスはどこへ行ったのやら……もしかして、俺が気づいてないだけで鳩崎からは良い印象じゃないのか?)


 デッキには室内からの光が漏れているだけで、暗いことには変わりなかった。

 デッキの手すりに両肘を乗せて組むようにしながら、出航前のように眺めている。

 夜の海上は暗い。見続ければ飲み込まれそうなその黒さは、今の彼の心情を表していた。

 まだ春を迎えようとしている季節の海の潮は、彼の乾いた心に塩を塗るように、冷たく撫でていく。


「……いや、人と話すだけ、話しかけるだけだ。別に俺に嫌な対応をする理由も……ないだろ」


 もう一度、意を決して振り返り目に刺さる程の光を放つ室内へ身体を向ける。


「わはー、星が綺麗ですねぇ」

「え!?あ、うん!俺もそう思う!」


 見知らぬ人。

 突然の他人の声に、自身の声が裏返った。見ず知らずの人に恥を晒してしまい、顔が熱を帯びた。

  ──はぁぁぁぁぁ、と拙い溜め息が出る。

  顔を片手で覆い、俯瞰し顔を伏せる。


「む、どうしました?酔いましたか?」

「いや……別に大丈夫だ。酔いには慣れてる」


 なにせ、現実を知るまで自分に酔っていたもんですから。

 久しぶりに他人と会話する喜びが出る前に、三影は胸の突っかかりを感じ始めた。

 ──いつ俺の隣に来たんだ?

 まるで最初からここに居たような気さえする程、気づけなかった。


「なら良かったです。私、船に乗るのはこれが初めてなんですけど、船酔いも初体験でしてね。いやー、あれは辛いですよ」

「あー、分かる。最初から酔わない体質の人もいるけど、船酔い初体験は辛いよな」

「それのせいで、一日目はずっと部屋に引きこもってたんですよ。人と触れ合う機会を失ってションボリしてました」


 出会い頭はともかく、声色は幼いのも相まってとても明るい。話しているだけで、気分が良くなる独自の雰囲気を彼女は放っている。

 ここで改めて、彼女の姿を見る。

 少女の髪はこの暗闇に溶けず、存在をはっきりと示すほど白かった。色素が抜けた色とはいえ、どちらかといえば白銀を思わせるような髪。

 服はどこかの学校のものなのだろうか。しかし150cm程度の身長に対してサイズが合っていないとひと目でわかる位に、ぶかぶかである。袖を持て余し、手の先で布がくの字に曲がっている。

 顔立ちも幼く、本当に同級生なのかと疑うが、可愛いらしいのには変わらない。

 しかし、気になってしまう。


「……失礼かもしれないが、質問いいか?」

「ん?良いですよ、スリーサイズ以外ならですけど。」

「って、それは女性に聞かねぇよ……。そうじゃなくて、えっとなんだ、もしかして飛び級だったりする?」

「よいショット!」


 小さい体から放たれる、遠心力の加わったボディブロー。身長も身長なので拳がいい位置にあり、いい一撃が入った。

 肺の空気が無理矢理に押し出される。さほど痛い訳でも無いが、やけに身体に響くのであった。


「ぐふっ!ご、ごめん、流石に、か……」

「駄目に決まってますダメダメです。私は皆さんとタメですよ。そもそも、学園自体中卒からしか受け付けてないじゃないですか」

「……考えてみてみればそうか。何でなんだろうな」

「んー、何ででしょう?小学生あたりから見つかる〝天災〟は割と多いんですけどね」

「そもそも〝天災〟自体、どう区別するのか」

「色々説はありますけどね、突然政府から言い渡されるので監視されてる、だとか。貴方も別段、こういう才能があります〜って申告したわけでもないですよね?」

「……まあな」

「中には、知らない間にDNA鑑定が行われてて、そこから見つけてる、なんて説もありますね」

「そう考えると知らぬ間に抜かれてそうで怖いな」

「ですねぇ。あ、それともう一つ聞いた噂があるのですが」

「へぇ、どんな?」

「えっとですね、私達はこうやって〝天災〟なんて呼ばれて、その枠組みに居るわけじゃないですか」

「……ああ」

「言い方は悪いですけど、普通の人とは明らかに違った才能を持ったのが私達なんですが」


 何度も、何回も学校で習う一般常識。


「──そんな〝天災〟の枠組みからも超越した人がこの世に存在するとか居るとか居ないとか。」

「……ぷっ、あはは。ははは!どんな化け物だよそれ!」


 思わず笑ってしまう程、突飛な噂である。

 三影から見てみれば皆が皆、凄い才能を持った化け物だというのに、それすら超えてしまえば果たしてそれを人と呼べるのか疑わしいところだ。


「……むぅ、酷いですね。」

「ははは……悪い悪い。あまりにも面白い噂なんでな。」

「噂なら、いいんですけどねぇ」

「え……本当なのか?」

「さぁ?それをこれから見ることが出来るんじゃないですかね?なんとその噂の発信源、私達の行く学園の先輩方ですからねぇ」

「……まさか、な」

「むむ、もしかして怖くなりました?」


 悪戯心のこもった笑みで下から覗き込まれる。


「べつにー」

「ふふん。む、そういえば私達名前交わしてませんね」

「あぁ、確かに。お前さん明るいから、自然と打ち解けてたよ」

「……それはどうも」


 言った直後、瞬刻だけ暗くなるのを感じた。何か地雷を踏んだのだろうか。

 表情が紙を捲るようにすんなりと元に戻ると、彼女は控えめな胸を張りながら、にっ、と笑顔を見せた。魅せた。


「私は明るい心を持つ、朱涙(あかるい) こころって言います!」


 言葉が出てこなかった。

 これほど印象付けられた笑顔は今までにあっただろうか。少なくとも記憶には残ってないのだから、朱涙の笑顔が初めてである。

 本当に名前の通り、明るい存在の持ち主だ。

 この暗闇の海の上で、太陽が降りたようにも思えたのだから。


「──ははっ!ほんとに明るいんだな」

「名前らしい性格だねってよく言われます!」

「あぁ、ほんとピッタリだよ。俺も言わなきゃな。俺は三影 頼、この通り、名前にある意味沿ってるな」

「沿ってる……のですか?」

「だってそりゃ……な」


 親指を立て、後ろの賑やかな集団に指を指す。

 自分と対比するように。


「こんな華やかな集まりがある中、朱涙が来るまでぼっちだったんだぜ?俺はお前みたいな誰とでも打ち解ける性格が欲しいよ」

「……そうですかね?」


 小動物のような彼女は小首を傾げる。


「そうだろうさ」


 海に背を向け、手すりに身を預け乗り出し、空を見ながら、皮肉気に答える。

 一度吐き出した本音は、溢れる水を止めれないように、とめどなく自然と出してしまう。


「私は、そう思いませんよ。だって三影さん、私と話してる間、ずっと優しい笑顔をしてましたよ?」

「…………」


 目が静かに見開く。

 生きてきた中で、初めて言われた言葉。

 今まで、目立つことなく生きてきた。上に立つ事を嫌った。そんな自分は、暗いものだと、思っていた。

 〝天災〟になるという事は、一つ上のステージに行く事だ。

 否応にも目立つ。なったことに義務がある。

 政府からの通達があった後から、そんなプレッシャーを密かに感じていた。

 そこまで見抜いて掛けてきた言葉では決して無いにしても、自分は他人を安心できる程度には笑えていたんだと、気が楽になる。


「……ありがとな」

「いえいえ。……それと!ネガティブ男子はモテませんよ?」

「それもどーも。教訓にしときますよ、と」


 何はともあれ、名前を交わす程の友達は出来た。

 鳩崎とはまだ部屋を聞かれただけの仲なのだ。

 船で移動してる間、まだ会える機会はある筈なので、三影は期待を胸に馳せていた。

 二人共小柄な少女という点を覗いては、まずまずの出来である。

 

 

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