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真っ白な愛を君に  作者: mia
本編
9/14

第8話 希望

 病院のシステムがいまいち分かっていないmiaです。

 勉強します。


 雪が降りしきる中、保健室の窓は開いたままだった。時間が止まったかのような感覚を覚え始めた頃、小埜の腕が持ち上げられる。未亜の手を包み込むように封筒を握った。

 「…逃げるのはもうやめる」

 そう呟いて封筒の封を開け、中の便箋を取り出した。未亜にも読ませるように体を動かした小埜。肩が触れ合って安心するのは未亜も、もちろん小埜も同じだ。無機質な音をたてて便箋が広げられる。〈雪生へ〉からで始まっている文面。所々掠れたり震えた字なのは、病気の悪化の所為だろう。二人は単語の1つ1つを辿っていく。


 〈雪生へ

  私からの手紙を読んでくれてありがとう。

  あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいません。

  夏に病院の検査で末期ガンを発見して余命3ヶ月の命と知らされ、あなたにどうしても伝えたいことがあって筆を取りました。

  産まれたばかりのあなたを捨てた私をあなたはきっと恨んでいることでしょう。

  今更弁明する気もありませんが、恋人を事故で亡くした後、あなたを妊娠したと分かった時には頼れる身寄りも十分なお金もなかった。

  そんな私があなたを産めたのは、彷徨っていた私に手を差し伸べてくれた華里の方々のおかげです。

  彼らは見知らぬ私の為に、産婦人科の先生を紹介してくれたり、出産にかかる費用の面倒まで見てくれました。

  こうして無事あなたを産むことができた私だったけれど、これからどうすればいいのかと不安になり始めてもいました。

  そんなある日、病院で1人のお婆さんに会ったのです。

  華子さんという方はとても気さくな人で、私が抱えていたあなたを見て「誕生日はいつ?」と聞いてきました。

  1月10日だと答えると、彼女は持っていた鞄から古いノートを取り出して「スノードロップだわ」と言うのです。

  何のことか分からない私に「その子の誕生日花よ」と教えてくれました。

  「花言葉は“希望”。とても素晴らしい誕生日ね」

  その時、私は決心しました。

  この子の幸せのために、私ができること。

  たとえ近くで成長を見守ることができないとしても、あなたの持つ未来に希望を託すことができればそれでいいと。

  しばらくして華里を去り、自分の育った場所へ向かいました。

  “ひかりの里”の門の前でバスケットの中で眠るあなたをありったけの毛布で包んで、傘を開いて屋根代わりにしました。

  施設の方々に手紙を書き、それと“小埜雪生”という名札を添えて。


  あなたを捨てた時、季節外れの雪が降っていました。

  あなたが生まれたときにも、雪が降っていました。

  きっとあなたは雪を嫌っているのでしょう。


  でも、これだけは分かってほしい。

  私は希望に満ちている雪が降る度に、あなたを産んだ時のことを、あなたを手放した時のことを思い出します。

  母親として何もしてあげられなくて本当にごめんなさい。

  せめて迷惑は掛けまいと、病院の先生方にはあなたに連絡をしないようお願いしました。

  天月先生に我がままを言って、私が亡くなった後にこの手紙を送ってもらうようにして頂きました。


  雪生、あなたを愛しています。

  あなたにお母さんと呼ばれてみたかったけれど、あなたが立派に成長したと天月先生から聞けたので、もう十分です。


  私はいつでも、あなたを見守っています。

  世界でただ一人、あなただけが、私の家族だから。


  小埜凛子より〉


 読み終えた小埜は、顔を手で覆う。

 「…馬鹿だ」

 触れ合っている肩が震えているのが分かった。

 「…今更何をしても遅い。手遅れなんだ」

 「そんなことない」

 未亜は空いている小埜の左手を握った。

 「凛子さんはまだ生きてる。生きようと頑張ってる。雪先生に会いたいと願っている」

 動こうとしない小埜の背中を押す。

 「雪先生」

 手紙に目を落としたまま、小埜は口を開く。

 「…一緒に、来てくれるか?」

 未亜は小埜の手を握ったまま立ち上がる。

 「もちろんです!早く行きましょう!」

 「でも片づけ…」

 コップの破片に目を遣る小埜に未亜は素早く動く。

 「私がやっておきます。先生は出る準備をして下さい!」

 「あ、ああ」

 勢いに圧倒された小埜は白衣を脱いで、すぐに戸締りに向かった。



 小埜の母親が入院している病院は、小埜とその母親、凛子が育った施設の近くだ。華里から車を走らせること2時間弱。運転中終始無言を貫いていた小埜は、病室のドアの前に立っても表情が硬い。凛子の容態が思わしくないらしい。最期の面会だと、医師は言っていた。

 未亜はそっと小埜の腕に触れる。すると少し安心したように目を綻ばせ、眼鏡を外してポケットに仕舞った。そして大きく息を吸って、ドアを引いた。

 部屋の中には1人の女性がベッドに横たわっている。酸素マスクをつけた凛子はそばに来た小埜の姿を見て、目を見張った。

 「…ゆき、お?雪生、なの?」

 「…っ!」

 体を強張らせる小埜を励まそうと、未亜は手を繋いだ。ひんやりとした手が握り返してくる。

 凛子は目から涙を流していた。

 「ごめんね。雪生に、何もしてやれなくて」

 掠れた声と息を吸う音が交互に続く。凛子の目が未亜に向けられた。細められた目の形は、小埜に似ている。

 「その子は、雪生の学校の、生徒さん?」

 制服のままの未亜は手を繋いだまま深く頭を下げる。

 「3年の桐原未亜です。小埜先生にはいつもお世話になっています」

 顔を上げた未亜を、凛子は優しい瞳で見つめる。

 「私たち生徒だけじゃなくて先生たちも頼りにしてます。本当です」

 あまり良いことが言えない語学力の低さに恥じいる未亜。そんな未亜に、凛子は口元に笑みを浮かべた。

 「そう…ありがとう」

 ゆっくりと凛子の手が空を彷徨う。未亜は繋いでいる小埜の手を、凛子の手に重ねさせた。小埜は何を言えばいいのか分からない。ただ顔を見ているだけしかできない小埜を、凛子はじっくりと見る。

 「やっぱり、顔は私に、似たわね」

 嬉しそうな声。

 「手は、あの人にそっくり…」

 懐かしそうな声。枕のシーツに、じわりと染みが浮かび上がる。その時、機械音が病室に鳴り響いた。側に控えていた看護師が廊下に出て医師を呼びに行く。

 「雪生。会いに来てくれて、嬉しい」

 未亜は壁際に立って、泣きながら二人を見ていた。握った小埜の手に力がこめられる。


 「……母さん」


 医師に酸素マスクを外すように身振りし、最期を迎えようとする凛子に


 「俺を生んでくれて、ありがとう。母さん」


 そう言って、ぎこちなく微笑む。凛子の瞳が零れんばかりに大きくなって晴れやかな笑みをたたえた。

 「大好きよ。雪生、ありがとう…」

 ゆっくりと閉じられた瞼の裏から、一筋の雫が伝い落ちた。機械音が全てを知らせる。

 「20時51分、ご臨終です」

 脈と瞳孔を調べ終えた医師が時計を見て言った。医師と看護師が病室を去り、未亜も静かに廊下に出た。

 「ありがとう、母さん……」

 ドアを閉める寸前、小埜の呟きが聞こえた。



 「雪先生」

 病室から出てきた小埜に、座って待っていた未亜は立ち上がった。隣に腰掛けていた70代の男性も立ち上がる。

 「雪生くん、落ち着きましたか?」

 「天月先生…」

 小埜は軽く瞠目して、頭を下げた。

 「よく来てくれましたね。桐原さんから話は聞きました。疲れたでしょう。今夜はうちに泊まりなさい」

 天月の言葉に首を振る。

 「いえ、桐原を帰さないと…」

 「もう家には連絡しました。天月先生が母と話してくれたから、大丈夫です」

 未亜は鼻をすすりながら言った。

 「ちょうど今日は金曜日です。君も問題は無いでしょう?それに…」

 天月は寂しげに微笑む。小埜も理解したように目を伏せた。

 「弔いの準備をしなければいけませんね」

 「…すいません」

 頭を下げる小埜の肩を、天月は軽く叩く。

 「何を謝っているんですか、水臭い。さあ、行きましょうか」

 天月の後に続いて歩いていた小埜はふと後ろの未亜を振り返った。


 泣き過ぎだ


 擦りすぎて赤くなった目元を指でなぞり、柔らかく微笑む。

 「…ありがとう」

 未亜は何も言わず、ただ微笑み返して頷いた。天月に気づかれないように、小埜は未亜の小さな手を握り締めた。



 “ひかりの里”の隣にある天月先生の自宅。夕飯を食べ、入浴を済ませた未亜は用意されていた寝巻きに着替えた。天月の娘の部屋でぼんやりしていた所に、天月が来た。


 『桐原さん、雪生くんの様子を見てきてもらえませんか?』


 18才から一人暮らしをするまで、小埜は天月の家に居候していた。その当時使っていた部屋で今日は寝るらしい。説明された部屋の前に来た未亜はドアをノックする。

 「入っていいぞ」

 やって来たのが未亜だと分かっているようだ。

 「失礼します」

 保健室のノリで中に入ると、ベッドに腰掛けている小埜はアルバムを眺めていた。凛子の病室にあったものを持って帰ってきたものだ。ページをめくっている手を止め、アルバムを閉じた小埜は深い息をついた。

 「……本当に、これで良かったのか?」


 本当はどうすれば良かったのか、息子として他にすることがあったのではないか


 悩む小埜の隣に、未亜は腰掛けた。

 「…凛子さん、とても嬉しそうでした。雪先生が来てくれて、母さんって呼んでくれて、本当に嬉しかったんだと思います」

 小埜は未亜の話を黙って聞いている。

 「雪先生は頑張りました。花丸満点です」


 小学生のテストか


 呆れるけれど、未亜の純真さに心が和んでいく。

 「…お前がいてくれて良かった」

 いえいえ、と謙遜する未亜。小埜は小さな声で

 「お前がいないと俺は…」

 そう言いかけて途端静かになる。

 「雪先生?」

 ずしりと肩に寄りかかって来た小埜の顔を覗きこみ

 「寝ちゃってる」

 無邪気な寝顔に頬を緩ませた。

 「…私がいないと先生は、どうなるの?」

 当然返事は返ってこない。

 「ずるいよ」

 愚痴ってみても答えは得られない。やっとのことで小埜を横たわらせた未亜はベッドの上から降りようと体の向きを変えた。

 だが

 「わあっ」

 腰に腕が回されて引き寄せられた未亜は小埜の隣に倒れこむ。


 ちょっとちょっと。ベタな少女マンガじゃないんですから


 二次元と三次元が混同して苦笑しながら起き上がろうとすると

 「んん…」

 腕だけでなく脚まで絡みついてきた。

 「私は抱き枕じゃないんですけど」


 困ったなあ


 何度か脱出を試みるがどうしても離してくれない。

 「今日だけですよ、もう」

 諦めた未亜は良い機会だと小埜の顔を観察することにした。目に留まったのは、形のいい唇。


 柔らかそう。って何考えてるんだ私は


 触れようと伸ばした手をしまいかけた時、小埜が再び動いた。

 「え」

 その距離わずか15センチ。

 

 ああ。もう我慢できない


 穏やかな寝息をたてる小埜に未亜は触れるだけのキスをする。


 「…ごめんね、雪先生」


 

 娘の部屋に戻ってこない未亜。天月は忍び足で小埜の部屋に向かい、ドアを静かに開けた。

 「おやおや…」

 見下ろす天月の視線の先には、仲良く眠っている二人がいた。

 「ふふ、こんな穏やかな寝顔を見るのは6歳の時以来ですかねぇ」

 暖房が効いていたものの、風邪を引かないように毛布と布団をかけてやり、小埜の腕の中にいる未亜を見た。小埜のシャツを掴んだまま寝ている未亜の姿に笑みが零れる。


 やっと現れてくれましたね


 天月は小埜に目を移す。


 私が言ったことをちゃんと覚えているでしょうか


 すると小埜は未亜の頭を抱え込む。まるで誰にも渡さないと言うかのように。

 「心配は無用でしたね」

 天月は部屋の照明と暖房を切り、廊下に出る。 

 「お休みなさい」

 微かな金属音とともに、ドアが閉められた。



 「またいつでもいらっしゃい」

 日曜日のお昼過ぎ。天月の自宅前に小埜の車が停められていた。運転席の小埜は頷いて応える。

 「ええ。また来ます」

 天月は助手席の未亜にも声を掛けた。

 「桐原さんも、雪生くんと一緒に遊びに来てくださいね」

 「え、あ、ハイ!」


 いいのかな。遊びに来ても


 小埜に目を向けると、困ったような顔とかち合う。結局あのまま眠ってしまった未亜が目を覚まして見たのは、小埜の渋面。成り行きを説明しても信じられないようで、天月が呼びに来るまで論争を繰り広げていたのは昨日のこと。

 お通夜や葬式の手配など、もともと身よりもいない凛子だったので葬儀は無事、滞りなく終わった。明日からはまた学校。

 見送る天月が見えなくなるまで、手を振っていた未亜は正面を向いて小埜に頭を下げる。

 「ありがとうございます、雪先生」

 「礼なんて要らない。俺が付き合わせたんだから家まで送るのは当然だ。それより、いきなりの寝泊りは不便だったろ」

 「いえいえ。天月先生の奥さんが身の回りの物とか一緒に買いに行ってくれたりして嬉しかったですよ」

 未亜の祖母は生まれる前に亡くなっており、孫のように可愛がってもらったのは新鮮だった。

 「服も買ってもらったのか?」

 「ううん。結婚して家を出たという娘さんのお下がりを借りてました」

 「…道理でどっかで見たことあるの着てるなと思った」

 顔をしかめる小埜に未亜は首を傾げる。

 「娘さんと知り合いなんですか?」

 「…俺が女嫌いになった原因の3割はあいつの所為だ」

 「あんなに優しい二人の娘さんが…?」

 更に首を傾げる未亜を横目で見遣る小埜の表情は厳しい。

 「親に惑わされるな。強烈な我がままで他人に迷惑を掛けていることに全く気がつかない奴だ。俺は散々虐げられてきた」

 「おお…“スクープ!小埜雪生の壮絶な過去”ですね」

 「面白がるな」

 睨まれた未亜は軽く肩を竦め、疑問を口にする。

 「でも雪先生だけが虐げられてたわけじゃありませんよね?」

 「まあな。あいつは結婚してからも施設に来ては男子に異様な視線を送っていた。皆怯えてたがな」

 「女の子は大丈夫だったんですね」

 「ああ。今考えてみると、あいつが結婚できたのは何かの間違いなんじゃないかと思う。俺より2歳年下の双子の子供がいると聞かされた時は耳を疑ったからな」

 何かを考え込んでいた未亜は、浮かんできた答えを控えめに告げる。

 「あの、それって男の子が特に大好きだっただけなんじゃないですか?苛めちゃうほどに」

 「……」

 小埜が沈黙した。ハンドルが少々ぶれた気がする。

 「所謂少年しゅ…」

 「何も言うな」

 思わず手で口を塞いだ小埜は間を置かずに手を離す。

 「む、くわばらくわばら」

 呑気に手を合わせている未亜。赤信号で停止した小埜は視線を未亜の膝の上に移す。

 「それよりその紙袋は何だ。さっきから大事そうに抱えているが」

 「あ、これですか?奥さんとの買い物中に見つけて気に入ったので自分で買ったんです」

 「ふうん」

 ごそごそと紙袋から箱を二つ取り出し、中を開けて包みを解く。

 「じゃーん」

 未亜の手に乗せられたものは

 「コップ?」

 シンプルな黒色のコップと、薄赤色のコップだ。

 「こっちの格好いいのが雪先生の、でこっちの可愛いのが来客用です。今あるのは何か使い古しみたいだから」

 「花岡先生と違って悪かったな」

 信号が青に切り替わってアクセルを踏みながら、ぶっきらぼうに呟いた。

 「僻まないで下さい。これあげますから、保健室で使って下さいよ」

 未亜はコップを包装しなおして箱に仕舞う。

 「来客って言ってもな。よく来るのは権田先生くらいだぞ。そのコップをあの人に出せと?」

 薄赤色の可愛らしいコップ。それを使って飲む権田。

 「…想像したくない」

 げんなりとした未亜に小埜も続く。

 「出す方も気まずい。それはお前専用にしておけ」

 意外な言葉に未亜は驚く。

 「私?いいんですか?」

 「使い古しで飲みたくないんだろ」

 なぜなのか分からないが、眼鏡を掛けていない分なおさら嫌味さが増す。

 「そんなこと言ってません」

 「言ったじゃないか」

 「言ってない」

 「言った」

 子供のような言い合いをしていることに気づいた二人は同時に吹き出す。

 「…くだらない」

 「おかしいですね」


 しばらくどうでもいい事を話し続け、華里に着いた頃、小埜が薄黄色の紙袋を指さした。

 「冬休みが終わったら、それで茶でも入れてやる」

 「楽しみにしてます」

 未亜は紙袋を抱えなおして、にこりと笑った。



 熊のような図体の権田が、薄赤色のコップを手にお茶を飲む姿。

 想像するとちぐはぐですね、やっぱり。

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