1話 女難と転生
「女には敵わない」。そういう言葉があるが、まさにその通りだと思った。倒れ伏す俺から出る血が、腹と地面、突き刺さった包丁を汚していく。つんと鉄の匂いが鼻腔の奥を刺激した。
「……臭ェ……」
その言葉だけ口から漏れ出てきた。死にかけた奴が間際に言うようなことではない。俺のすぐそばでは女が泣いていた。誰だっけ、ああ、思い出した。こいつ、一週間前に知り合って寝た奴だ。
「なんでっ、なんでよっ、あたしが一番だって言ってくれたじゃない!!」
キンキンとうるさい声が響く。女のキツい香水の匂いと血の匂いが混ざって辺りは最悪の状態だった。女は依然、わんわんと声をあげて泣いている。
「お前……」
俺が声を出すと、そいつは顔を俺の方に向けた。期待の目をしている。自身に対する謝罪と、愛の言葉を待っている目だ。
「お前……一回寝たくらいで彼女面すんなよ……」
その瞬間、女の顔は鬼のような形相になった。そして俺の体を何度も蹴りつける。
「このクソ男ッ!!あんたみたいな奴、早く死んどけばよかったのに!死ねッ!死ねッ!」
痛みはもう感じなかった。というか、寒さを感じていた。女の声が少しずつ遠くなっていく。
女の声と共に視界がどんどん収縮していく。俺は女に刺されて死ぬのか。あっけない人生だった。享年27。本気と遊びをはき違えて俺をホストの代わりのように思ったあの女が悪いような気もするが、死ぬ前ではどうしようもできない。
俺の意識は暗闇に沈んだ。
目が覚めた。いや、死んで「目が覚めた」という表現はおかしいのかもしれないが、とにかくそう言わざるを得なかった。
辺りは一面真っ暗で、それなのに足が地面についているような不思議な感覚があった。
「どこだここ」
見回しても何もない。突然、声が聞こえてきた。
「聞こえるか。異界の者よ」
すぐに答える。
「誰だ……!?」
声の主は、俺が答えたことに満足したのか続けた。
「聞こえているようだな。さて、声だけで話すのも何だろう。お前が一番話しやすそうな姿で出て来てやる」
目の前に光が現れ、それは徐々に人型を作り上げ、一人の女の姿になった。
「どうだ。これでお前も多少なりとも話しやすくはなっただろう?」
薄く笑いながら女が言う。まるで俺を試すかのように。
良い女だと思った。髪は整えられ、顔も良く、スタイルまで良いときたもんだ。
「お前は女との関係によって死んだ。災難だったとは思うが、お前が数多の女とこのような関係を築き、弄んだことは周知の事実だぞ」
その時の俺は、目の色がすでに変わっていた。
「ああ」
「だが」と女が続けた。
「お前が改心し、そのようなことはもうせぬと誓えば、次の人生は良いものにすると約束してやろうではないか」
良い条件だろうと言わんばかりに胸を張ってきた。その胸を凝視しながら俺は考えた。「そのようなことをもうしない」。つまり、良い女がいても一生口説けないまま、ということになる。
「そんなこと、こちらから願い下げだな」
「何?」
女が眉をひそめる。その瞬間、ぐいと襟をつかんで引き寄せた。
「あんたみたいな良い女をとっ捕まられねェんでな」
その言葉を聞いた瞬間、俺に向ける目が冷たく、何の感情も無くなったことに俺は気づいた。
「そうか。懲りぬようだな」
女が俺の足元に指を突き付けた時、黒い渦のようなものが現れた。バランスを崩しかけたが何とか踏ん張った
「とある世界の一つでは、『魔王』という存在に人々が悩まされているらしい」
唐突に話し始めた。
「お前はそこで『勇者』となって、『魔王』を倒し、その性根を改める事ができれば許してやらんこともないぞ」
「は!?」
女は俺を渦の中に突き飛ばす。一瞬にして体が渦の中に飲み込まれた。
また意識を失う前に、かろうじて女の声が聞こえた。
「来世のためにせいぜい善行を積むといい!」
意味が分からない。俺が何か面倒なことに巻き込まれる時は必ず女が関係する。だが、一つだけ確かなことは、俺は絶対に考えを改めることはないと決心したことだけだった。




