プロローグ 解釈権は書いた者にある
「第四十一条〔定時連絡〕。本文を読みます」
「読まなくていい」
「我と汝は、毎夜二十三時に声を交わすべし。先に眠った者は、翌日、相手の願いを一つ叶える」
二十三時。
自販機の前ではなく、僕の部屋のベッドの上で、スマホの向こうから、その声は聞こえてくる。
読んでいるのは、百舌鳥囁。
読まれているのは、僕、鐘ヶ淵綴が中学二年のときに書いた、交際規約。
全百条。
本文は暗号で書いてある。
書いた僕にも読めない暗号を、彼女は読める。
今は、全部。
「昨日、先に寝ましたよね」
「寝てない。黙ってただけだ」
「寝息が聞こえました。規約により、願いを一つ」
「解釈権は書いた者にある」
「"意味は、書いた者が決める"ですよね」
そう言って、彼女は少し笑った。
電話越しでも分かる、口の端だけの笑い方だった。
なぜ笑ったのか、僕には分からない。
分からないことが、この数か月で増えた。
最初は、追い返すつもりだった。
クラスで二番目にかわいい女子が罰ゲームで告白してきた夜、僕は鞄を開けて、百条を読み上げた。
恥ずかしい見出しを聞けば、帰ると思った。
帰らなかった。
全部に同意した。
そして今、僕は自分の書いた規約に、自分では読めない本文で、縛られている。
「願いは」
「明日、傘を忘れてきてください」
「明日は晴れだ」
「知っています」
晴れの日に、傘を忘れる。
彼女はそれで何をするつもりなのか。
第二十三条の本文は、もう二人とも知っている。
知っているから、怖い。
「……分かった」
「では、おやすみなさい、鐘ヶ淵くん」
鐘ヶ淵くん。
彼女は僕を、この数か月、一度も下の名前で呼んでいない。
第七条の本文がそう決めているからだ。
名を呼ぶのは、第百条の封印を解く時のみ。
封印は、まだ開いていない。
開けたら何が書いてあるのか、書いた者にも分からない。
分からないまま、彼女だけが、封印のページを見るときに、同意する前の目をする。
あの夜、僕が鞄を開けなければ。
開けたとしても、彼女が本文を読めないままでいてくれたら。
こんなことにはならなかった。
ならなかったはずなのに、僕はいま、明日の晴れを、少し楽しみにしている。




