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7.芽生えた違和感

 午後からは先日同様に訓練が待っている。

 昼食を終えてユウ達が訓練場へ向かうと、既にベルザムが待ち構えていた。一瞬ドキッとしたが、予定の時刻にはまだ五分ほど猶予がある。


「来たな。おや、姫様もご一緒だったのですね」


 ユウたちとアリスが一緒なところを見て、ベルザムが意外そうな顔をした。


「ええ、最近はいつもお昼をご一緒させていただいてるの」

「ほお、それは。みな仲がよろしいことで」


 嬉しそうに話すアリスに、珍しくベルザムの顔が緩んでいる。

 しかし仲がいい、と言うのは言いすぎな気もするとユウは思う。特に桐山、そして成村に関しては。

 桐山はご存知の通りあれだが、成村も相当厄介なタイプだ。現段階では会話どころか目すら合わない。星野には懐いているみたいだが、今後仲良くなれそうな気はしない。

 今でも思い返される、昼食時のあの悲鳴。


 ――くそ、成村の奴……人をまるで変質者みたいに……。


 心の中で愚痴を零しつつも、「まあいい」とそう思えた。あんな奴にわざわざ取り入らなくったって、仲良くなるのは一神達だけで十分だ。とりあえず成村は無視でいいな。

 そう勝手に結論づけて、ユウは成村という存在を頭の中から蹴り出した。


「桐山、遅いぞ」


 ベルザムの声で振り返ると、桐山が遅れて訓練場に入ってきた。桐山はそっぽを向き「ちっ」と舌打ちをする。

 とは言うものの、ちゃんと訓練には参加するあたり少しイメージと違う。もっとこう俺に指図すんじゃねぇ的な感じかと思っていた。根は真面目なのだろうか。


「では訓練を開始する。今日は以前やった魔術の現象化に加えて、発射とコントロールをやってもらう」


 よし、と思う。

 魔術の訓練は初回のみで、その後は一週間にわたりずっとマナ強化トレーニングを行っていた。おかげでマナ量は僅かながら増えた気がするが、魔術を発現する感覚を忘れてしまったかもしれない。


「まずは手本を見せよう」


 そう言うと、ベルザムはその場から少し離れた場所にある訓練用のカカシに向けて手を翳した。

 次の瞬間、彼の手から直径十センチ程の火球が生成され、カカシ目掛け高速で飛んで行った。

 火球がカカシに直撃した瞬間、炎は爆発しカカシを弾き飛ばした。

 突然の爆発音と衝撃に全員が少し驚いたところで、ベルザムはこちらへ振り返る。


「今のが相手を攻撃するためにしっかりとイメージを与えた魔術だ。以前も言ったが、イメージ次第で形状を変化させたり、回転を加えたり、あるいは火球の軌道をカーブさせたりと様々な変化を与えられる」


 正直凄いと思った。正にユウが思い描いていた魔術というものが、今目の前で実演された。


 ――お、俺もやってみてー。


「さあ、次はお前たちがやってみる番だ」


 ベルザムに言われ、それぞれが訓練用のカカシに向けて魔術を放ち始めた。

 爆発音が続けざまに二回、魔術の主は一神と桐山だった。それに続いて星野が放った高速の水塊がカカシを根元からへし折り、地面に穴を開けた。

 流石と言うべきか、やはり天恵を持つ者は違う。

 俺だって負けていられるかと、ユウは極小の火球を作り出しカカシに放つ。

 がしかし、火球はカカシに命中するまでも無く、途中で弱々しく霧散してしまった。


「ぜ、全然ダメだ……」


 予想してはいたが、一神達との差がこれ程とは涙が出る。

 ユウが落ち込んでいると、アリスが隣から声をかけてきた。


「アマミヤさん、落ち込まないでください!初めてで射出出来るだけでも凄いですよ!」

「ありがとうアリス、励ましてくれて」

「いえそんな」

「せっかくアリスが応援してくれるんだし、俺も頑張らなくちゃ」


 お得意の作り笑いでユウは答える。

 どんな時でも笑顔は忘れてはいけない。戦力外通告されても生き残れるように、人脈作りを徹底しなければ。

 そうこうしていると、遠くからベルザムが大声でアドバイスをくれた。


「お前達、大事なのはイメージだ。魔術にどれだけイメージを与えられるか、これによって威力も特性も大きく変わる。ただしそのイメージを実現出来るだけの魔力をしっかりと練っていなければならない。そこも踏まえて実践してみろ」


 イメージと言われてもなぁと思いつつも、ユウは再びカカシに向けて右手を翳す。

 イメージは炎の球、着弾時にカカシを吹き飛ばすくらい爆発する。それを頭の中でしっかりとイメージする。

 すると先程より明らかに火球が大きくなり、魔力が火球にぐんと吸い取られる感覚があった。


 ――俺のマナが一気にっ……きた、これだ!


 魔力を注ぎ終えた瞬間、発射。

 カカシへ真っ直ぐに飛んでゆき、着弾の瞬間――


 凄まじい轟音と共に、大爆発が巻き起こる。

 爆風が砂埃を巻き上げ周囲を呑み込み、近くにいた一神達の小さな悲鳴が上がった。


「けほ、けほ、一体何が……」


 今の爆発はユウのじゃない。

 ユウの隣のカカシが爆発したのだ。つまりユウの隣で魔術を放ったやつが犯人ということだ。

 左隣を見た。


「ぁ……」


 腰を抜かし青ざめた表情で地面にへたり込んでいたのは、成村千代だった。まさか、彼女が今の大爆発を引き起こしたというのか。


「千代……!」


 慌てて星野が成村の元へ駆け寄る。


「大丈夫……?」

「ぅ、うん……」


 随分と力ない声で応答する成村。星野に肩を借りているが、彼女の膝は笑っている。


「一体何があった?」


 遅れてベルザムが駆け寄った。


「すみません、威力の調整を間違えて……」

「そうか……それにしても凄まじい威力だな」


 爆発に巻き込まれたカカシは跡形もなく破壊され、地面には五メートルほどのクレーターが出来ている。

 RPGゲームなんかで考えても、レベル1相当の序盤からこの威力はどう考えてもチートだ。更に修練を積めば一体どうなってしまうと言うのだ。


「とにかく、暫く休んでなよ」

「う、うん。そうする」


 そう言うと成村は覚束無い足取りで訓練場の隅へと歩いていった。

 ユウはその小さな背中を見て、どうしても放っては置けなくなった。


「成村さん!」


 ユウは成村の後を追いかけ、彼女の隣を歩いた。


「ひゃっ」


 ユウが隣に来ただけで、体をビクつかせておかしな声を上げる成村。


「ぁ、えと……」


 真っ青な顔。ものすごく脅えた目でこちらを見ている。まるで幽霊でも見えているような目だ。

 ここまで男子が苦手とは。


「大丈夫?顔色悪いけど」

「だ、だだいじょう」

「心配だし俺も着いてくよ。肩貸そうか?」

「へ!?」


 ユウが触れようとすると、彼女は全身を強ばらせた。微かに震えている様にも見える。あまり無理矢理は良くないなと思い、


「とにかく行こう。あの日陰のところで休もう」


 ユウは訓練場隅の日陰へ彼女を連れていった。


 長い沈黙が続く。

 日陰に座るユウと成村との間には二メートル程の距離が空いていた。これが心の距離だろうか。

 ここまで着いてきたはいいが、どうしたものかと思う。だがやはり放ってなど置けない。あんな強力な魔術が使える奴を。絶対にこの女に取り入ってやる。

 ユウは心の中で画策していた。


「あの、俺もしかして迷惑だった?」


 少し悲しそうな表情を作って俯いてみる。


「え、そ、そんなことないよ……!です……」


 落ち込んだ様子のユウを見て慌てて成村が否定する。


 ――ちっ、ようやく喋ったかこの女。しかしなるほど、せっかく付き添ってくれた相手にこの対応、こいつにも多少なり罪悪感みたいなものがあるんだろう。……少し接し方を変えてみるか。


「そっかよかった。俺てっきり嫌われてるのかと……」

「そ、そんな……べ、別に嫌いなんかじゃ……ないです。ごめんなさい、私、男の人がに、苦手で……」


 成村は可愛い。校内でもトップクラスの美少女だ。尚且つ背は低いが服の上からでも分かるくらい、グラビアアイドル顔負けの巨乳である。クラス中の奴らに毎日のように卑猥な目を向けられてきた。いやクラスどころか、どこへ行ってもそういった視線は付き纏ってきたのだろう。男性嫌いになっても不思議は無い。


「謝らなくていいよ、誰にだって苦手なものくらいある」

「で、でも私……貴方に酷い態度」

「俺は全然気にしてないから大丈夫」

「ごめんなさい……」


 少しは話せるようになってきたが、まだまだだ。もう少し彼女の心を開ければ。


「そういえば、洸太ともらあんまり喋ってるところ見たことないな」

「う、うん……一神君は凄く優しくしてくれるんだけど……その、私が悪いの……」

「そっか、みんないつも一緒にいるから凄く仲良いんだと思ってた。でも星野さんとは凄く仲良さそうだよね」

「ほ、ほんと!?そう、見える!?」


 突然彼女の瞳が輝いた。先程までとは別人のようだ。星野の話題を出した途端、一体どうしたというのか。


「うん、二人いつも一緒だしお互い信頼し合ってるんだなって伝わってくる。親友って感じだね」

「うんそうなの!愛風ちゃんは小学校の時から一緒で、優しくて可愛くて私のこともし、親友だって言ってくれて……」


 なるほど、とユウは少しこの少女のことを理解した。つまりは愛風ちゃん大好き女ってわけだ。何も無い自分にとって、友達でいてくれるクラスのアイドル星野愛風だけが彼女の唯一の自慢。要は他人を利用して自分の存在価値を肯定したい、他人に依存して安心したいだけだ。


 ――はっ……くだらない友情ごっこだな。


 ユウは彼女を心底見下した。


「そっか、いいなぁそう言うの。お互い信頼しあえて、助け合える関係。ちょっと憧れるな」


 嘘だ。


「貴方には、そういう人いないの?」

「俺、友達とかいないから……」


 そんなものは必要ない。


「そう、なんだ……」


 どうだって良かった。演技で作ったこの悲しげな表情に、彼女が少しでも同情心を抱いてくれたのならそれでいい。


「ねぇ、もし良かったらなんだけど、俺に魔術を教えてくれないかな?」

「え?」

「ほら、成村さん魔術すごいし」

「えと……」

「嫌、だよね……ごめんね変な事聞いて……」


 ユウは悲しげな表情で成村を見つめた。


「い、いいよ……!私なんかで、いいなら……だけど」

「ほ、ほんと……!?ありがとう、凄く嬉しいよ!」


 ユウはまた、心の中で口元を釣り上げて笑った。

 男が苦手と言っていたから時間が掛かると踏んでいたが、案外早い内にどうにかなりそうな気がする。


「えと、まず君……あなたは魔術を使う時、何をイメージしてる?」

「何を?えっと、火の球みたいなのを」

「やっぱり。それもいいんだけど、私の場合はガスバーナーをイメージしてるんだ。そうすると、普通の炎より強く出るんだ。だからその……あなたもやってみたら、なんて」


 ガスバーナーは確か可燃性ガスと高酸素濃度の空気を組み合わせて燃焼させている。ということは成村はガスと酸素を作り出した上で炎を出しているということ。そしてさっきの爆発はガスと酸素の適正量を誤った結果、と言ったところか。

 しかしそれよりも、一つ気になることがあった。


「ところで成村さん、俺の名前知ってる?」

「あ、えと……」


 やはり。

 彼女はバツの悪そうな顔で視線を逸らした。


「俺の名前はユウって言うんだ」


 あえて苗字を教えないのには意味がある。


「え、えと……ゆ、ゆ、ユウ……くん」

「ふふ、なに?千代」


 ユウが彼女に笑いかけると、


「あ、ああああのっ、まま魔術……の、練習を……」


 成村は真っ赤な顔で話題を逸らした。

 少し強引ではあるが、何とかお互い名前で呼び合う関係にまで至れた。男嫌いの人間にたった一日でここまでこられたのなら上出来だろう。


「えと、ガスバーナーだっけ?でもそれって、炎と一緒にガスと酸素を生み出してるってこと?」

「うん、だから私は風魔術を応用して作り出してるよ」

「え?」


 驚いた。ということは、彼女は既に複合魔術を使用していることになる。本当に魔術を覚えて一週間とはとても思えない。


「えーと、でも俺、風魔術まだ使えなくて……」


 そう言った瞬間、何とも心地の良い風がユウの前髪をふわりと揺らした。見ると、成村の両手の中に小さな旋風(つむじかぜ)が回っていた。


「ふふっ、これが風魔術だよ」


 衝撃だった。ユウは目の前の彼女の柔らかな笑を見ただけで、心臓が締め付けられた。

 さっきまであんなに怯えてたくせに、あんなに不安げな表情だったくせに。なに笑ってんだよ。

 その微笑みは以前にも何処かで見たことがある気がする。嫌な記憶がフラッシュバックするようだ。


「そう、なんだ……」

「うん。この風魔術を使って、酸素やガスも作り出せるの。イメージはよく燃える空気が出てくるイメージで――」


 ――なんだよ、なんなんだよ今更……。


 ユウは心に抱いた原因不明の感情に戸惑いを隠すことが出来ず、突然に立ち上がった。

 立ち上がった脚が、思わず後ずさる。

 そんな彼を、不思議そうな目で成村が見つめた。

 その限りなく警戒心の薄い視線が、まるでユウの心臓を射抜いているようだった。


「っ……ごめ……」


 ユウは思わずその場に背を向け、走り去った。

 驚いた表情で固まる成村をひとり置き去りにして。





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