6.異世界授業
「〜であるからして」
机に片肘をつき、大きく溜息を吐いた。
別に眠くなんてないけれど、いま瞼を閉じれば確実に眠れる気がする。それ程、今この時間が退屈に感じている。
現在ユウ達は勉強をしていた。異世界の城の中の一室で、机を並べて勉強だ。意味がわからない。
内容は『この世界の一般常識』。
この前にベルザムが言っていた勉強とやらが遂にスタートしたのだ。勇者に必要なものは、どうやら戦闘力だけではないらしい。この世界で生きていく上で知っておかなければならない情報、それをユウ達に詰め込むつもりのようだ。
昨日教わった常識とやらは、この世界の暦について。
一日は二十四時間で一ヶ月は約三十日、一年で三百六十五日らしい。さらに太陽は東から西へと沈み、夜になると太陽の代わりに月が顔を出す。
そう。この世界の暦は地球の太陽暦とほぼ同一のものだ。さらにこの星の自転公転の向きや太陽系惑星の大まかな配列や距離なんかも多分同じ。
こんな感じで、昨日は小学校で習った授業の再履修を受けている気分だった。これが朝9時から昼前までずっと続く。退屈になるのも無理はないのだった。
そして今日の授業内容は、
「我らが大地アスガラント大陸と、我が国と親交の深い世界四大国についてです」
ハゲが言った。
そして黒板に張り出された世界地図、その左に位置する巨大な三日月形の大陸の真ん中を指さした。
「ここがアスガラント大陸、その中央を治めるのが我が国フェルマニア王国です。勇者と聖女を産む、世界で最も偉大なる国です」
続いて大陸の上部を指さした。
「そしてここ、大陸北方の大部分を治める大国、アスモンテ・ラブニ聖王国。ラブニは世界でも特に女神メルトアへの信仰が強い国で、女神の齎す奇跡により国が出来たと伝えられています。世界最強と名高いかの雷神の騎士は有名ですな。そして大陸南部――」
続いて下部をを指さし、
「ここがアスガラント南部を独占する軍事大国、カーディア帝国。世界最強の軍事力と噂されますが、まあ勇者と聖女を有する我が国には遠く及ばぬでしょうな」
ハゲは「ははは」と自慢げに笑う。
すると真面目な一神が手を挙げた。
「そっちの右に少し離れた大陸はなんですか?」
「ああそう、ここが東のケドゥ大陸です。ここに聳えるのは獣の国ガルダン王国。言わずもがな獣人族が支配する地上、かつては奴隷問題で小競り合いが絶えませんでしたが、奴隷禁止条約の締結と共に今では深い親交が続いています」
獣人と聞いて勇者組が少し反応を見せる。ユウ達はまだ人間族以外の人種には出会っていない。
「とまあこのように、我が国は同盟国である大国に囲まれるようにして国を構えておりますゆえ、魔人族からすれば最も攻めづらい位置にありましょうな」
すると一神がまた手を挙げた。
「あの、その四国間で戦争や争いなどは起きないのですか?」
するとハゲは笑って答える。
「まさか、同盟国ですぞ?団結して魔人族を討てとは女神の御意志。その意に反する様なことは致しません。もっとも、ガルダン王国とは奴隷問題で過去に多少のいざこざはありましたがな。しかし奴隷禁止条約を結んだ今となってはとても深い友好関係を築いております」
続けてハゲは人差し指を立てた。
「それに、四国の軍事的なパワーバランスも取れています。我が国に勇者や聖女の力があるように、ガルダン王国には百獣の英雄、ラブニには先代勇者の生まれ変わりとまで称されるかの有名な雷神の騎士、そしてカーディアには最強の剣聖がそれぞれ名を馳せております。彼らの力は単騎で一国を落とすとまで言われる、聖天の四騎士でございます」
ユウは何とも現実離れした眉唾な話に、つい鼻から小さく息を吐き捨てた。
そんなに強い奴らがいるなら俺たち要らねーじゃん、なんて思う。
すると一神が、
「四騎士ってことは……もう一人は?」
「それは勿論、我が国最強の騎士ベルザム閣下にございます。閣下もまた聖天に名を連ねるマスターナイトでございます」
一神たちは「へ〜」なんて声を揃えた。
あのオッサンは只者ではないと思っていたが、この話が本当ならやっぱり彼も人外の化け物ということになる。
そんなとき、ハゲ親父が懐から懐中時計を取り出して言った。
「おっと、そろそろ時間ですね。では今日の授業はここまでです。また明日もよろしくお願いいたします」
ようやく授業が終わった。
ユウがチャイム無しの授業終了に違和感を覚えながらも席を立ち、両手を突き上げ大きく伸びをしたとこで、
「ユウ、このあと昼飯だろ?みんなで一緒に食べないか?」
一神が声をかけてきた。
なるほどこれが噂に名高い彼のイケメンテクニックか。実にナチュラルな食事のお誘いだ。校内一のリア充も伊達ではない。
「ありがとう、そうするよ」
ユウも負けじとスマイルを返す。彼の信頼だけは絶対に勝ち取りたかった。
「はぁ〜私もお腹ペコペコだよ」
当たり前のように星野が会話に加る。そのすぐ後ろに成村が引っ付いている。一神の言う『みんな』とは、当然この二人もカウントされているはずだ。
そして残す一人は、
「なあ、桐山も一緒にどうだ?」
流石は勇者、教師も手を焼く桐山に対して、さも旧友を誘うかのようにイケメンスマイルをぶつけにかかる。これが同年代の女子ならば胸を押えて悲鳴を上げていてもおかしくはないのだろうが、しかしこちらも流石は校内一恐れられる男と言うべきか。桐山は鋭い眼光でこちらを睨みつけると、
「言ったはずだぞ。俺は馴れ合いはしねぇ」
そう言って背を向けて去っていった。
「まあ、いずれ仲良くなれるさ。さあ、行こうぜ」
あんな態度を取られても、一神はめげたりしないらしい。鋼のメンタルだ。
*
迫真の悲鳴が食堂内に大きく響き渡る。
テーブルから弾けたシルバー食器がひっくり返り、白っぽいスープが床にぶちまけられた。
食事の席から立ち上がり、真っ青な顔で身を震わせ、成村は肩で息をする。
初め、ゴキブリでも出たのかと思った。
そんな嫌悪溢れる悲鳴だった。
ただユウは彼女の肩に触れただけだ。そっと右手で、触れただけ。
席に着こうとした彼女が、ドン臭く足を縺れさせ、よろけたのだ。それを支えようと、ユウは咄嗟に彼女の肩に手を伸ばした。たったそれだけのこと。だと言うのに、成村はまるで汚物でも触れたかのように、鼠でも見たかのように、その身を仰け反らせて盛大な悲鳴を上げた。
正直、頭が真っ白だ。戸惑って何も出来なかったし、何も言えなかった。
今も目の前で震える成村が、心底おぞましいモノを見る目でこっちを見てる。これが世に言う冤罪と言う奴だ。これじゃまるで痴漢の容疑者じゃないか。
「ご、ごめんね〜雨宮くん」
ユウの額に冷や汗が滲み始めた頃合に、星野がユウと成村との間に割り込んだ。
「こ、この子実はその……男の子が苦手で……あはは……」
大層申し訳なさそうに、星野が手の平を合わせて謝罪する。昼食に同席していた一神とアリス王女までもが気を使って話を逸らし始める。そしてユウはただ呆然と立ち尽くす。
その後の食事会の空気は、言うまでもなく地獄であったのだ。




