46.祝杯
酒場内にケルト音楽が鳴り響く。気持ちよく酔っ払った人々の喧騒。酒の匂いとスパイスの効いた料理の香り。
掲げたジョッキのワインをカインが一気に飲み干した。
「ぷは〜!旦那おかわり!」
カインがそう言うと「はいよ!」と酒場の店主ブランが、木製ジョッキを束で運んでテーブルの真ん中にドンと置いた。
ユウは手に持ったジョッキの赤い中身を見て、深い溜息を吐き出すのだった。
あのあと、救出した子供を無事に村へ送り届けたユウとアルテは、村人達からそれはもう深く感謝を受けた。追加報酬の金貨十枚と更に村の特産酒をたらふく受け取り、大荷物で王都へと帰還した。
王都に帰還してからはギルドの受付にて、残りの報酬を受け取り依頼は完了。
その時だった。報酬の取り分をどうするかで、話が変な方向に向いたのは。
まず報酬の合計額、金貨二十枚。これはほぼユウの思惑通りとなった。危険を犯して魔獣を倒し、子供の救出に成功したユウとアルテが金貨十四枚の取り分。実に報酬額の三分の二以上を受け取った。そして残り六枚をカイン、マキナ、マレの三人の取り分とし、一人あたり金貨二枚で話はついた。
そして残るパマル村の特産酒。大きな酒樽が四樽。当然ユウは断った。酒なんて飲まないし、カイン達で好きにしてくれと。しかし向こうのメンツ的にもそれでは収まりのつかない何かかがあったのだろう。結局はいやいやそっちが、いやいやお前がと、酒樽の押し付け合いとなった。
じゃあもう仕方ないので、知り合いの酒場の店主に丸投げしてしまおうと、思いつきのまま、ユウの住まう宿酒場ブランに酒を全て譲ることになった。
そして、「こんな大量の酒をタダで譲ってもらうなんて悪いし、せっかくなら飲んでけよ」とブランの放ったこの一言で話は勝手に盛りあがってしまったのだ。
他人と酒なんて飲みたくない。依頼達成の祝杯なんてバカバカしい。そうは思いつつも、ここはユウの住居でもあるから逃げられないし、この盛り上がりの中では断るに断れず、そうして今に至るのだ。
「にしても本っ当に強えよな〜ユウは!な!」
真っ赤な顔でカインが叫ぶ。
「おらあ最初っからわかってたぜ〜?こいつは、絶対にただもんじゃねえってこた〜よ〜だははっ」
「ちょっとカイン飲みすぎよ。私隣にいて恥ずかしいわ」
「な〜に言ってんだマキナ!お前も見ただろ!?ユウがあのミノタウロスをこう〜ズバッとよう!ありゃまぎもねえ神業よ!マスターナイトの実力はあるぜきっと!なあ!」
カインがユウの肩に腕を回し大笑いする。
不愉快すぎて手が出そうだ。
「なあお前、そんだけ強けりゃいずれ騎士団からスカウトが来んじゃねえのか?」
「え?どういうことだ?」
「あ?なんだよくある話だぜ。傭兵で名を馳せた奴はみ〜んな、騎士団に引き抜かれんのさ。ま、聖騎士となれば名誉貴族様だからな。傭兵なんかよりよっぽど報酬もいい。だから年々高ランクの傭兵は減ってんのさ」
「へえ、そうなのか」
それは良くないな、とユウは思う。
もしも王国騎士団に目をつけられたら、雨宮ユウの生存がバレてしまうかもしれない。そうなれば第一王女達の耳に届くのも時間の問題だ。
「は〜でも憧れだよな。俺も一度でいいから王華剣舞隊で聖騎士として働いてみたいぜ」
「あっははっ、あんたにそんな重役務まるわけないでしょ」
「んだと!?」
マキナに馬鹿にされ、カインが立ち上がる。
しかし、いまいち話がピンと来ないユウは首を傾げた。
「王華剣舞隊……てなんだ?」
「ユウ……お前って結構物知らずだよな」
「い、田舎の出なんだ……」
「王華剣舞隊はな、フェルマニア王家直属の近衛騎士隊だ。王国騎士団最強の部隊だよ。隊長はあのマスターナイト――ベルザム・バルカス・グラジエート名誉伯爵だ」
「ベルザム……」
懐かしい名前を聞いた気分だ。彼がまさか、噂に名高いマスターナイトだったとは。
――ドラゴンからしっぽ巻いて逃げたくせにマスターナイトとはね……笑えるぜ。
「てことは、やっぱ最強の騎士はベルザムなのか?」
「んまそうだろうな。戦ってる姿を実際に見たわけじゃねえが、鬼神の如き騎士らしい」
「ふ〜ん。じゃあやっぱあいつが世界最強か。なんだか信じらんねえな」
「あ?いやいや、何でそうなんだよ」
「え、なんでって……」
ユウは城で受けた授業の中で、フェルマニア王国が世界で最も栄えた大国だと教わった。その中で最強と言うのであれば、実質世界最強と言っても過言では無いはずだ。
「フェルマニアって世界一の国じゃないのか?」
「はっ……いやいやお前。確かにフェルマニアは世界四大国の一つでとても豊かな国だがな、軍事力でいやあ世界一はやっぱカーディア帝国だよ」
カーディア帝国は、ここアスガラント大陸の南部を支配する大国である。
「そうなのか?」
「ああ。俺の母親はカーディアの生まれでな。その話は耳にタコができるほど聞かされたさ」
「へ〜んじゃあ世界最強の騎士は誰なんだよ」
「そりゃもちろん」
カインが得意げな顔で人差し指を立てた。
「ギルドレッド将軍だ」
「ルキウス様よ」
カインの言葉に被せるように、マキナが言った。
そんなマキナをカインが眉をひん曲げて睨む。
「けっ……そういや、お前はあっちの出身だったな。エゴひいきはやめろ。人類最強はギルドレッド将軍だ。我が国のマスター、ベルザム団長には悪いが、これだけは譲れねえ」
「はっ……あんたこそ何言ってんの?ルキウス様はね、本っ当にかっこよくてハンサムで美しい、騎士の中の騎士なのよ?」
「顔のことばっかじゃねえか。ギルドレッド将軍はカーディア帝国の頂点だぞ?この平和な世界で尚も強さだけを追い求めた実力至上主義、世界最強の軍事国家、その頂きにある男が最強に決まってる……!」
「バカね。ルキウス様はあの伝説の勇者すら超えると言われる程のお方よ?魔王ですら勝負にならないと言われているのに、彼に勝てる人間がいるはずないわ」
「だったらさっさと魔人族共を倒しに行けよ!んで魔王の復活を阻止してこい!再び勇者が召喚されたってことは、人類が今ピンチってことだろ!?」
「私に言われたって知らないわよ!ルキウス様だってお忙しいのよ!」
「へっ大した最強の騎士だぜ。大体な!今も魔人族の進行を抑止してんのはカーディア帝国なんだぞ!」
「だったらなによ!実際に戦ってるわけじゃないでしょ!」
「なんだよッ……!」
「なによッ……!」
カインとマキナが真っ赤な顔で睨み合っている。まさか何気ないユウの発言でここまで話がヒートアップするとは思ってもいなかった。
気まずくなったユウが隣を見ると、マレが真っ赤な顔で惚けていた。その隣でアルテはテーブルに突っ伏して眠っていた。
――こいつら、もしかして俺以外全員酒に弱いのか……?
隣でカインとマキナの会話がどんどんとエスカレートしている。
ユウは二人を無視して隣にいるマレの肩を揺さぶった。
「おいマレ、大丈夫か?」
「ふぇ?ユウさん……ユウさんだぁ」
マレが真っ赤な顔で突然ユウの身体に抱きついた。
「うげっ……な、なんだよおいっ」
「うぅ〜」
マレが変な声で唸る。
そしてムクっと顔を上げて、額がぶつかりそうなくらき顔を近づけて来た。
「ユウさん……」
「は、はい……?」
「なんで……なんで気づいてくれないんですか!?」
「え、あ、ななにが?」
マレが真っ赤な頬を膨らませる。
背後でカインとマキナが喧嘩をしている。
「む〜首飾りです!ユウさんに貰ったあの日からずっと着けてたのに〜!」
「えっ」
そう言われてみれば、確かに。彼女の胸元には翡翠の綺麗な石が光っている。
「あ、ああ〜すまんその……気づかなかった」
「む〜」
「に、似合ってるなその首飾り、ほんと……かわいいよ……」
言ってて自分が気色悪い。
だが右も左も面倒なのに挟まれて、ユウの思考能力は低下していた。
「ほ、本当ですか?本当に似合ってますか……?」
「あ、ああほんとほんと……」
「ぅ…………嬉しいです」
「……ぁ?」
「ユウさん…………」
マレが何か言いたげな表情で、ジッとユウを見つめた。
「な、なん、だ……?」
しかしマレは何も言わず、ただユウの目を見つめた。
その潤んだピンクの瞳が、白く滑らかな頬が、艶やかな唇が。
熱のある吐息がかかるくらい、ゆっくりと近くなる。
「おい兄ちゃん」
唐突に割り込んだブランの声。
彼がまたジョッキを持って歩いてきた。
「ほれ、水だ。これでも飲んでちょいと酔いを覚ましな。それとそこの姉ちゃん、そんなとこで寝かしたら風邪ひくぞ」
アルテを指さして言った。
「あ、ああそうだな……部屋に連れてくよ」
何だったんだと思いつつ、ユウはブランに貰った水をマレに手渡した。
「ほら、これ飲みな。お前らちょっと酔い過ぎだ」
「ありがとう、ございます……」
マレは渡された水を一気に飲み干した。
それから少しすると、マレの目は正気に戻っていた。
「少しは酔いが覚めたか?」
「は、はい……その、すみませんでした……」
「んや、大丈夫。一人で帰れるか?」
「は、はい……問題ありません」
「カインとマキナはもう放っておこう」
横目で見ると、マキナがカインに馬乗りになり顔をボコボコ殴っている。
こいつらとは二度と飲まない。
「おい起きろアルテ。部屋戻るぞ」
「んにゅ……」
ユウは酔い潰れたアルテに肩を貸し、無理やり立ち上がらせる。
「んじゃ、気をつけて帰れよマレ」
そう言うとマレが、
「ま、待ってください……!」
ユウの手を掴んだ。
彼女の顔はまだほんのり赤い。
「どした?」
「あ、あの、その……あ、明日なんですけど……お、お時間とかってありますか……?」
「時間?んまあ特に予定は無いけど」
「で、でしたらその……い、一緒にお出かけとか、し、しません……か」
「お出かけ……?」
ユウは大きく首を傾げる。
「て、何すんだ?」
「え、あの、その……ぶ、ぶぶきとか…………じゃなくて……その、一緒にお洋服とか見たり、なにか美味しいものを食べたり、とか……」
「…………?買い物に付き合えばいいってことか?」
「ほえっ、と、そう……ですね……端的に言えば……」
ユウは顎に指を当てて考える。
そう言えば、金も出来たし色々と買い物はしたいと思っていたところだ。特にアルテにも何か武器を持たせようかと思っていた。
「よし、いいよ。明日行こうか」
「へっ!?い、いいんですか……?」
「ああ。丁度アルテにナイフや盾を持たせようと思ってたんだ。こいつのことだからどうせ剣とか弓が良いって言い出すだろうけど……」
言葉の途中、ユウはアルテが何か言いたげにモジモジしているのに気がついた。
「どうした?」
「いえその……あ、明日はその、わ、私とユウさんの……ふ、二人だけで…………行けたりしませんか?」
「…………え?」
ユウは更に首を傾げた。
*
翌日の早朝、ユウの手によって深い眠りから叩き起されたアルテは、まだ目も冷めきっていない状態で告げられた。
「行くぞ」
ぶっきらぼうに、それだけ。
何のことかわからないアルテは当然、「どこへ?」と首を傾げた。
「買い物だ。昨日マレに誘われたんだ。お前が酔い潰れて寝てる間にな」
それを聞いて思い出す。そう言えば昨日は初めてお酒を飲んだのだ。そしてその一杯で目を回して、そこからの記憶が無い。
「あちゃ〜、私変なことしてなかった?」
「お前よりよっぽど変な奴らに囲まれてたからな。あんまり見てない。ずっと寝てたんじゃねーの」
「そっか。それより、何を買いに行くの?」
「お前の武器と防具」
「やった……!私もユウ君やマレちゃんみたいな剣や弓が欲しかったの……!」
「言うと思った。お前は貧弱だから軽量のナイフと革の盾だな」
アルテが物凄く嫌な顔をする。
「文句言うな。ほらさっさと行くぞ」
「……、」
しかしアルテはその場から動こうとしない。
「なんだよ」
「ねえ、それってマレちゃんから誘ってきたんだよね」
「あ?そうだけど」
「マレちゃん、みんなで行こうって?」
「ん?いや、なんか俺と二人で行きたいとか言ってたな。よくわかんねーけど」
やっぱり、とアルテは思う。
「でもやっぱダメだ。お前の武器を買いに行くのに本人がいないんじゃな」
しかしアルテは薄いシャツの胸元をキュッと掴んで、小さな声で呟いた。
「そっか…………マレちゃんやるね。頑張ったじゃん……」
変に思ったユウが首を捻る。
「おい」
「私、やっぱり行かない」
ユウの顔も見ずにそう言った。
「はあ?行かないって……何でだよ」
「う〜ん、何かそういう気分じゃないの」
「気分じゃないって……」
ユウはさっきまであんなに喜んでいた癖にって顔をする。
するとアルテは無理くりに作り上げた笑顔をユウに向けて、
「いいじゃん。二人で行ってきなよ。良かったね。行ってらっしゃい」
と淡々と突き放すように言った。
そんな彼女に対してユウは首を振る。
「ダメだお前もこい。俺がいない間にお前に何かあったらどうすんだ」
マレの掴んでいた胸元のシャツが、更にキュッと絞まる。
「あはは……なにそれ。心配してくれてるってこと?」
「そーだよ。お前が心配なんだ」
「…………ぁ、だ、ダメだよそんなの」
「は?なんで」
「何でって……そりゃ……」
言い淀むアルテ。
視線が合わせられない。
そして何だか、無性に腹が立ってきた。
「んん〜いいから!早く行ってきてよ!」
「はあ?何キレてんだよ」
「キレてないから!私、今日この宿から出ないし、ここに居れば安全でしょ!」
「いやそうかもしれないけど……それでも何があるかわからねえし」
「ああもううるさい!女の子には色々あるの!一人になりたい時だってあるんだから……!」
それを聞いたユウはもしかして、とあれやこれやが頭の中を過った。珍しく機嫌が悪いのもそのせいなのか。
「んじゃ、この宿から絶対出るなよ。わかったな」
「はいはい。わかったよ」
「たく……なんだよ」
ブツクサと文句を垂れながら部屋を出ていくユウ。その背中を見送ったあと、アルテは毛布の中に潜り込んだ。
胸元を両手でギュッと握り、瞼を強く瞑る。
そして、乾いた声で呟いた。
「はは……友達だもん。頑張ってね、マレちゃん……」




