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12.勇者歓迎の宴――② 

 ユウがその場から離れようと振り返ると、その先に彼女がいた。

 成村だ。男共に囲われて酷く慌てふためいている。彼女の顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうな様子だ。そう言えば、彼女は男性が苦手なのだった。


 ――ま、俺には関係な


 彼女と目が合ってしまった。

 猛烈に助けを求めるその視線。

 ユウは慌てて目を逸す。が、すぐに「はあ〜」と深い溜息を吐いたあと、仕方なく彼女の元まで歩いた。

 成村を覆う肉壁の合間に手を突っ込んで、


「はいちょっとすみませんね〜」


 そう言って成村の手首を捕まえて引っ張り出す。


「ぅあっ、ユ、ユウくん……」

「千代、あっちで一緒に飯でも食べよーぜ」

「え、あ、」


 ユウはその手を強く引いて彼女を連れ出した。

 彼女は握られた手をジッと見つめながら、手を引かれるままにその場を後にした。同時に彼女に引っ付いていた男共はガッカリした様子で霧散する。


「大変だったね」


 そう言って彼女の腕を離す。


「あ、ありがと……」


 礼を言う成村。しかし彼女は心ここに在らずと言うか、大層不思議そうな顔で自分の手首を見つめている。

 そして突然ユウの顔を見た。

 何だこいつ。

 ユウがそう思った瞬間、成村は物凄く目を輝かせて言った。


「す、すごい……!」

「な、なにが?」

「あの、わたし、男の人が苦手で……普段男の人に触られたりするとパニックになっちゃったりするの……さっきも囲まれてるだけで気絶しそうなくらいだったし……」

「……そう、なのか」

「うん、でもね、でもね……何でだろう!ユウくんは全然嫌な感じしなかったの!」


 物凄く興奮した様子で成村が詰め寄る。

 その影響でユウが一歩引く。


 ――な、何なんだこいつ急に……。


 しかし何か返さなければと思い、ユウは口を開く。


「そりゃ、俺と千代は友達……だからじゃない?」

「……とも、だち」


 成村が頬を染めて、物凄く嬉しそうな顔ではにかむ。

 ユウの言葉で、彼女は心底喜んでいる。

 痛いほどそれがわかる。

 ユウは思わず自分の服の胸元をギュッと握り、彼女から視線を逸らした。


 ――バカかよ。なに罪悪感なんて感じてんだ。


「ねえユウくん……もう一度手を、触ってもいい?」

「……っ、あ、ああ」


 ユウの徐に出した左手に、彼女の右手がゆっくりと近づき、指先から触れた。

 サイズの違う二人の手が重なり合う。


「ふふっ、やっぱり……嫌じゃない」


 成村がまた笑うので、ユウは視線を逃がすしかない。彼女の顔を見ることが出来ない。

 そのとき、


「ああ……!?」


 近くで大声が聞こえて視線をずらすと、星野が口を開けて驚いた顔をしていた。さっきまで男に囲まれていたのに、振り切ってきたのだろうか。


「ち、ちちちよが……お、男の子とて……手を……」


 それを聞いて我に返った成村が真っ赤な顔で手を引っ込めて否定を始めた。


「ち、違うの!こ、これはその……!」

「な〜んだも〜隠さなくてもいいのに〜!」

「だ、だから違うの……!」

「いや〜まさかあの男嫌いの千代が私より先に……」


 物凄く勘違いをしているようなので、ユウも訂正に入る。


「星野さん、違うよ。千代が男子に触れるのが怖いって言ってたから、俺が練習相手として付き合ってたんだ。別にそういう関係ってわけじゃないから」

「ああ、なーんだそうなの?でもでもっ、手に触れることが出来たってことはさ〜」


 星野はおじさんみたいな目付きで千代に視線を送る。

 成村は真っ赤な顔を手で隠して黙り込んだ。


 ――まったくこの恋愛脳が。


 するとそんな最中、


「ユウ……!ユウじゃないか……!」


 声がして視線をやると、女性に囲まれた一神がそこにいた。


「ユウ、みんな!一緒に食事でもどうだ……!」


 随分と焦ったように一神は手を振っている。

 彼の言葉を意訳すると、助けてくれってことだと思う。

 全く面倒だとは思いつつ、正直助かったとも思う。今こいつらと一緒は若干気まずいところだった。


「もちろん、一緒に食べよう」


 ユウ達が合流したことで、周囲の女共が捌けていく。


「はぁ……助かったよ」


 一神はかなり疲れた様子だ。余程執拗かったのだろう。


「でもこれで全員揃ったな。せっかくだし、みんなで何か食べようぜ。あとで桐山も誘ってみよう」


 切り替えの早い一神が提案すると、星野が無邪気に手を挙げた。


「はいはい!わたしお酒飲んでみたい!」

「こら愛風、未成年の飲酒は法律違反だぞ」

「え〜!」


 星野が残念がってるが、ユウは今さっきワインを飲んだばっかりだ。

 すると成村が思い出したように、


「でも、この国での成人は十五歳からだったような……」

「え、じゃあいいのか?ん?この場合はどっちの法律を守ればいいんだ……?」


 一神は顎に手を当てて考えている。

 そんな横で、どうでもいいけど早く帰りたいななんてユウは思う。

 その直後――。


「――キャッ!?」


 突然、近くで誰かの悲鳴が聞こえた。

 視線を向けると、そこには赤いドレスの女性と、アリスが立っていた。しかしアリスの着る美しい純白のドレスにはワイン色の赤いシミが出来ている。これだけで何となく状況は察することが出来た。


「あらあらごめんなさい?ついつい手が滑ってしまったわ」


 赤いドレスの女はこれでもかと嫌味ったらしい態度で嘲笑う。

 多分わざとだろう。王主催のパーティーで王女に対してワインをひっかけるなんて、随分と肝の据わった女だ。

 ユウは即座に動いた。


「アリス、大丈夫?」


 アリスの元まで駆け寄ると、ユウはハンカチを取り出して彼女に差し出す。


「ア、アマミヤさん……ありがとうございます……」

「かまわないで」


 まあアリスは王族だし、お金持ちだし、ここらで恩を売っておくのも悪くない。そう思った。

 すると赤いドレスの女はユウを見るなり顎を上げて言った。


「あら、あなたもしかしてあの勇者アマミヤさん?」

「そうですけど……」


 ユウが答えると、女は何がおかしいのか急に大声で笑い始めた。


「くく、ごめんなさい……つい可笑しくって。でも類は友を呼ぶって本当なのね。どうアリス?落ちこぼれ同士で慰め合う気分は」

「…………っ」


 アリスは俯いたまま何も言わず、ドレスの裾を握りしめた。

 ユウは今ので大体の状況が掴めた気がする。恐らくユウが雑魚の役たたずだと言うことはこの女も知っているのだろう。そしてどういう訳かアリスもこの女に落ちこぼれ扱いされていて、この女はアリスの名前を呼び捨てに出来るほどの権力者、大体そんなところだろう。


 ――しっかしこの女、絵に書いたような悪役令嬢だな。


「ねぇアリス、聞いているのよ?」

「わ、私のことは……なんと言っても構いません。ですが、アマミヤさんのことは……」


 アリスは振り絞ったような声を出す。感情を押し殺しているのか、はたまた怯えて声が上ずっているのか。

 しかし彼女のとる言動をユウは心底理解できない。なぜ態々庇うようなことを言う。事を荒立てないように、こんなのへらへら笑って聞き流してしまえばいいというのに。なのにどうして彼女は自分を庇おうとしているのだろう。


「なんて言ってるのか聞こえないわ。はっきり聞こえるように」

「アマミヤ様を悪く言うのはやめてください。彼は私たちの大切な仲間です。例え私が劣血の王女だとしても、アマミヤ様がバカにされるのは我慢なりません」

「くっ――」


 アリスの言葉が癪に障ったのか、赤いドレス女の眉が見事に歪んだ。

 アリスは震える手を抑えるように、今もドレスの裾を握り締めている。


 ――アリス……もうやめろ。迷惑だ。何でお前らはいつも俺なんか庇うんだ……自分のことだけ大事にしてろよ。俺なんて無能の役立たずで、メイドにすら馬鹿にされるような人間なのに、優しくしたってメリットなんかないだろ……なのに何で……。


「あら、汚い下民の娘が私に口答えするのかしら。よくそんな真似が出来たものね。気に入らないわ」


 ――もうやめろよ。嫌いなんだよ。


「あなたの母親もそう、下女の分際で父上に取り入って末席を汚しておきながら、よくもまぁのうのうと生きていられるものね。あら?もう死んでいたのだったかしら?あっはははっ!」

「――っ」


 ――嫌いなんだよ、お前ら人間が……だから……。


「あなた達って本当にそっくりね。親子揃って王家に住まう寄生虫のよう。この薄汚い」


 それを言い終える前に、女の頭に真赤なワインが流れ落ちた。

 ユウは逆さに向けたグラスを片手に一言。


「わるい、手が滑った」


 女は一瞬呆けた面をして固まっていたが、顎先から赤い雫が滴り落ちるとようやく状況を理解した様で、プルプルとその身を震わせ始めた。


「あ、あなた……自分が何をしたのか分かっているのかしら…………」

「だから、手が滑ったんだよ。ごめん」

「あ、あなたっ……!この私が、フェルマニア王国第一王女エルデナ・エルーナ・フェルマニアと知っての狼藉かしら!?」

「いや、知るわけないだろ。あんたそんなに有名じゃないんじゃね」

「――なっ」


 エルデナは顔を真っ赤にして狂ったように睨みつけてくる。そんな彼女にユウは追い討ちとばかりに言う。


「なあ、お前悔しいんだろ?アリスが聖女の力を持っているからか、勇者達とよろしくやってるからか、それとも国王陛下に娘として差を付けられてんのか?いずれにしても、下女の娘で第三王女の妹アリスに劣等感を抱いている。だから悔しくて悔しくてたまらない……」

「……ッ、」

「ふっ、図星か?」

「とっ……捕らえなさいッ!!」


 第一王女の鋭い叫びで、周囲にいた数人の兵士達が一斉に飛びかかってきた。男達は強靭な肉体でユウの体を地面に押さえつける。

 抵抗しようと腕に力を入れてみるがビクともしない。

 ユウは焦っていた。第一王女を挑発すればこうなる未来は容易に想像できた筈なのに、何故自分はこんなことをしたのか。馬鹿みたいな話だが自分で理由がわからない。ただ何となく気が付いたらワインを引っ掛けていて、つい挑発的な態度まで取ってしまった。自分で自分がわからない。


 ――何やってんだ俺……今までませっかく上手くやって来てたのに、ほんと何やって……。


 しかしこんなことで図星を突かれたエルデナの怒りは収まらないらしい。


「今すぐこの者の首を刎ねなさい!」


 大きな声で処刑命令を下した。


 ――う、嘘だろ……いくら役立たずの無能でも一応勇者だぞ!?こいつ正気じゃない……。


「ま、待ってくださいお姉様!!」

「黙りなさい!さぁ早く殺すのよ!」


 アリスが必死に止めようとするが、他の兵士たちに阻まれ動けない。

 エルデナはアリスの言葉などこれっぽっちも聞く耳を持つ様子もない。

 本当に殺される。

 ユウが死を覚悟したその時だった。


「ダメッ!!」


 大声を上げてユウの目の前に割って入ってきたのは、成村だった。

 目の前で両手を広げる成村の身体は、小さく震えている。

 震えるその小さな身体の僅か数センチ先には兵士の握る剣の切っ先がある。


 ――何、やってる……怖くないのかよ……男と話すのも苦手なくせに、何やってる。何かメリットがあるのか?いや、どう考えてもデメリットしかない。何で出てきた……何で、お前たちは…………。


「こ、殺さないで……!ください……こ、この人……ユウくんは友達なんです!だから……!」


 ――は……?それが理由かよ、バカかこいつ。ついこの間なったばかりの友達だろ。お前の嫌いな男だろう。俺はお前を利用するために上っ面だけで友達になったのに、俺なんか信用して……ほんっとに救いようのないバカだ……。


「ユウッ!どいてっ、すみません!彼を離してください!」


 一神が野次馬を押しのけて割って入ってくる。


 ――今度はお前か……まったく何考えてんだ……。


「あ、あなた達……」


 突然の勇者達の加勢にエルデナはたじろぐ。

 すると今度は人混みの中からずかずかとやってきた桐山が、成村の前で剣を向けている男の前に赴き、その剣の刀身を素手で掴んだ。

 剣を握りつぶす勢いで力を込める桐山の手から血が滴る。


「剣を下ろせ……」


 静かに燃えるような彼の威圧感が、兵士に剣を下げさせた。


 ――ほんと、バカばっかり。


 ユウは呆れを通り越して、何故か笑いが込み上げてくる。

 そんな最中に大声が響いた。


「一体何事だ!?そこで何をしておる!?」

「お、お父様……」


 大声で駆け寄ってきたのは国王だ。

 第一王女がたじろいでいる。

 この時点で、ユウは自分の生存を確信していた。いくら使えない落ちこぼれ勇者だとしても、一神達の友人をこの場で殺すわけがない。それで一神が魔王討伐に協力しないと言い始めたらそれこそ問題だからだ。国王だってそれくらい分かっているはずだ。やはり一神達を味方に付けておいて正解だったと思う。


「この馬鹿者が!今すぐ無礼をやめよ!エルデナ、勇者様方に謝るのだ!」

「…………っ、も、申し訳ございません……」


 国王が命令するとエルデナはあっさりとその頭を下げた。プライドの高そうな女だし、この大衆の面前だ。かなり恥をかいたに違いない。


「いってぇ〜腕折れたかも」


 ユウを押さえつけていた男達が離れたので冗談交じりにそんなことを言ってみると、泣きそうな面のアリスが飛びついてきた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「雨宮くん大丈夫?神聖術かけてあげるね」


 星野も心配そうに神聖術をかけてくれた。しかし特に怪我もしていないし、そもそもユウには〈超回復〉があるから問題ないのだが。何も言わず放っておいた。


「我が娘がとんだ無礼を……誠に申し訳ない……」


 国王は丁寧に謝罪する。


「いえ別に、俺もわざとじゃないとは言えワインをかけてしまいましたから……」


 勿論わざとなのだが、澄まし顔でそうではないと主張しておく。


「皆の者もすまない。水を差してしまったな。さあ宴を続けてくれ」


 国王がそう言うと、何事も無かったかのように中断されたパーティーは再開されたのだった。




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