11.勇者歓迎の宴――①
コンコンと部屋のドアをノックする音。
ユウが返事するとドアがゆっくりと開き、彼女が入ってきた。
ソフィアだ。
彼女の顔を見て、ユウは僅かに眉を顰め、それを悟られぬように慌てて視線を逸らした。
ソフィアの顔は青痣で酷く腫れ上がっており、幾つものガーゼが当てられている。
痛々しくて目など当てられない。
「アマミヤ様、本日も訓練お疲れさまでした……!」
いつにも増して元気な素振りを見せるソフィア。
から元気、いや心配を招かぬようにとしているのだろう。
しかし、やはりそれに触れぬのも変だ。
「だ、大丈夫か……?」
ユウは視線を外したまま、それだけ聞いた。
しかしソフィアは腫れあがった顔で無理に笑って言う。
「あ、これですか?全然平気です!実は今日昼間に階段で転んでしまって……私って本当にドジですよね。ご心配ありがとうございますアマミヤ様!」
ソフィアはまるで予め用意しておいたかのようにスラスラと言い訳を並べた。
――嘘つき。
しかしそれ以上ユウは何も聞かなかった。
「それはそうとアマミヤ様、もうそろそろご準備をなさいませんとパーティーに遅れてしまいますよ……!」
「え?パーティー?」
「あれ、昨日お伝えしませんでしたか?」
「いや、聞いてないけど」
「あ……で、では今お伝えしました……」
こいつ忘れてやがったな、と思うが、今は何も言う気にならない。
「それでそのパーティーって?」
「はい、勇者様方の歓迎パーティにございます。今夜の十八時に主塔大広間の会場で予定されております」
「歓迎パーティーねえ……」
そういえば初めて王に謁見した際に、宴がどうとかって言っていた気がする。
「国王陛下が主催するパーティーですので多くの貴族様方も参加されます。お召し物はこちらを」
ソフィアが手渡してきたのは黒のタキシード。多分ドレスコードがあるのだと思う。王主催のパーティーに制服や客服、まして訓練用の闘着で行くわけにもいかないだろう。
だが正直、気が重い。パーティーだなんて洒落臭いもの、誰が好き好んで行くものか。けれど行かなかったら行かなかったで後々面倒なことになるかもしれない。
「はぁ……わかった着替えるよ」
ユウはソフィアからタキシードを受け取ると、徐に服のボタンに手をかけた。
「ひぁっ、まま待ってください!今出ま――きゃああっ!?」
ソフィアは足をもつれさせてすっ転んだ。
まったく、騒々しさの頂点みたいな奴だ。
*
会場に着くと既に多くの人間が集まっていた。
皆一様にドレスやタキシードで着飾っている。
「すごい人だな……」
ざっと見て七、八十人はいる。
ユウが人混みに気圧されていると、黒服の男が声をかけてきた。
「アマミヤ様、探しておりました。どうぞこちらへ」
よくわからないが言われるままに黒服の男に付いて行く。
するとそこには、一神に星野に成村、そしてアリスが一か所に集まっていた。端っこにポツンと桐山もいる。
「お待ちしておりました、アマミヤさん」
アリスが笑顔で迎える。
「みんな、ここで何してるの?」
「これから王様の開会の言葉があるんだって」
星野が答える。
「つまりパーティーの開会式ってこと?」
「ただの開会式じゃありません。今から国王陛下直々に、正式な勇者召喚宣言が行われるのです」
「勇者召喚宣言?」
「はい。勇者様の召喚に成功したという事実はこれまで城の中だけに留めていましたが、それを今から公に発表するのです。この宴には世界各国の使者様や貴族様も招待しておりますので、世界中に勇者様の存在を宣言することとなります」
星野が訪ねる。
「宣言……するとどうなるの?」
「世界中の国々が皆様のために支援をしてくださるのです。世界が一丸となって、打倒魔王の体制をとることになります」
なるほど、でもそれで何で俺たちがここに集まる必要があるのだろう。
ユウが疑問に思ったその時、会場内がシンと静まり返った。
皆の視線が一か所に集まる。
国王だ。
会場中央の玉座に座る国王が、言葉もなく立ち上がったのだ。たったそれだけの動作であたりは静まり返り、全員の視線をかき集めた。
やはりあの男の威厳に満ちた姿には、ユウも思わず息をのむ。
「皆の者よ――」
低く響く声が広間全体に静かに広がる。
「今宵の宴の前に、皆に重大な知らせがある」
大半の貴族達が顔を見合わせて不思議な顔をする。
現在勇者の存在を知っているのはこの城の者だけ。他の貴族連中は知らないものも多いのだろう。
「我らが大地アスガラントは、長きにわたり平和と繁栄を享受してきた。しかし皆も知っておる通り、その平穏を脅かす影が再びこの世に蘇ろうとしている……魔王だ!魔人族は魔王を復活させ、再びこのアスガラントを手中に収めんと画策している」
貴族や騎士たちは真剣な目で王を見つめた。
「しかし、我らがこの脅威に屈することはない。何故なら我々には女神メルトア、そして女神が遣わし伝説の勇者がついているからだ……!」
どよめきが広がる。
「我々は女神の導きにより、勇者召喚の儀を成功させた……!彼らがいる限り、我々に敗北の文字はない!」
王の宣言により、会場内は大盛り上がり。
「では紹介しよう、彼らが――我らアスガラントの民を救うべく剣を取った英傑、異界の勇者たちだ」
王が手を掲げたことで全員の視線がこちらに集まる。
「さあ参りましょう」
アリスが先導し、戸惑いながらもユウ達は王の前に集った。
ここに集められたのはこの為だったのだ。
観衆は声を上げ手を叩き存亡の眼差しを向けてくる。
地獄だ、早く帰りたい。
すると王が、
「では、勇者の代表から一言いただこう」
ユウは思わずギョッとしたが、即座に安堵した。この中で代表といえば彼しかいない。勇者の聖剣を持っているのも彼だけだし。
「一神さん、お願いします」
「え、ぼ、僕がリーダー?」
「あったり前で、しょ!」
星野に背中を叩かれてよろけた一神が一歩前に踏み出した。
一神の言葉を聞くため、また周囲は静まり返る。
一神の聖剣は羨ましいが、こんな時には無くてよかったと心底思う。
「あ、えっと……初めまして、一神光汰って言います」
喋り出しから一神の緊張感が伝わってきてユウは身震いする。
「その……何ていうか……僕は未だに自分が勇者だって自覚が湧かないんです。本当に僕なんかが魔王に勝てるのかどうかもわからない…………でも、それでも、僕は戦いたい。この国の、いや世界中の人々のために。僕の力で人々の恐怖を断てるのなら、その苦しみを終わらせられると言うのなら、僕は迷わず剣を取る。そうして皆がずっと笑っていられる世界を作りたい!それが僕に課せられた使命であり、僕の夢なんだ!」
大きな拍手喝采が起こった。
多くの貴族や騎士たちは一神の演説で大層盛り上がっている。
国王が一神の肩に手を置いて叫んだ。
「聞いたな皆の衆!この強く清き真の英傑、伝説の勇者が、これより我らの進む道を切り開く!今ここに、我がフェルマニアの名を持って宣言する!我々は近い内、魔大陸へ進行し魔人族を根絶やしにする!」
王の宣言により歓声は爆発し、騎士達は手に持つ剣を突き上げて咆哮をあげた。
その熱量を前にユウだけが気後れしている。
「それでは勇者誕生をここに祝し宴を始めようぞ!みな心ゆくまで楽しんでくれ!」
王の合図により歓声と拍手がこだまし、楽師たちが祝福の調べを奏で始める。華やかに着飾った者達が杯を掲げ、ついに宴が幕を開けた。
「私は他の貴族の方や他国の使者様にご挨拶に伺います。また後で合流しましょう」
開宴早々アリスはそう言うとその場を離れた。
それを見送ったあと、喧騒の中で一神が言う。
「じゃあ僕らは僕らで一緒に」
しかしその途中、大勢のドレス姿の女性達が一斉に一神を取り囲んだ。
彼女達は口々に一神に詰め寄り、その身体を引っ張りあった。一神は物凄く困り顔で、どうしていいのかわからないって感じだ。
しかし引っ張りだこは一神だけじゃない。星野も成村も全く同じ状況で、姿が見えなくなるくらい大勢の男性に囲まれている。
もちろん桐山も同様だったが、彼は物凄く嫌そうな顔を見せたあと「ちっ、くだらねえ」と言って会場から姿を消してしまった。
ユウはひとり、ぽんつとその場に取り残される。
――一神はわかるが、何で桐山みたいな悪人面がモテて俺には誰も言い寄ってこないんだよ。
ユウは別にモテたいわけじゃない。わけじゃないが、一神や桐山を見ているとちょっぴり悔しい気持ちになる。多分ユウが勇者組の中でも飛び抜けて無能だと言うことは城内で噂になっているのだろう。口の軽そうなメイド達も散々噂していたことだし間違いない。
とは言えむしろこの状況は都合がいい。他人と関わるなんて面倒だし、会う人会う人に愛想振り撒いていたら疲れてしまう。人脈のパイプ作りは一神達だけで十分だろうし、これ以上誰かと関わりたくない。
そんなことよりも飯だ、とユウは思う。
会場のあちこちにはラウンドテーブルが設置され、人々がワイン片手に立ち囲んでは談笑している。食事はビュッフェ式のようだ。
正直少し緊張しないでもない。こんなタキシードなんて着たこともなければ、格式の高そうなパーティーにお呼ばれしたことも無い。礼儀作法も知らないので恥をかく可能性もある。
だがまあ、それでも別に構わないとも思っている。誰になんと言われようが、所詮は赤の他人。気にするだけ無駄だと割り切ることが出来る。
ユウは目の前のターンテーブルに近づき、銀の皿を一枚拝借して大皿に乗った料理を取っていく。
まず手を付けたのは赤牛のローストだ。
かぶりついた瞬間赤い肉汁が溢れだし、口の中に熟成された牛肉のコクと鹿肉のような野性味が広がる。
その後、口直しにサラダを取る。ただのサラダじゃない。五種類の季節の野菜を使い、上にチーズをまぶし黄金蜜のドレッシングをかけてある。普段は野菜なんて好んで食べないが、これに関しては別だ。
想像通り野菜の苦味は一切感じず、むしろ野菜の甘みや香りをドレッシングが引き立てている。チーズもいいアクセントだ。
続いて気になったのが、小瓶に入ったスープだ。かなり湯気が出ている。余程熱々なのか。料理の説明欄には火炎茸のスパイススープと書かれてある。
好奇心でひと口啜ると、口の中が焼けるように熱く辛い。が、その中にしっかりとした奥深い旨みが感じられる。これは癖になりそうだ。
しかし辛い。
何か飲み物を、そう思った時、近くを歩いていた給仕がトレンチに白ワインを乗せていた。
「ごめん、それちょうだい」
返事を聞くまでもなくワイングラスを掴み取り、ワインを飲んだ。
「うっま……」
あまりの飲みやすさにグラスのワインを二度見した。
「そちらは月光果実のワインです。甘くて飲みやすく、後味の引きもいい高級酒です」
「へー」
給仕はどこか自慢げだ。
そんな給仕の手に持つトレンチにユウは飲み切ったグラスを戻した。
さて次は。
他のテーブルも見て回ろう。そう思っていた時だった。
女性陣の黄色い声が飛び交った。
周囲の視線が集まるその先には、一際目立つ男がひとり立っていた。
白のタキシードにブロンドの長髪がよく映える。凛とした佇まいから溢れ出るその身からは、どこか異質極まりないオーラが漂っている。
一瞬女性かと思うほど綺麗な長髪と整った容姿だったが、やはり男だ。
周囲のひそひそ声が聞こえてくる。
「あれが世界最強の騎士と名高いラブニの雷神、ルキウス様か……」
「なんてお美しいのかしら」
「私、お声を掛けて見ようかしら……」
「やめなさい。相手にされるはずもないわ」
周囲から羨望の眼差しを浴びつつも、ルキウスと呼ばれた男は表情ひとつ変えない。その表情からはどこか、不満が滲んでいるかのようだった。
――なんか凄そうな奴。あんま近づかないようにしよ。
ユウがその場から離れようと振り返ると、その先に彼女がいた。




