第7話 女神END
連中がどうなろうと知った事じゃない、と言ったが、あれは嘘だ。本音は苦しんで死んでくれないかな、と本気で考えている。
可能ならばこの手で……。まあ、見えない俺には無理だろうがな。
そんな事を考えていると、皆の足音が大分遠くなっている。だが、俺の歩行スピードはこれが精一杯だ。速足の連中に着いて行けるわけがない。もう置いて行かれるな。
まあ、いいか。これ以上あのクズらと関わり合いにはなりたくないからな。
そう思った時、前方で何か騒いでいるのに気が付いた。彼らの進行が止まっているらしい。
どうしたんだ? そう訝しガリながらも負い着いて行くと、それに気づいたクズ女が吐き捨てるように言う。
「ほら、こんな事してるから追い着いて来たじゃない。いい加減にして速く進んでよ。日が暮れる前に街には入っときたいのよね」
「いい加減にしてください! 先輩をわざと置いて行きたいなら自分らだけで行けばいいじゃないですか。ボクがどうしようとあなたに関係ないでしょう」
「おい、梶本! お前、何偉そうな事言ってんだ。先に行けって命令が聞けないのか。お前もあの無能みたいに一生昇進できないようにしてやるぞ!」
「命令? なぜボクがあなたの命令を聞く必要があるんですか? いい加減に気付いたらどうですか、昇進ってもうボクらは戻れないんですよ。あなたはもう上司でもないし、命令できる立場でもないでしょうに。そんなに先輩が気に入りませんか? まあ、目の見えない先輩が見えてるあなたよりよっぽど優秀ですからね。年功序列で主任になれただけのあなたが妬むのもわかりますが」
「何だと! お前、自分の立場がわかってるのか? ただですむと思うなよ!」
「それはボクのセリフだと思いますよ。ぼく、こう見えて大学空手で全国行ってるんですよ。立場を思い知るのは主任のほうじゃないんですかね」
何かまずいな。梶本の正義感に火が着いちまった。あいつ、ああ見えて結構短気なとこあったからな。あいつがクズどもを叩きのめすのは構わんが、あいつ頭が冷えたら後悔するだろうし、その後、仕返しされても黙って受け入れかねないしな。
「おい、梶本! やめとけ。俺は大丈夫だから。そんなクズ殴っても、手が痛いだけだ」
何とか追い着いて間に入ろうとするが、何かに躓いた。
いや、これは誰かの足が伸びてきたのがわかる。わざと足掛けやがった。
思わずよろめく俺。
「痛いわね。何、人の足蹴ってんのよ!」
明らかに突き飛ばされる。こんなクズ女に突かれたところで何という事もないのだが、足を掛けられ、よろめいているので、完全にバランスを崩す。
そこに脇腹への肘鉄が入った。これはクズ主任のいつものやつだ。いつも通りすがりにわざと仕掛けてくる。
「おい、危ねえな! ぶつかって来るんじゃねえよ。気持ち悪いんだよ無能が!」
俺は突き飛ばされて転倒する。思わず突いた手は地面に触れる事は無かった。
「あっ! 先輩、危ない!」
梶本の叫び、周りで傍観してた連中からも悲鳴のようなものが上がる。
それを聞いた直後、鳥肌が立つような浮遊感を覚え、急激な重力に呑み込まれていった。
「主任! あんた今、わざと……」
「うるせえ! あいつが勝手に……」
そんな声が遠くに聞こえた気がする。そこで俺の意識は途切れる。
気を失う直前、あの女神の笑顔が見えた気がした。
イヌ耳がピコピコ可愛いな。最後にサービスカットかよ。まったく。
渡る世間に神は無し。俺の人生がこんな終わり方とはな。 まあ、最後に脳裏に浮かんだのが、イヌ耳女神の微笑みなら、さして悪い最後でもないのだろうよ。
そして意識が遠のいていく……。
◇ ◇ ◇
俺は念願の女神ルートを見つけ出し、麗しの女神様と甘い時間を過ごし、数々のイベントを乗り越え、愛を育み、遂にイヌ耳イヌ尻尾でのわんわんプレイを承諾してもらえた。
ああっ、女神様が今、イヌ耳とふさふさ尻尾をつけて、うれし恥ずかし下着姿に!
女神様のワンコスタイル可愛いなあ。感無量だ!
俺は遂にやり遂げたんだ! わがモフ道に一片の悔いなし!
女神END。
って、終われるかあああ!
ハァッ、ハァッ、ハァッ。力一杯叫んでしまった。
何だ女神ENDって! どう考えても外れENDじゃねえか。ポンコツ女神がメインヒロインなんて認めねえ。いや、認めちゃいけねえ!
だいたい下着まで辿り着いたのに、何もしないでエンドロールとか、どこのクソゲーだ! 制作会社に苦情のTELしてやる。プロデューサーを出せ、コノヤロー! イラストレーターはなかなかいい仕事してたぞ。特にラストの神殿での下着ワンコポーズのアングルは秀逸だった。お前は給料上げてもらえ!
下着姿でセクシーポーズをとるイヌ耳女神の微笑む顔を想い出し、ハッとしてポケットの財布を開く。そして身代わりのコインを取り出し、指で触ってみる。
コインのレリーフの女神の頭に、なぜか三角耳っぽいのが着いていた。
『フフフ』 えっ? 今笑った?
次の瞬間、コインが砕け散った。
そうか、俺は一回死んだのか。[身代わりのコイン【女神のキッス付き】]が発動し、無事生き返ったと。
……コインじゃなくて俺にキスしてくれてたら、もっと力を発揮したんじゃないのか? まったくあの女神、カマトトぶりやがってよぉ!
いや、今は憎まれ口を叩かずに、素直に感謝しよう。マジ助かった! 本気で死んだと思ったからな。
それにしても、唯一の切り札が、あっさり消費された。三日どころか三時間も生きられなかったとはな。この後、どうやって生きてきゃいいんだ?
とりあえず落ち着こう。まずは状況判断だ。
どのくらい落ちたんだ、俺は? 最後に梶本と下衆が言い争う声が聞こえたよな。もう何も聞こえない。という事は、相当深いのか? それとも、もう行ってしまったのか? どのくらい気を失ってたのかわからんしな。
梶本のやつ、あの後上手くやれてればいいが。まあ、人当たりのいい奴だからな、俺の事が無くなれば、上手くやれるだろうよ。
ゆっくりと立ち上がる。痛みはない。身
体中を触ってみる。上着とインナーの背中がパックリと敗れていた。ズボンは少し敗れた所もあるが、履いているには問題ない。
どうやら背中か頭から落ちたみたいだな。血が飛び散った感じはないが、地面が少し掘れている。
きっちり死んどいて良かったな。中途半端に生きてたら地獄だった。
手探りで探すと、杖代わりの枝と、かけてたサングラスも見つかった。サングラスはヒビが入っているようだが、割れてないみたいだ。マジかよ!
とりあえず周囲の確認だな。だが、気を付けないと今度落ちたら本当にENDだ。魔物とかいませんように。
周囲を伺いながら、深呼吸を繰り返す。ふぅ、大分落ち着いてきた。
俺は突き飛ばされて落ちたよな。しかもかなり高い所から。
気付いていなかったが、あそこは崖道だったのか。なる程、だから梶本が俺を心配して待とうとしてくれたのか。
畜生! あいつら本気で俺を殺しにきやがった。もう容赦する必要はないな。いつか殺してやる!
心に本気で殺意を芽生えさせた時、イヌ耳女神の顔が浮かんだ。
許してくれないのか? 勘弁してくれよ! ここまでされて復讐もできないのか。
なぜだろう、これ以上ドス黒い感情に呑まれたら、あの微笑みが悲しみに歪む気がした。あの女神には能天気に笑っていて欲しい。
『復讐するは我にあり』 か。確かに今の俺には何もできないしな。
わかったよ。命の恩人の希望なら、できるだけ沿えるように努力はしよう。とりあえず今は、奴らへの恨みと復讐は一旦忘れる事にするよ。今は他にする事があるからな。
周囲の気配を探る。風が流れてくるな。多分谷間のような狭いところなんだと思う。パックリ開いた背中がスースーする。尻が丸出しになってないだけましだが、かなりシュールな格好だろう。落ちぶれて、すまん。
とりあえず風上に向かってみる。理由はない。風の音しかしない。そういや女神様が言ってたな。神界近くはかなり危ない所とも繋がってるとかいないとか。物理的距離も歪んでるような事も言ってたような。
まあ、殆ど理解できていないんだが。もしかして俺が落ちた崖と、ここは全く違う場所なのかもしれない。俺は一体どこに迷い込んだのやら。
女神とのお茶会という、かなりシュールなスタートを切った俺の異世界奇譚は、神々の悪ふざけのような展開を経て、地獄に至る。
だが、女神のキッスのおかげで、俺はまだ死んでいない。このシナリオを書いた奴が悪意を込めていたのなら、残念だったな。ポンコツ女神の気まぐれを計算しきれなかったお前の負けだ!
既にお前の計算は狂い始めている。利用させてもらうぜ、その隙を突いて、生き延びてやる。無様に図々しく生き残って、笑えるグッドエンドに辿り着いてやるよ。楽しみにしていやがれ!
そしてあの優しくも不器用な、ポンコツ女神様を笑顔にしてやるよ。
だから待っててくれ! いつかまた俺があんたと巡り会い、ここで受けた恩の礼を言う、その時を……。




