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2-2 当直

恒星暦569年7月27日

メダリア星系沖 ジャマイカ型巡航艦ジャマイカ


 メダリア星系沖は、微妙な空間だった。星系沖の人類種の主権が及ばない宙域には未だエルフどもが艦隊を展開させていた。

 数には増減は発生している。

 当然の話だった。

 補給艦なしに根拠地を離れて長時間艦隊が展開できるわけがない。エルフどもにとってもそれは人類種と同じだった。エルフ達の補給艦が増え、戦闘艦が減っている。

 だが相変わらずそこにエルフどもはいた。


 ジョアン・ランドー中尉は、巡航艦ジノシマから航海学校の初等科へ行き、そしてこの呪われた星系の警備に再び戻っていた。それも希望して。

 哨戒任務は楽しいものではない。他の同期達が軍港都市で上陸許可を楽しんでいる間も、メダリアに展開する艦隊の将兵はなかなか上陸を許されない。

 あまりのストレスに艦隊司令長官すら辞表を書いた、と言う噂がまことしやかに広がっていた。その噂には続きがあり、艦隊司令長官ですら辞職を許可されない状況にこの星系は陥っている、というものだった。

 嘘か誠か、実際、鎮定艦隊司令長官は相変わらずマチダ中将のままだった。

「何時まで連中沖合に展開しているんでしょうね。もう地上は連邦軍が制圧したというのに。」

 士官と異なり、艦をまたいでの異動はあっても艦隊をまたいでの人事異動の少ない下士官兵達の士気は、メダリアを制圧したときと比べるとかなり低下していた。

 それはそうだろう。

 戦闘指揮所のモニターを睨みつけながらランドーは思った。

 せめて気楽に上陸許可が下りれば。

 それができればかなり士気の低下を防止できたはずなのに。

 人目がなければ爪を噛みたい気分だった。

 考えてもみるがいい。

 ある星系沖に展開するエルフどもに対峙する軍艦の乗員がいるとする。その星系にある惑星を守るためにその軍艦はいる。

 なのに、その惑星には乗組員は簡単には上陸できない。

 何故なら、その惑星は今も反連邦活動が盛んだ。昨年、何を乱心したか連邦からの独立を宣言し、エルフどもにすり寄ろうとした。そして、地上の連邦軍をわずかな例外を除いて文字どおり鏖殺した。幸い、連邦鎮定艦隊の移動が間に合った。反乱軍は艦砲射撃を受け、白旗を揚げた。爾後、降伏したくせに反連邦活動は盛んであり、エルフどもと対峙する軍艦の乗員が休暇で上陸しようものなら、身ぐるみを剥ぐか、危害を加えてくる。

 実際、この船でも上陸した水兵が愚かにもアンドロイドではない本物の女を買おうとして、反連邦勢力に誘拐された。その水兵は、生きたまま五体解体されて晒されている。

 犯人はすぐに逮捕された。自治都市警察軍に夫がいた未亡人だった。

 だが、皆、彼女一人で水兵を解体したとは思っていない。その水兵は100キロを超える筋肉と脂肪の塊だったのだ。逮捕された彼女の姿は閉鎖系情報網で共有されていたが、どうみても水兵を拘束して生きたまま解体できるとは思えない姿だった。

 戦地での戦闘員殺害行為で銃殺刑を宣告されても、彼女は共犯者を漏らさなかった。司法取引を持ちかけられたにもかかわらず、だ。

 以来、艦長は上陸許可をなかなか出さないようになっていた。水兵達も上陸を望まなくなっていた。水兵達で上陸を希望するのは余程の物好きであり、上陸が許可されるのは宇宙空間でのストレスがこれ以上無い、という場合に限られていた。

 もちろん、士官は違う。士官は望めば上陸許可は下りる。ただ、地上の状況を考えると簡単には上陸はできなかった。

 ランドー自身、航海学校を終えこの惑星に戻ってきて3ヶ月、一度も大地を踏みしめていない。星系外縁まで進出し、エルフどもの艦隊と対峙し、それが終えると惑星の静止衛星軌道にある保養施設で気分転換するのが常だった。

「中尉、何か知っていないですか?」

 5歳ほど歳下の水兵が質問する。まだ子供と言った感じ。たしか、マオとかいう名前の生意気な女性だった。物好きにも身上調書に機動歩兵勤務を記載していた。何でも、巡航艦でモニタの前に座っているより、装甲動力服を身につけて走り回りたいらしい。

「地上に知り合いがいるんでしょ?」

 ランドーと同い年のマンソン三等兵曹が重ねて質問する。

「一人知り合いはいる。」

 物好きなマチダ。退院後、憲兵に仮転科し、せっかく憲兵学校へ行き転科を確実なものにしてこの地獄から逃げられる機会があったのに。何を思ったのか、またこの地獄を希望している。先日もホテルで食事をしようとしたら反連邦勢力のテロリストに遭遇したという。

「どんな男性なんですか?」

 一人、と言ったときに有性名詞を使ったからか、さっそくマンソン三等兵曹がモニタから目をそらさずに突っ込みを入れる。上陸が許可されない巡航艦の艦内では、噂話のネタが渇望されていた。多分、明日の今頃には婚約者に仕立てられているはずだ。

 だが、彼には一度結婚の手続きをしようとした女性がいることをランドーは知っていた。当直士官として、惑星メダリアから送信された士官の婚姻手続きの転送をストップしたのは彼女だったのだ。反乱惑星からの情報遮断が理由だった。

 反乱鎮圧後、気になって調べたところ惑星外に婚姻手続きが転送されていなかったことから、データを辿ったことを思い出す。保秘のレベルが低かったから、内容は見ることが出来なかったが、データの番号でその結末を知ることができた。彼の婚姻手続きは鎮定艦隊司令長官の職権でそのまま手続きが停止され、高等弁務官の職権で無効になっていた。

「責任感が強いのか真面目なのか知らないが、地獄から逃げることができるのに地獄から逃げようとしない。」

 あの時、もう1分処理を遅くしていたら、彼は今頃別の惑星で過去を忘れて結婚生活を送っていただろう。あの時、自分が生真面目に情報を遮断したせいで、彼は未だ独身で婚約者を待っている。

「何ですそれ、変態ですね。」

 水兵の一人がモニタから顔を背け、ランドーに話しかける。ランドーは眉を少し寄せた。勤務中に士官に対して水兵が口にするには分を弁えていない発言だった。それに、彼の仕事はモニタを監視すること。いかなる意味でも許容できない。

「おい、スミス、モニタから目をそらすな。」

 背中に目がついているのか、デニス兵曹長が注意をする。

「すいませ~ん。」

 こいつ、次の休暇で保養施設への上陸許可を与えるつもりだったが、止めだ。

 ランドーは少しむかついた。

「航海士。」

 また話しかけてきたデニス兵曹長の声の調子が変わったのを感じて、ランドーは意識を切り替えた。

 何か異状を発見したのだろう。

 モニターを確認する。

 何だろう、デニス兵曹長の口にするだろう台詞が恐ろしい。

「エルフどもの軽巡航艦の動きが妙です。」

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