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第1話:お皿を磨いておきました

第1弾とは独立したエピソードの為、本編だけでも楽しめるかと思いますが……。


「用済み」と捨てられたメイドですが、キマイラを料理しただけでメイド軍師様と呼ばれて困ってます【第1弾】


と合わせて読んでいただくと、本編がより楽しく読めます。

「ソフィア。それ、何?」


レオナルドは、倉庫の前で足を止めた。


木箱の上に、銀の皿がずらりと並んでいる。


「先代さまの銀食器です」


「ああ……そういえば、ずっと倉庫にしまってあったな」


「はい。黒ずんでいて、どなたもお使いになっていなかったそうなので」


ソフィアは、一枚を手に取って布で拭いた。


きゅっ、と音がする。


「冬支度のついでに、磨いておきました」


「ついでに」


「はい」


レオナルドは、皿をのぞき込んだ。


自分の顔が映っていた。


くっきりと。


前髪の寝癖まで、はっきりと。


「…………鏡?」


「お皿です」


「鏡だよね?」


「お皿です」


廊下の向こうから、家令がやって来た。


並んだ銀食器を見て、静かに眉を寄せる。


「ソフィア様」


「はい」


「……少々、磨きすぎではございませんか」


「そうでしょうか?」


「先ほど、通りがかったメイドが三人ほど、自分の顔に驚いて悲鳴を上げておりました」


「まあ」


ソフィアは、困ったように皿を見た。


「では、もう少しだけ曇らせましょうか」


「曇らせる方法があるの!?」


◇


ソフィアは、マルール子爵家の庶子として生まれた。


十一歳で母を亡くしてから八年間、実家でメイドとして働いてきた。


給金は、一度ももらったことがない。


家族なのだから当然だと、そう教えられていた。


十九歳のとき、新しいメイドを三人雇ったから「もう用済み」だと言われ、ソフィアは家を出た。


そして、侯爵家にメイドとして雇われた。


侯爵家では、同じ仕事をしているだけなのに、お礼を言われ、給金までもらえた。


気づけば、侯爵家の一人息子レオナルドに求婚され、婚約者になっていた。


さらに、北の街道でキマイラ討伐の拠点を手伝ったところ、なぜか軍では「メイド軍師様」と呼ばれるようになっている。


ソフィア本人は、荷物を整理して、料理の話をしただけなのだが。


◇


婚約から、ひと月。


ソフィアは侯爵家の本邸で、相変わらず働いていた。


献立を考え。


勤務表を組み。


冬に備えて、倉庫を片付ける。


「まあ! 綺麗!」


侯爵夫人が、銀の皿を両手で掲げた。


「ソフィアちゃん、これ、今度のお茶会で使いましょう!」


「よろしいのですか?」


「もちろんよ! 皆さま、きっと驚くわ」


「お顔が映るので、驚かれるかと思います」


「それがいいのよ!」


侯爵夫人は、とても楽しそうだった。


◇


事件の知らせが届いたのは、その日の午後だった。


「旦那様。北東の山間、ローデ村より急報です」


家令が、書状を差し出す。


侯爵は目を通すと、低く唸った。


「……コカトリスだ」


「コカトリス?」


レオナルドが顔を上げる。


「村の鶏小屋が襲われた。見回りの兵士が三名、それに村人が二名、石にされたそうだ」


「石に……」


「命はある。王都から解呪師を呼べば元に戻せるが、問題は本体だ」


侯爵は、もう一通の書状を開いた。


「グラント殿からだ。すでに討伐隊を率いて、村の近くに拠点を構えているらしい」


「グラント殿が」


「王都からも、参謀官が一人派遣されてきたそうだ。それで……」


侯爵は、書状の最後の行を読み上げた。


「『つきましては、メイド軍師殿にぜひともご助力いただきたく』」


レオナルドが、ゆっくりとソフィアを振り返った。


ソフィアも、首を傾げた。


「……メイド軍師殿、というのは」


「君だね」


「やはり、そうなのですね」


◇


「駄目だ」


レオナルドは、即座に言った。


「今度は本当に危険だよ。キマイラとは違う。見られただけで石になるんだ」


「見られただけで」


「そう」


「それは、大変ですね」


ソフィアは、真剣な顔で頷いた。


それから、少し考えて言った。


「あの、レオナルドさま」


「うん」


「コカトリスというのは、鶏ですよね?」


「…………」


「鶏の魔物だと、本で読んだことがあります」


「まあ、そうだけど……」


「でしたら」


ソフィアの目が、きらきらと輝いた。


「唐揚げにできるのでは?」


「そこ!?」


レオナルドの声が、執務室に響いた。


「心配するところ、そこじゃないよね!?」


「ですが、キマイラも美味しかったので」


「美味しかったけども!」


侯爵が、こらえきれずに咳払いした。


侯爵夫人は、口元を扇で隠して肩を震わせている。


「レオナルド」


「父上、笑いごとでは」


「分かっている。だが、向こうには王都の参謀官もいる。ソフィアに求められているのは、前回と同じく拠点の切り盛りだろう」


「……それは、そうですが」


「お前も行くのだろう?」


「行きます」


レオナルドは、即答した。


「ソフィアを一人で行かせるわけにはいきません」


「では、お前がそばにいればいい」


侯爵は、ソフィアに向き直った。


「ソフィア。くれぐれも前には出ないこと。それが条件だ」


「はい、旦那様。前には出ません」


「よろしい」


「お鍋の前にはおりますが」


「……それは構わん」


◇


出発の朝。


荷馬車に積まれた木箱を見て、レオナルドは首を傾げた。


「ソフィア。この箱は?」


「銀食器です」


「持っていくの!?」


「はい。前の拠点では、食器が足りなくて、皆さん順番待ちをしていらっしゃいましたので」


「ああ……そういえば」


「せっかく磨いたので、使っていただこうかと」


「鏡みたいな皿で、兵士たちがスープを飲むのか……」


「お皿です」


「うん。お皿だね」


レオナルドは、もう一つの箱を指差した。


「じゃあ、こっちは?」


「油です」


「油」


「はい。大鍋三つ分」


「……何に使うの?」


「念のためです」


ソフィアは、にっこり笑った。


レオナルドは、それ以上聞かなかった。


◇


ローデ村の近くに設けられた拠点は、張りつめた空気に包まれていた。


「ソフィア殿! よく来てくださった!」


グラントが、大股で出迎えた。


その後ろで、マルコが書類を抱えたまま頭を下げる。


「メイド軍師様! お待ちしておりました!」


「あの、その呼び方は……」


「ほう」


冷ややかな声がした。


天幕の陰から、細身の男が現れる。


年のころは二十代の後半。銀縁の眼鏡に、皺ひとつない軍服。


「王国軍参謀本部より参りました。参謀官のオズワルドです」


「ソフィアと申します。よろしくお願いいたします」


「あなたが、噂のメイド軍師殿ですか」


オズワルドは、ソフィアを頭からつま先まで眺めた。


それから、小さく鼻を鳴らした。


「なるほど。ただのメイドですね」


「はい。メイドです」


「…………」


「侯爵家のメイドです」


「僕の婚約者でもあるけどね」


レオナルドが、横から付け加える。


オズワルドは眼鏡を押し上げた。


「失礼。キマイラ討伐の件は報告書で読みました。ですが、兵站の整理と料理の助言でしょう? 噂というものは、尾ひれがつくものです」


「そうだと思います」


ソフィアは、素直に頷いた。


「…………」


オズワルドは、少しだけ調子を崩されたような顔をした。


◇


「コカトリスについて、分かっていることを共有しておきます」


作戦用の天幕で、オズワルドは地図を広げた。


「伝承によれば、コカトリスは雄鶏の産んだ卵から生まれる魔物です。その視線を正面から受けた者は、石になる」


「正面から、ですか」


「ええ。ですから、決して目を合わせてはならない。盾を低く構え、視線を伏せたまま戦う。それが基本です」


グラントが、苦い顔で腕を組んだ。


「理屈は分かるが、相手を見ずに戦うのは骨が折れる」


「承知しています。だからこそ、陣形で補う」


オズワルドは、地図の上に駒を並べていく。


ソフィアは、後ろの方で手帳に何か書きつけていた。


「……ほかにも、伝承はあるのですか?」


マルコが尋ねた。


「ありますよ。イタチを嫌う、雄鶏の鳴き声を聞くと死ぬ、自分の姿を鏡で見ると石になる、など」


オズワルドは、肩をすくめた。


「どれも迷信の類いです。戦場に雄鶏を連れてくるわけにもいきませんし」


「そうなのですか」


ソフィアが、手帳から顔を上げた。


「何か?」


「いえ。雄鶏の鳴き声が苦手なのは、少し可哀想だなと思いまして」


「……可哀想?」


「雄鶏の卵から生まれたのでしたら、雄鶏はお父さまのようなものですよね」


「…………」


「お父さまの声が苦手なのは、少し分かる気がします」


天幕の中が、しんと静まり返った。


レオナルドが、そっとソフィアの肩に手を置いた。


――第2話へ続く――

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