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知ったこっちゃないのです。  作者: 豆狸


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第二話 戻れない前世

「ふーん、それで?」


 ニコラッタの声音は心が凍りつきそうなほど冷たかった。

 前世ではこんな声を浴びせられたことはない。

 どんなに俺の浮気に怒っていても悲しんでいても、彼女の声には瞳には俺への愛があった。


 前世とは状況が違うから仕方がないのかもしれない、と俺は思う。

 当然ながら今世の彼女は侯爵令嬢ニコラッタではない。

 この国の王女グレータ殿下なのだ。王女殿下だから隣国の王族である俺の案内を任されたのである。


 グレータ王女はこの国の王妃唯一の子どもだ。

 この国には側妃もいて、グレータ王女にはふたつ年上の異母兄がいる。父親である国王は、悪評の流れる正当な王女よりも寵愛する側妃の息子である庶子の王子に跡を継がせたいと考えているという。

 そんな状況だからグレータ王女は前世のニコラッタよりも心が荒んでいるのかもしれない。


「アモローソのときは、あの女から君を守れなくて済まなかった。君を喪って初めて気づいたんだ。俺が本当に愛しているのは、俺を本当に愛してくれていたのは君だけなのだと」

「だから?」

「だ、だから……今世でも俺と婚約してくれないか? 君にはまだ婚約者がいないのだろう?」

「前世みたいにラドロ王子に頼まれたの? 私を隣国へ嫁がせて、この国の王位から遠ざけろって。お生憎様。今世の私は貴方を愛していないわ。愛することもない。前世で死んだとき、私が微笑んでいたのを覚えている?」

「あ、ああ、忘れるはずがない。君は死の瞬間も俺を愛してくれていたのだろう?」

「そうよ、あのときまでは愛していたわ。でも微笑みの理由は愛していたからじゃない。これで貴方への、婚約者の公爵令息アモローソへの愛や未練を感じなくても良くなる、そう思ったら自然に笑みが浮かんでしまったのよ」


 グレータ王女の嘲笑に、俺への愛はかけらもなかった。

 まさかラドロ王子との密約まで知っているとは思わなかった。

 ラドロ王子はグレータ王女の異母兄だ。前世で俺がお仕えしていた第一王子にそっくりな彼に前世の記憶はないようだ。似ているだけの別人なのかもしれない。


 彼が王位に就くためには正当な血筋であるグレータ王女が邪魔だった。

 だから俺に縁談を持ち掛けてきたのだ。

 俺もまた隣国王の庶子で、ちょっとした失態が原因で不安定な立場にあった。他国の王女と婚約出来たら故郷での発言力が増す、そう考えたことは否定しない。王侯貴族の結婚には政治的な利益も必要なのだ。


「ねえ、ジョルジャ王子殿下。いいえ、あえて今はアモローソと呼ぶわね? 前世の私は貴方の浮気に耐え兼ねて、何度も婚約解消を申し出ていたわ。貴方がそれを拒んだのは当時の王国一の権勢を誇っていた私の実家の侯爵家の後ろ盾を公爵家が欲していたのもあるし……なにより公爵家次男だった貴方が忠誠を誓っていた第一王子の政敵、第二王子に力を与えたくなかったからなのでしょう?」


 侯爵令嬢ニコラッタと公爵令息アモローソの婚約が解消されたら、彼女は第二王子の婚約者になっていただろう。第二王子はそれを望んでいた。

 ニコラッタの実家は中立派で、ふたりの王子はどちらも侯爵家を派閥に入れたがっていたのだ。

 俺の実家も本当は中立派で、側近となった俺だけが第一王子の派閥に属していた。だから俺はどんなに侯爵家から婚約解消を打診されても受け入れなかった。


「前世の私は両親に愛されて育った幸せな令嬢だったから、私達の婚約の裏にあるそんな事情には気づいていなかった。でも今世でグレータ王女として生まれて、過去の歴史を調べたり王宮で権謀術数に晒されたりしているうちに学習したの。というか、ねえ? 第一王子の命令で婚約者やってたんだから、浮気なんかせずに私を大切にすれば良かったと思わない?」

「それは、その……」

「前世でも今世でも貴方は魅力的よ。でも前世の記憶があるのなら学習しなさいな。貴方が我が国へ留学して来たのは、隣国で女遊びをし過ぎたからじゃない」


 彼女の言う通りだった。

 今世の婚約者に浮気を理由に婚約を解消されて、それで俺は前世の記憶が蘇った。

 母親の身分が低い王子としては最高の縁組だったので、故郷ではこれ以上の話は望めない。


「……」


 俺は俯いた。

 グレータ王女の言葉には取り付く島もない。

 遅かったのだ。もう前世には戻れない。俺を愛してくれていたニコラッタは、あのとき永遠に失われてしまったのだ。

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