存在進化の果てに――天の報告
アンブラフォールの暗闇を抜け、転移術式が空間を貫いた。
薄暗い祠の空間に、聖なる光が滲むように降り注ぐ中――
五人の天使は、ゆっくりと、床へと着地した。
その瞬間、瓦礫のような鈍い音が響く。
神力を使い果たした佐和子が、膝から崩れ落ちたのだった。
その身体は縮み、かつての小さな姿へと戻っていた。
右腕は砕け、力が入らない。
左手だけで必死に身体を支え、震える唇から、かすかな声が漏れる。
「……よかった……生きてる……みんな……」
涙を浮かべた小さな瞳が、光の中に立つ仲間たちを見つめた。
ふるえる指先が、順に――まるで抱きしめるように
――仲間たちへと伸ばされていく。
そこに映ったのは、戦いの果てに“変化”を遂げた、
まばゆき四人の姿だった。
最初に歩み寄ったのは紗耶香。
かつての儚げな薄翼ではなく、蝶の羽根のように優美な四枚羽が、
しなやかに舞い揺れていた。
金色の瞳がまっすぐ佐和子を見つめ、
頭上には螺旋状の光輪――思考の深みを映す、神秘の紋。
紗耶香はひざまずき、涙をたたえた目で佐和子の小さな手をそっと握る。
「……おかえり」
佐和子の声は、ほんの少し、震えていた。
次に光の中から立ち現れたのは恵。
その瞳には柔らかな花の文様が浮かび、
背には緑と金の二重光輪が静かに回転していた。
意識はまだ朧げながらも、その手から放たれる癒しの微光が、
砕けた佐和子の腕にぬくもりを与える。
夏樹は――いつものように明るい笑みを浮かべながら、
勢いよく佐和子を抱きしめた。
「ただいまっ!」
胸元の開いたアーマーが光を反射し、背中の翼は以前より巨大化。
その上には、太陽のように輝く燃える光輪が浮かんでいた。
しゃがみ込みながら、紗耶香と恵の肩へも手を添える。
「みんな、よくがんばったよね」
最後に、無言のまましゃがみ込む志津香。
彼女の背には、精密な構造を思わせる金属質の四枚翼。
その間に浮かぶ光沢あるリングは、淡く静かに回転していた。
戦闘服はわずかに変化し、スカート丈が5cm短くなっていたが、
その気品と冷静さは変わらない。
「全員無事で、戻れました」
そっと佐和子の肩に手を添える。
そして――
そのとき。祠の上部、天蓋のように広がる空間に、清らかな呼び声が響いた。
「全員、謁見室へ。ガウ様が待っている」
空間に銀の楕円が浮かび、それがゆっくりと扉のように開いていく。
五人の天使たちは、それぞれの傷と変化を抱きながら、
静かに立ち上がった。
ちび佐和子が、一歩を踏み出す。
「……さ、報告しに行く。ちゃんと、“私たち”の勝利を」
ちび佐和子のその言葉に、他の四人が頷いた。
そして――
天界へと続く、まばゆい光の通路に、五つの影が静かに進んでいった。
* * *
天界の玉座に身を預けながら、
ガウはもどかしげに肘掛けを指で叩いていた。
(なぜだ……とっくに転移していていいはずだろう)
大悪魔アイムの拠点は隕石ごと跡形もなく消し飛び、
残存勢力の掃討も完了した。
今、ミリアムたちは総出で地上の被害状況を集計している最中だ。
だが、その報告書を読むたびに、胸の奥に渦巻くのは――複雑な後悔。
(……ドリップに先を越されそうになって、ムキになってしまった。
あろうことか、ミリアムにまで八つ当たりするとは……)
忸怩たる思いが、肩の奥からじわりと広がる。
(被害は最小限に抑えたつもりだった。……それなのに――)
愛しの“あの子たち”の戦果よりも、
隕石落下の衝撃の方が世間では大きく取り沙汰されている。
ガウは大きく息を吐き、光の粒子が口から零れた。
それはふわりと宙を舞い、
天界の広場で戯れる新米エンジェルたちの中へと溶けていく。
ようやく――祠の奥から転移の光が現れた。
すぐに傍らの天使たちが伝令に動く。
実際には10分も経ってはいなかっただろうが、
ガウは周りの天使達に何度も伝令をしたか確認をする。
そしてーー夏樹たち五人が、ゆっくりと空間を抜けて姿を現れた。
存在進化を果たし、身体は傷つきながらも、
確かに“無事”であることが伝わってきた。
その姿を見た瞬間、ガウの口元に自然と笑みが浮かんだ。
「……あのー、怒らないですか……?」
夏樹が恐る恐る声を上げる。
「君たちは――よくやった」
ガウの声は、静かで、優しかった。
「ぜ、絶対怒られると思ってましたぁ……!」
安心した夏樹がへにゃりと力を抜くと、
様子を伺っていた紗耶香が真っ先にガウへと近づき、
きらきらと目を輝かせながら、両手を前に揃える。
「大悪魔アイムを撃破し、ドリップたちの支援を受けながらも、全員が無事に帰還した。
……そして、佐和子を除く四名はすでに存在進化を終えている。
正式な昇格手続きはこれからだが――約束しよう」
「ほんとですかぁっ!!」
夏樹と紗耶香が声を揃えて歓喜し、ぱっと顔を見合わせて満面の笑みを交わす。
そのとき、ふと紗耶香が眉を寄せた。
「……それにしても、大悪魔アイムって……私たち、姿も見てませんし。
どんな悪魔だったんでしょう?」
その瞬間、ガウの肩がぴくりと跳ねた。
「――おい、やめろ」
「え?」
紗耶香がきょとんと目を見開く。
ガウは一瞬視線を逸らし、淡々とした口調に戻って告げた。
「……いや。昇格の件は約束だ。ただし――その話は忘れてくれ」
どこかうんざりした声音に、五人は顔を見合わせる。
「……まずは、ゆっくり休むといい」
そう言ったあと、ガウは一拍置いて、佐和子に目を向けた。
「――佐和子。君はここに残ってくれ。話がある」
静かに響いたその一言は、空気を変えた。
それはただの呼びかけではない。
新たな運命の始まりを告げる、静かな鐘の音のようだった。
もし楽しんでいただけたら、評価をいただけると励みになります!
看護師天使達応援いただける方は"いいね"をお願いします。




