砂時計が落ちるとき
残酷描写がありますので、苦手な方は飛ばしてください。
確かに、佐和子をこの場から排除するのは戦術的には魅力的だった。
だが――今この瞬間に限って言えば、それは最善ではなかった。
「縮地」
その声とともに、再度志津香が空間を裂くように現れた。
グラシャラボアスの前に割り込み、小太刀を閃かせる。
刃は正確に関節を狙い、切り刻んでいく。
「チッ……!」
ラウムはわずかに眉を動かし、志津香に視線を移す。
「魔素を神力に変換できるなど……もはや下級天使の域ではないな」
志津香の手元に、淡く輝く小さな盾が現れる。
それは古河家に伝わる、神気の防御術式。
「九院流・甲」
「腕だけで防げると思うなよォ!」
切られた関節を瞬く間に再生させながら、グラシャラボアスが腕を振り上げる。
その顔には、痛みよりも興奮が浮かんでいた。
「足にも踏ん張りをきかせておかないとなぁ!」
下品な笑いと共に、志津香ごと盾を上から押し潰すように殴りつける。
その一撃は、地面を抉り、瘴気を巻き上げるほどの威力だった。
「ぐっ――!!」
志津香は盾を構えたまま、必死に耐える。
だが、全身の骨が悲鳴を上げ、膝が震えた。
それでも、彼女は崩れなかった。
敵は明らかに佐和子に狙いを絞っている。
ここを安易に突破されるようではーー私たちは詰みだ。
夏樹はふと、出発前のガウとのやり取りを思い出していた。
『五人揃ったら、必殺技でも使えるようにしておこうか』
「エンジェル・リングとかナース・フラッシュですか!!」
夏樹は鼻息荒く食いついた。
「いえ、結構です」恵が即答。
「絶対にやめてください」紗耶香が追い打ちをかける。
「私も年齢的にちょっと…」佐和子は苦笑い。
「ちょ、ちょっと待って! 絶対いいって、それ!」
夏樹は両こぶしを握りしめ、力説した。
「みんなでやってるって感じしますね」志津香が少し微笑んだ。
――そうだ。反対多数で却下されたはずなのに。
「こんな時のために、私、リーダー権限で実装してもらってました!」
夏樹は大きな胸を反り、堂々と宣言する。
「あなた達だけでも、佐和子さんのところへ!」
「そんなの、できるわけないじゃない!」恵が言った。
「そうよ、必殺技は五人揃わなきゃ使えないじゃないの!」紗耶香も叫ぶ。
「実装したのは……エンジェル・リングよ!」
「……嫌とは言えないかぁ」恵が苦笑い。
「夏樹がリーダーでよかったよ」
紗耶香がやつれた顔でにっこりと微笑んだ。
* * *
「相談は終わったか?」
その声が響いた瞬間、空気が凍りついた。
「そもそも下級天使の駆逐など、儂がおれば十分じゃった」
グレモリーは一瞬で間合いを詰め、恵の顔面を蹴り上げた。
その一撃で、恵は意識を失い、地面に崩れ落ちる。
その動きを、紗耶香も夏樹も、志津香すらも、誰一人として目で追えなかった。
「それを、あのラウムが偉そうに指示しおって……」
グレモリーは気絶した恵の顔を、さらに無慈悲に蹴り上げる。
そのたびに、恵の体が無抵抗に跳ね、地面に叩きつけられる。
「駄目っ!」
紗耶香のひび割れた翼から、濃い霧があふれ出す。
それは彼女の怒りと、必死の抵抗の証だった。
だが――
「早く消滅しろ、屑め」
大悪魔の容赦ない前蹴りが、何度も何度も浴びせられる。
そのたびに、空気が裂け、瘴気が渦巻いた。
「このっ……シールドバッシュ!」
夏樹が渾身の力でグレモリーに体当たりを仕掛ける。
だが、老人のようなその体は、ぴくりとも動かなかった。
それどころか、これまで幾度も夏樹を守ってきた盾が、音を立てて砕け散る。
「お前も一発くらいたいのか?」
見えない蹴りが、咄嗟に上げた夏樹の腕を抉った。
骨が軋み、血が飛び散る。
佐和子は、必死に駆けつけようとしていた。
だが、セーレとアロケルがその行く手を阻み、足止めされている。
志津香も、グラシャラボアスをいつまで抑えられるかわからない。
そして、ラウムはねばつくような視線で、佐和子の一挙手一投足を監視していた。
まるで、彼女が動く瞬間を待ち構えているかのように。
「間に合わないかもしれない……」
佐和子の口から、初めて弱気なつぶやきが漏れた。
* * *
「お前は頭をかち割ってすぐに楽にしてやろう」
グレモリーが、ガードの崩れた夏樹にとどめの前蹴りを放とうとした瞬間――
ズガァン
突然、宙から巨大な砂時計の影が差し込み、
そのままグレモリーの頭を踏みつけるように着地した。
「おっと、失礼」
砂塵が舞い、現れたのは砂時計の神・ドリップ。
「とんだところに出くわしたな」
その足元で、グレモリーが顔を地面にめり込ませて呻く。
「ドリップ早く、後ろが詰まってる!」
背後からユキの声。
ドリップは肩を竦めると、ちらりと天使たちを見渡し、
「お嬢さん達、大ピンチだったなぁ」
呑気な口ぶりだが、瞬時に状況を把握していた。
「この足をどけんか、クソがっ!」
グレモリーが激昂するも、頭を押さえつけられたまま。
「武雄が転移の異常を知らせてきたんだ。志津香を何としても助けてくれってな」
その名を聞いた志津香の瞳が一瞬揺れた。
「ありがとうございます」
夏樹はさすがに目線を逸らす余裕はないが、きっちりとお礼を言った。
ドリップはにやりと笑って、
「貸しひとつにしておくぜ。…で、その様子じゃ存在進化が始まってるんだろう。
脱出の当てはあるのか?」
ちらりと視線を上げると、紫の雲が渦巻き、雷が轟く空間。
「俺達が来た入り口も、すぐに塞がっちまったぞ」
夏樹は頷くと、砕けた腕を無理やり動かし、恵を抱え上げた。
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