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7.思い出

「うわ、アスール、また突っ込んだのかよ?」


 腰に手をあてたニゲルが呆れたように見下ろしてきた。そこへブラオも顔を出し。


「うーん。すごいね。これは。血まみれアスールの出来上がりだ。…見たことのない出来だな?」


 そう言ってコロコロと笑う。


「アスールはカリマに言われていたんじゃないのか? 突っ込むなと」


 どこかたしなめるように背後から声をかけたのはアジュールで。

 三人に散々に言われたアスールは立つ瀬がなく、そこへ座り込んだまま三人を見上げている。アスールは確かに頭のてっぺんから足の先まで野獣の血にまみれていた。

 皆で狩りに出た結果がこれだった。野獣を見つけ皆で狩ったのだが、数を競ったため気が急いた。つい、我を忘れて突っ込んだ。

 野獣の急所に剣を突き刺し、その反動で剣を取られ尻餅をついた。野獣がそれで絶命したからいいものの、そうでなければ命も危なかっただろう。


「アスール! 大丈夫か!」


 遠くからセリオンが駆けてきた。カリマもそのあとに続く。野獣を追ううちに二人からは離れていたらしい。


「セリオンの従者は無鉄砲だな? 主も放って突っ込むとは」


 冗談めかしてアジュールがそう言えば。セリオンが返す。


「真剣になったからこそです! ──確かに、無鉄砲ではあったけど…。けがは? アスール」


「……大丈夫です。申し訳ありません…」


 すっかり縮こまったアスールを、脇からカリマが引き起こす。


「立てるか?」


「…ありがとう。カリマ」


 しょげかえるアスールにカリマも小言は言えないらしい。ただだまって顔についた血のりを手にしたハンカチで拭き取ってくれる。


「ごめん…。セリオン、放ってしまって…」


「いいって。だいたい、兄上たちは従者を誰一人連れてきていないんだから。今日は、従者じゃない。ただのアスールとして参加したんだ。俺とカリマの友人だ」


「…ありがとう。セリオン」


 泣きたい気分だった。自分が情けない。幾らセリオンが庇ってくれたとは言え、やはり、従者であることを忘れてはいけないのだ。すると、その空気を変えるようにアジュールが。


「よし、次は川で泳ごう。狩りで皆汚れただろう? それに今日は日差しも熱い」


「賛成!」


 ニゲルが両手を上げて喜ぶ。そんなニゲルにブラオも賛成のようで。


「確かに、汗と血は落としたいな…。このまま帰ったら乳母や侍女にどやされる。中に入れてもらえないだろうな」


 それで決まりだった。全員で馬を引き連れ近くの小川へと移動する。

 王宮の敷地は広大で、森も小川もあった。だいたいにして、城の裏が深い森なのだ。その先は険しい山となっている。

 安全が保たれるように、人が入り込める範囲までは城壁がめぐらされていた。その上を兵が終始監視を怠らない為、城内での安全は保たれている。

 その為、裸で川に飛び込もうが、草原を駆け回ろうが、警護のものを引き連れる必要はなかったのだ。

 それでも、念のために行事の際は連れて歩くが、今日のようなただの遊興の場合、連れて行くことは少なかった。


 川辺に着くと皆、我先にと飛び込む。

 カリマだけは渋々と言った具合にその輪に混じっていた。

 アスールはそこへ混じるのを躊躇う。やはり自分は従者なのだ。皆に危険がないよう、ここで見守るのが務めだろう。

 皆の様子が分かる川辺の草地に腰を下ろせば、頭をポンと叩くものがいた。

 驚いて見上げれば、そこに髪から水を滴らせるアジュールが立っていた。いつの間に川から上がっていたのか。


「…アジュール様?」


「アスール。遠慮するな。一緒に川に入ろう」


「でも……」


「すまなかった。俺が余計なことを言ったから気にしているんだろう?」


「え!? いえ、違います! その、俺――私はやはり従者で、いくらセリオン様がいいとおっしゃっても、それを忘れるべきでなかったと──」


「敬語はよせって。ここは俺たち以外だれもいない。セリオンとカリマの友人、アスールだ。そうだろ?」


「──はい」


 アジュールは優しい。いや、ここにいる皆が優しかった。誰一人、アスールを見下すものがいないのだ。アジュールはアスールの傍らに腰をおろすと。


「君がセリオンの従者になって、嬉しいんだ。セリオンは甘えたい時期にずっと放っておかれていたからな? いい遊び相手ができたと思ったんだ。セリオンは君と出会ってからずっと楽しそうだ。これからも、支えてやって欲しい。──友人としてな?」


「……はい」


 そんなこと、許されるのだろうか。

 執事や王の従者からは口酸っぱく、王子として接することを忘れるなと言われている。すると、それを察したかのようにアジュールが、


「大人の前ではふりをすればいい。セリオンだって分かってる。けれど、こうして身内だけの時はいつも通りでいいんだ。誰も君を咎めたりしない。君のことは弟の一人だと思ってるくらいだ。四人も弟がいるんだ。一人増えようが二人増えようが変わりない。だから、君らしくいればいい。そうしてくれた方が皆嬉しい」


「…ありがとう、ございます」


 思わず泣きそうになった。それを見て、アジュールは笑う。


「そら、また敬語だ。次言ったら川に放り投げるぞ!」


「え?! そ、それは──」


「ほら! ぐずぐずしてると──」


 そう言う間に、アジュールはアスールを抱え上げ、ぽんと宙に放った。


「──!?」


 声も上げる間もなく、川に落ちる。


「アスール!」


 セリオンが音に驚いて慌てて川をさかのぼってきたが、それより前、先に気づいていたカリマがアスールを水の中から引き上げる。それを見て、アジュールが笑っていた。


「よかったな! アスール。君には忠実なが下僕(しもべ)が二人もいる!」


「ア、アジュール様!」


 従者とは。確かにセリオンもカリマも、いつもアスールにぴったりと張り付いている。


「兄さん! ふざけるのはよしてください! アスールが溺れたらどうするんですか!」


「アジュール様でも、アスールを害するのはいただけません」


 セリオンとカリマがそれぞれ抗議した。アジュールはやれやれとため息をつき。


「これじゃあ、アスールを大切にしないと、弟と忠実な家臣を失うことになりかねないな。気をつけよう」


 そう言って笑った。ブラオもニゲルも笑う。


 幸せな思い出のひとつだ。

 そこに、第三王子シアンがいない事が、今更にして悔やまれた。



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