火祭り1日目① 準備開始
「ふわぁあ~…朝だ」
もう少し寝たい…が、そうはいかない。今日は火祭り本番だ。目を擦りながら1階に降りると、すでにテーブルには、いつものようにパンとソーセージ、果物が置いてあった。
「おはよう。今日は町内会の手伝い頼んだね」
「わかってるよー」
クルトに少し不満気に応えながら、椅子に座る。本来なら子供だけの『エスプロヴェート』に参加するところだが、私は手伝いのために参加できないのだ。
そんな私とは対照的にガタガタッと褌姿で降りてきたトトルは興奮しながら朝食を食べ始めた、と思ったら、急に立ち上がり、
「おじさん! 最後のとこさ、やっぱりこっちの方がカッコいいかな?」
パンを持ったまま山車の上でキメる最後の決めポーズをするトトルを見ながら、レブロが椅子に座る。
「それよりちゃんと食っとかないと、最後までもたないぞ」
「えー! どっちだよ!」
クルトが笑いながら席につく。
「昔、レブロも同じことしてたよ。最後の決めポーズをいくつもしてたけど、結局最初に決めたのになってたけどね」
「おじさんも?」
トトルがレブロを見つめるが、レブロは視線を合わせず、罰が悪そうに無言でパンを食べ始めた。
「うーん、じゃあ、やっぱり昨日決めたのにするよ!」
「あぁ、バッチリ決めてこいよ」
「わかってるよ!」
レブロに軽くポンっと頭を叩かれたトトルは、照れ臭そうにしている。
すると、クルトが突然立ち上がり「忘れるとこだったよ」と言いながら、、小さな小袋を2つ持ってきた。
「はい、ステラ、トトル。お小遣い。あんまり無駄遣いしないようにね」
手渡された小袋を振ると、チャリチャリと音がする。そこそこ重たい…。
トトルはすぐに袋を開けて、いくら入っているか確認しだす。
…私も見たい…見たいけど!!
昔…というか前世でお年玉を貰った時、すぐに中を開けて確認したら、親に凄く怒られた記憶があるので、見たい気持ちを我慢する。
自分の袋をテーブルに置いて、水を飲みながら横目でチラチラとトトルが置いた硬貨を見ながら、予想を立てる。
正直、この町にいるとお金を使う機会も少ない…お洒落なカフェもなければ、可愛い服も売ってない。
唯一、魔法が欲しいと思うくらいだ。まぁ、なくてもこうして生活できているから、問題もないんだけど。どーせ、火属性以外の魔法は使えないし。
トトルが数え終わったお金を袋に戻していると、外から男の子達の声が聞こえてくる。
「すいませーん、トトルいますかー?」
「トトル、友達が来てるぞ」
「じゃ、行ってくる」
勢いよく水を飲み干したトトルは、飛び出すように部屋を出て行った。
「おはよーなぁ、出店どんなんがきてるか見てから行こうぜ!」
「おぉ、いいね! それ!」
「俺、今年こそあれやってみたい!」
…いいなぁ、トトルは友達がいて…って、私ものんびりしていられない!
すぐに支度をして、「いってきまーす」と言いながら、通りに出ると、
「うわぁ~ッ色が変わってる!」
町中の軒先に吊された真っ赤な提灯が町並みに色を添えている。提灯はタトルの葉っぱで出来ていて、昨日までは緑色だったが、炎の熱で色が変わり、真っ赤になっている。
普段なら人通りも多くない時間帯だが、今日は祭の準備で、すでに賑わっていた。
うぅ~ッ、テンション上がってきた!!
広場に着くと、ステージや出店が完成していて、普段見かけない人や見たことないような出店が沢山でている。ゆっくり見て回りたいが、今は時間がない。
駆け足で町内会の出店へ向かうと、すでに婦人会の人たちが集まっている。
「おはようございます! 何か手伝うことありますか?」
「おはよう、ステラちゃん。朝から元気いっぱいね! そうね、まずはこれをつけてちょうだい」
「わぁ! 可愛いですね! いつものエプロンと全然違う」
「せっかくだから、フリルレースもつけて可愛くしてみたのよ、気に入ってもらえら良かったわ」
婦人会を取りまとめているナタリナおばさんから真っ白なフリフリのエプロンを受け取り、出店の中に入る。
中には、大量の箱詰めされたフィナンシェと出店で焼く為の材料が置いてあった。
「さ、今から店先に並べて、焼く準備するわよ! みんな手伝って!」
「「「はーい」」」
婦人会の奥様方が手際良く準備を始める。私も箱詰めされたフィナンシェを端から5個入り、10個入りと並べながら、フィナンシェのパッケージを見つめる。
『エルド町長も絶賛! 新名物フィナンシェ ―美味すぎてほっぺっが落ちちゃう』という文字と一緒に、町長の顔のイラストが全面に入っている。
会議の時にクルトやレブロを通して、フィナンシェのパッケージについて意見を出していたのだが…結局、町長のイラストが付いたものが採用された。
しかもフィナンシェの焼印もハートの予定だったが、町長が自分の顔を入れたいと言い出して、結局焼印もパッケージと同じ町長の顔の焼印が入っている。
…はぁ…まぁ、これはこれで名物っぽいからいいけど…私としてはもっとオシャレなパッケージにしたかった。それに町長が変わったら、どうするつもりなんだろ? でも、もう決まったことだし、ぐちぐち言っても仕方ない。
割り切って手伝いをしていると、真っ赤な服に緑の葉っぱの冠をつけた子供の集団が走り去っていく。山車の周囲で、火を配る役の子供達だ。ちょっとだけ羨ましく見ていると、
「マーマーッ! マーマーーッ! マーーマーーーッ!!」
3歳くらいの女の子が、父親におぶられてやってきた。小さな体のどこからそんな大声が出せるのかわからないが、一生懸命に叫んでいる。すると、出店のテントの中から1人の女性が出てきた。
「あらあら、寂しくなっちゃったの?」
「ごめん、集合場所に向かってる途中に騒ぎ出しちゃってさ。俺じゃ手におえなくて… いたたたっ」
「コラコラ、パパの髪引っ張ったら、さらに減っちゃうからダメよ!」
「ママみーてー! みーーてぇーー!」
「まぁ、可愛らしい火の精霊ね! 今日はちゃんとパパの言うことを聞くのよ!」
「はぁーい」
母親に会えて安心したのか、父親に手を引かれて歩いて行く。
…あんなことがなければ、きっとリアンも祭りに参加して、トトルのところに顔を出していたはずだ。
よし!!
「ナタリナさん、すいません! 準備終わったので、ちょとだけ弟のところに顔出してきてもいいですか?」
「いいわよ! トトル君、火の精霊様をするんでしょ? 凄いわね!」
ナタリナさんにお礼を伝え、急いでトトルのいる学校を目指す。
学校に到着すると、すでに多くの子供たちやその保護者が集まっていた。多いな、それに見たことない子もいるんだけど…。
山車の近くに視線を向けると、褌の集団がいた。
「あ! いたいた! トト…」
トトルを見つけ、近寄ろうとした瞬間、大きな声が響く。
「ハァ~~?? アンタら何言ってんのよぉ? ちゃんとぉ〜あーしら、やってんじゃんか」
「いや、お前らいつも早いんだよ! ちゃんと山車あげるタイミング合わせろよな!」
「マジムカつくんだけどぉ?」
―ヤバい。アカヒメ、アオヒメが男子と喧嘩してる。
私はとっさに見つからないように、近くの物陰に隠れる。
アカヒメとアオヒメは、私の考える『ヒメ』のイメージからかけ離れたガングロギャルだ。
2人とも髪はツーブロックで、焼けた肌にムキムキの強靭な肉体をもっている。違いと言ったら、アカヒメは、髪が赤で、アオヒメは、青と言うくらいだ。まぁ、ちょっとだけアオヒメの方が細いかな。
ま、従姉妹だし似てて当たり前なのだが…。しかも、2人とも彼氏がいて、成人と同時に結婚するらしい。
大人が担ぐ山車は男性のみだが、子供の担ぐ山車は、女子でも肩合わせして問題なければ参加できる。だが、ほとんどの女子は身長が足りず、参加できない。
ところが、アカヒメとアオヒメは身長が170センチ超えていて、体つきも男子にひけをとらない…というより男子よりすごい。
白いショート丈のタンクトップとショートパンツの間から、ムキムキな上腕二頭筋とエイトパックの腹筋が見えている…。
私がなぜ彼女たちの名前を知っているかと言うと…?
「おーい! アカヒメ、アオヒメ!」
ドンッドンッという大きな足音とともに、褌のモヒカン大男が2人やってくる。
…いつみてもデカい…3メートルは超えてる…。
「ゲーッ、父ちゃんじゃん」
「オイオイ、父ちゃんがきてやったんだ! 喜べよ!」
…そう。2人の父親達なのだが、このガラキとザラキがこの町に住み着く…いや、移住するきっかけになったのが、レブロなのである。
冒険者だった2人が偶々火祭りでレブロをみかけ、「俺たちも山車に参加したい」と移住してきたのだという。
レブロが戻ってきてからは、レブロの舎弟のような存在で、度々姪の私も声をかけられている。
「アカヒメ! 喧嘩すんなよ」
「アオヒメも喧嘩すんなよ」
「うっせーよ!!」
「オイッ!! お前ら、うんこ座りはやめろ! 仮にも女の子なんだぞ! 死んだかーちゃんが泣くぞ! …グハッ」
「うっせー! じじぃ! かーちゃん死んでねーし! お前が逃げられただけだろ!」
アカヒメの右ストレートをもろに腹に受け、ガラキがうずくまる。
…ガラキでなければ、おそらく死んでいただろう。
「あーしら、気にしねーし!」
ガラキの話を無視するように、2人はヤンキー座りで座り込んだままだ。
「お前ら、ちゃんと…ッ!」
再びガラキが立ち上がりアカヒメに近づく。すると、アカヒメも立ち上がり、キレのいい右ストレートを繰り出した。
「あっぶね…」
ガラキが後ろに飛んで交わす。
流石に2発目を食らったらやばいと思ったのだろう。
…って、こんなことで時間潰してたら、トトルに声かけられない!
とその時。
「オイ! うるさいぞ! そろそろ準備しろ!」
トトルがアカヒメとアオヒメのところへやってきた。
「へー、あーしらに命令すんのぉ?」
「そろそろ準備だから、来いって言ってんだよ!」
詰め寄るアカヒメとアオヒメに一歩も引かずに、トトルは立っている。
ヤバい! 殴られるッ!
ブチュゥウウウウ~ッ
一瞬で気まずい沈黙が訪れる。
突然のキスに立ち尽くしていたトトルが、すぐに口を手の甲で押さえ、後退りする。
「なッ、何すんだよ!!」
「アンタ度胸あんじゃん」
「アカヒメ浮気ぃ? マー君泣くんじゃねぇー?」
「あぁ? マー君そんなんじゃ泣かねーし! 浮気くらい許してくれる男だしぃー」
「つーか、アカヒメ、男の趣味わっる!」
「アオヒメに言われたくねーしぃー」
「あぁん?」
トトルのキス事件から一転、アカヒメとアオヒメの喧嘩に発展しそうだと思っていると、ピーッと笛が鳴る。
「そろそろ祭りに参加する子供は班ごとに集まってください」
先生の号令に、アカヒメとアオヒメが、ガラキとザラキに連れられて、渋々ついて行く。
トトルは立ち尽くしたまま、まだ手の甲で口を塞いでいる。
おそらくファーストキスだったのだろう…アカヒメに無惨に奪われたのだから、精神的ダメージは大きいはずだ。
それを知ってか知らずか、誰もトトルに声をかけようとしない。
…ドンマイ…トトル…私は何も見てないよ…。
姉としての優しさで、声をかけずに立ち去ろうとすると、後ろに目を見開き青ざめたような女の子が立っていた。
そして、その手にはランプが握られている。
…もしかして…トトルのこと…。
気になりつつも、足早で出店へ戻ることにした。




