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第4話 3【キャロル】





 彼女はズボンのベルト部分に腰を下ろしている。その姿は馬に乗る騎士の如く。女性の下半身の体温が、布を伝って間接的に伝わる。



「@;lkじょkふじこ1!?」



 顔を真っ赤にさせる僕の姿を心底面白そうに眺めながら、女性が腹の上で笑った。



「ごめんなさい、私ったら……エクセプションの方ってこの近辺じゃ珍しいからつい、興奮してしまって」



 己の行動を振り返り、恥ずかしそうに首をすくめる女性だったが、現状恥ずかしいのは仮にも男の上に馬乗りになっているという点ではないのか?


 吸って吐いての深呼吸を三度繰り返したところで、かろうじて思考能力を取り戻した僕は、震える声で言った。



「そそそ、そうかもしれませんね、黒髪ですし、この世界では珍しいですよね――――あ」



 口を滑らせたことに気が付く。一瞬にして血の気が引き、暑さのせいとは違う、冷たい汗が全身の汗腺から吹き出す。女性の赤い唇が、ニヤリと吊り上がった。



「そうねぇ……アナタみたいな方はとっても珍しいの。だって、この世界で純粋の黒髪に瞳なんて奴隷くらいのものよ。それなのに、アナタは今もこうして自由に行動して生活している。これってとてもおかしなことなのよ? 可能性があるとすれば一つ。あちらの世界からやってきたばかりの迷子さんかしら? 大方、メルヴィン様たちに助けられたのね。運のいいこと」



 彼女はどうやら僕の素性を最初から知っていたようだった。身の危険を感じ、咄嗟に体を起こそうとするが、馬乗り状態だった彼女が僕の体に覆いかぶさるように倒れてきて、両手首は彼女の手によって床に縫いつけられる。封じられた手首は石のようにビクともしなかった。



「くっ! 魔法か!」



「魔法なんか使っていないわ。純粋な腕力よ」



 腕力勝負でいえば、いくら日頃運動をしていない僕でも、女性に負けるほど弱くはないはずだった。まして、全力の男の力を持ってしても、ビクともしないなんて、考えられない。


 焦る僕の耳もとに顔を近づけたかと思うと、彼女は、



「君は本当にバカだな」



 低く唸る声で罵倒したかと思えば、ワンピースの下に手を突っ込み、取り出した果物ナイフの切っ先を僕の首筋に当てた。よもや何度目かの命の危機に生唾を飲む。


 彼女が右手でナイフを持ったことにより、解放された左手だが、命を握られている状況で下手に動くことはできない。しばらくこう着状態が続き、僕に抵抗の意思がないと悟ると、彼女は満面の笑みを浮かべて僕の右手を左手で持ち上げ、自らの胸へ導いた。依然、ナイフは頸動脈に宛がわれている。


 あまりの衝撃に顔、もしくは下半身に血液が集合する――――かと思われたのだが。



「……あれ?」



 僕が触れたのは、女性の胸とは程遠い――――それこそ「板」だった。



「あーあ、女性の演技って疲れるんだよなぁ……毎回こうなんだから、参っちゃうよ、本当。私が男だって、どうして気が付かないんだろう。男におっ勃てられる身にもなってほしいよ」



 彼女――――もとい、彼の言葉で。



「え、男……?」



 顔面蒼白の僕を呆れた顔で見下ろしながら、彼は言う。



「普通分かると思うんだけどなぁ。そこまで分からないものなの?」



 女性にしては低いと思っていた声が一段と低い、それこそ男の声に変わり、理解したくない現実が目の前に広がっている事態に意識が遠退く。



「お、男……」



 未だ動揺する僕に、彼は一瞬ムッとした表情になり、何を思ったかワンピースの裾を胸元まで豪快にまくり上げた。



「だから、男なんだって言ってるじゃないか。ほら、これで信じたかい」



 本来ならば絶景になるはずだった光景は今は地獄絵図でしかなく、現実を無理やり受け入れるしかなかった。


 どこの世界に男の胸板を見て興奮する男子高校生がいるんだよ。

 いや、いるかもしれないけど、少なくとも僕は違う。



「嘘だ、そんなの絶対嘘だ……」



「いや、いい加減信じなよ。ていうか泣かないでよ」



 腕力勝負で勝てなかったはずである。見た目は細いが少なくとも、運動を全くしない僕に負けるような鍛え方はしていないようだ。


 そういえば、と僕は正体が男だとバレる前の彼の言葉をふと思い出す。



『私はキャロル。エドワーズ様とは古い知り合いで、メルヴィン様なんか、それこそお生まれになった時から知っていますわ。私、あの方の教育係をしておりますの』



 彼は、確かにそう言っていた。

 エドワーズさんの古い知り合いで、生まれた時からメルヴィンの教育係?


 それってつまり――――



「あなたは……エリスの関係者、なんですか?」



「ご名答。ていうか、ここまで話してその答えに辿りつけなかった場合は本気で喉元のナイフを引いたかもしれないけどね。でもまあ、少しは度胸があるようだ。ミドナ様の言ったとおり、君はあいつと命を共有する唯一の存在なのかもしれない。顔も似てるし」



 喉元に宛がわれたナイフの、僕が選択肢を間違えた場合にあったかもしれない結末を想像し、思わず身震いする。



「ミドナを……知っているんですか」



 震える声で尋ねると、



「知っているも何も、メルヴィン様とミドナ様……あのご兄妹の教育係は私だからね。君をこうして暑い中、女装までして迎えに来てあげたのは、何を隠そうエリスの現最高指揮者――――ミドナ様直々のお願いだったからね」



 彼は僕の首元からナイフを離し、腹の上から退いた。あおむけで寝転がる僕に手を差し伸べ、引っ張り上げる形で起こし、立たせてくれたかと思うと彼は数分前、初めて会った時のように再び僕と正面から対峙した。今度はどこから取り出したのか、拳銃を突き付けながら。



「だからまあ、何も聞かずに私と一緒に来てくれないかな」



 男とはいえ、女装美人に拳銃を向けられ、満面の笑みでそう告げられた僕に拒否権など勿論あるはずもなく、



「……はい」



 与えられた選択肢は、両腕を頭の上にあげて頷くことだけだった。






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