第51話 不思議な七不思議
うだるような暑さだった。
だから、彼女の頭も沸いてしまったのだろう。
「荒木先輩! 七不思議探しに行きましょう!」
「行くわけあるか」
俺は補習を受けている教室に突如襲来した後輩に冷たく言い放った。
夏なので、このくらい冷たくてもいいだろう。
「どうしてですか! 夏ですよ!」
相変わらず音量調整のボタンが壊れてるのかと思わせるほど元気のいい声でまくし立てるのは森野 梨乃、俺と同じ新聞部の後輩だ。
「夏でも冬でも俺は補習を受けなきゃいけないんだよ。このプリントが終わるまで俺はこの部屋を出られん」
「……冬休みも補習を受けるのは確定なんですね」
そこからが彼女の行動は早かった。
俺のプリントを取り上げると机の上にある俺のシャーペンに手を伸ばし、プリントの空欄をさらさらと埋めていく。
「……森野、お前まさかもう三年の範囲まで手を伸ばしているのか!」
森野は「へへっ」と自慢気な顔ではにかむと最後の一問まで埋め尽くす。
「さっ、これ提出したら七不思議探しに行きましょう」
「二年とは言え学年一位は違うな」
ここまでされては仕方ない。新聞部のネタ集めがてら手伝ってやるか。
俺は自信満々で後輩の力に頼りまくったプリントを担任に提出する。
職員室を出ると、森野が満面の笑みで待っていた。
「最初は図書室ですよ」
図書室か、確かに怪談の定番だな。
幽霊少女、出られなくなる図書室、借りられない本棚の秘密、軽く知ってるだけでもこれぐらいはある。
この落ち着いた空間が不気味と紙一重なのだろう。
「おい森野、うちの高校は図書室にどんな七不思議があるんだ?」
森野は七不思議の内容が書かれているであろうメモ紙を取り出すと、ふむふむと一人読み始める。
「おい、俺にも読ませろ」
俺は森野の背後に回り、メモの中身を確認しようとしたが、森野が素早く反応して隠してしまう。
「駄目ですよ。お楽しみがなくなってしまうでしょ」
そう言うと、目当ての本があるらしく俺についてこいと言わんばかりに手招きする。
ついた本棚の前で森野が指でなぞりながら確認すると小さく「あった」と言いその本を本棚から取り出す。
どんな恐ろしい本なのかと俺は森野の背中越しに覗きタイトルを読み取る。
『恋つらの愛』
その本は少し前に流行って映画化までされた恋愛小説だった。
「おい、その本が七不思議と何か関係あるのか?」
その言葉に森野は人差し指を立て、それを左右に振ると「チッチッチ」とわかってねーなみたいなムカつく顔を作る。
「これを一緒に借りに行きましょう」
俺たちは受付にいた図書委員らしき女の子の元に行くと、森野がその本を図書委員の前に出す。
「これを貸して下さい」
「はいはい、貸し出しですね。貸し出し期限は夏休み期間なので一ヶげっ!?」
図書委員は最後まで言い切る前に何かに気が付いたようで、言い終わる前に少し言葉がうわずってしまう。
そして、森野の顔を見ると訳ありげにニヤリと笑う。
流石七不思議、一部ではもう噂になっているのか。
「そこの方、彼女の隣に並んで下さい」
「ん? 俺か?」
図書委員は俺に声をかけると森野の隣に並ぶよう指示した。
もしかするとこれが呪いを回避する所作なのかもしれない。
俺は特に逆らう理由もないので、森野の隣に並ぶ。
それを確認すると図書委員は貸し出しの手続きを済ませ、森野に本を手渡す。
「ご武運を」
「ありがとうございます」
二人は意味のわからない会話を交わすと森野は俺を連れて図書室を出た。
俺は結局何がなんだかわからないので、森野を問い詰める。
「おい、結局今のは、どう言った七不思議だったんだ?」
森野はその言葉にニコッと笑った。
「今のは不発でした。次に行きましょう」
あからさまに誤魔化されている。
俺をわざわざ駆り出しておいていい度胸だ。
しかし、このままではモヤモヤするのも確かなので、もう少し付き合ってやるか。
次に向かったのは、購買だった。
部活動の生徒のために夏休み中も昼の間だけ開けているのだ。
確かにここは人が集まる場所だ。
色々な事件が起こって風化する過程で怪談になっていても何らおかしくない。
購買の前に行くと、森野がある商品を指差した。
そこには数種類の消しゴムがある。
「先輩、どの消しゴムが好きですか?」
「俺はまだ消しゴムはあるぞ」
「いいから、好きなの一つ選んで下さい」
森野はやけに真剣だったので、恐らくこれも七不思議に関係あるのだと悟り、俺は消す部分が黒い消しゴムを選んだ。
森野はそれを手に取ると、自分もシンプルな青いケースの消しゴムを選んび手に取った。
「じゃあ、先輩はこれを買ってください」
そう言って森野が俺に手渡したのは、森野の選んだ青いケースの消しゴム。
「おい、せめてそっちの黒いの買わせてくれよ」
「嫌です。私がこの黒い方を買います」
森野は速攻で拒否する。
瞳には強い意志を感じた。
これも何か七不思議を誘発する為の儀式なのか?
俺は仕方なく森野と消しゴムをレジにいたおばちゃんの元に持っていく。
その様子を見て、おばちゃんはニヤリと口角を上げる。
「頑張んな」
おばちゃんは森野にそう告げて精算を済ませる。
おばちゃんにまでこの七不思議は伝わっているのか。
俺はますます内容が気になり、森野に聞いてみる。
「七つ全部回ったら教えてあげますよ」
「そこを五つにまけられないか?」
「そんな叩き売りじゃないんですから」
俺の交渉は無為に終わり。
こうして一日中森野と七不思議ツアーに参加することになった。
ツアーは難航を極めた。
旧校舎の階段を二人同時に足を揃えて降りたり、バスケ部の休憩中に二人でバスケットボールをゴールに向かって投げたりと意味のわからないものばかりだ。
さらに奇妙なのが、七不思議中にすれ違う女子生徒からは「ファイト!」だの「頑張って」だのと森野が声をかけられている事だ。
しかし、そんなツアーもこれで最後。
ついに七つ目の中庭で一番大きなケヤキの木の下にやってきた。
これで最後かと思うと、俺はせいせいした。
それにこれが終われば、七不思議の内容も教えてもらえる。
「おい森野、それで最後の七不思議は何をすればいいんだよ?」
俺の問いに森野は「いや〜」と照れを隠すように後頭部をかく。
「実はすいません。荒木先輩、実は私たち呪いにかかってしまいました」
「は? なんだって?」
聞き間違いでなければ、ここに来て衝撃の事実だ。
「実は七不思議のうち六つを終えて、この木の下に来ると、ある呪いにかかるんです」
「先輩に散々付き合わせおいて、呪いにかけるとは太い神経してるな」
「で? どんな呪いなんだ?」
一日付き合って呪いにかかるとは散々な日だ。
しかし、嘆いていても始まらない。
俺は呪いの内容を問いただす。
森野は顔を真っ赤にして、急に両手を合わせてモジモジとしだす。
「実は〜、この木の下に入ると、ある条件をクリアしなければ死にます」
思っていた呪いの百倍は重いじゃないか。
まぁ、しかし所詮学校の七不思議なので本当に死ぬわけはないが、一応無視するのも気分が悪い。
しこりが残るというやつだ。
「で? その条件を教えてくれよ」
森野は照れを継続しながら、しれっと言い切った。
「この木の下にいる男女で、男の人はこの木の下にいるうちに彼女を作らないと死にます。そして、女の人はこの木の下にいるうちに彼氏を作らないと死ぬんですよ」
森野は顔を真っ赤なまま必至に笑顔を作る。
「私たち、ちょうど助け合えると思いません?」
俺はこめかみに手をやる。
そして、森野にもう一度聞いてみる。
「なぁ、森野」
「なんでしょう、荒木先輩」
「俺たちは今日、学校の怪談の七不思議を確認して回っていたんだよな?」
「あれ? 私、怪談だなんて言いましたっけ? ただ七不思議を探しに行きましょうって言っただけですよ」
確かに一度も怪談とは言わなかったが、七不思議と言えば怪談以外あるのか?
「じゃあ、今日はなんの七不思議だったんだよ」
森野は俺との距離を詰め、上目遣いで俺の目を覗き込む。
「実はこれさえやれば絶対に恋人が出来ると女子の間で噂になっていた恋の七不思議です」
なるほど、そんなものがあったのか。
それは知らなかった。
女の子には不思議がいっぱいだと言う。
七つぐらいならむしろ少ない方だろう。
さて、どうしたものか。
俺は夕焼け空を仰ぎ見る。
そして、チラリと可愛い後輩に目をやる。
「……死ぬのは困るな、うん、まだ死にたくない」
その言葉に森野の顔はパッと華やぐ。
学校の七不思議とは言え、無視するのは気分が悪い。
それだけだ。
俺は森野の顔をしっかりと見つめた。
まさか、初めての告白がこんな形になるとは神様だって想像がつくまい。
「森野、俺と付き合ってくれないか?」
森野は瞳に少し涙を浮かべながら、笑顔で返事をしてくれた。
「はい! 喜んで!」
俺たちはにこやかに見つめ合い、二人で揃ってケヤキの木の下から出た。
そこで森野は何かを思い出したようで「あっ」と小さく声を出した。
「そう言えば荒木先輩」
「なんだ、森野?」
「補習用のプリントの答え、流石に三年の内容は分からなかったので適当に書いときましたけど、大丈夫ですかね?」
「……今日一の恐怖体験だよ」




