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第41話 [姫1]私の秘密

 ―キーンコーンカーンコーン


 学校独特の授業終了の合図を告げる間延びした鐘が鳴る。

 私は今受けていた科目の教科書とノートを閉じ、次の授業の準備をする。


 すると、ロボットのように正確に彼がやって来る。

「姫子さん、今日は天気がいいですね」

 私はニッコリ笑って、彼に返答する。

「そうですね、北条先輩、今日三度目の天候の報告ありがとうございます。いっそのこと北条先輩も転校なさったらいかがかしら?」

 そんな違和感の塊のような私達を見かねてクラスメイトの一人亜里沙が近付いてくる。

 彼女は手を口元に持っていき、私達しか聞こえないぐらいの小さな声で話す。

「あの、お二人とももう少し自然に出来ないんですか?」


 私は頬を膨らまし、抗議の意を唱えた。

「私は悪くありません。北条先輩が悪いのです」

 北条先輩は眼光をキリリと光らせ、私に意見を述べた。

「しかし、姫子様、私はクラスが違います故、毎時間姫子様の安否を確認する為にここを訪れなければ心配で心臓が張り裂けてしまいます」

「そんな心臓は張り裂けてしまいなさい。あと、学校で様を付けるなって言ってるでしょ」

 私の言葉にハッとしたのか、北条先輩は申し訳なさそうに頭を下げた。

 その動作も周りに怪しまれるからやめて欲しいのだけれど。


 亜里沙もその様子に呆れたのか苦言を呈した。

「全く、同じクラスには私が配属されていますし、校内、校内周辺にもSPは配備されています。あなたが毎時間見にくる必要はありません」

 北条先輩はムッとした表情をし、私の時とは違い、亜里沙には少し砕けた言葉を使い反論する。

「油断は禁物だろう。姫子様と同じ生徒として潜入しているのは俺とお前だけなんだぞ。それに俺たちは他のSPとは違って姫子様専属の護衛なんだ。その誇りに賭けていい加減な仕事は出来ん」

 亜里沙はハァと溜息をつくと諭すような口調で北条先輩に言い聞かす。

「だとしても、それが姫子様の学園生活の妨げになるようでは、無理を言って普通の高校に入学した意味がないでしょう」

 その言葉に北条先輩は顔を曇らす。


 そして、亜里沙のお説教はもう少しだけ続いた。

「姫子様には普通の女子高生の生活を送ってもらい、それを我々が守る。それが仕事です。毎時間上級生で姫子様の入学と同時に転校してきたあなたが姫子様に会いにうちのクラスにやって来る……これが普通ではないのは分かりますね?」

 北条先輩は悔しそうに歯軋りをする。

「ぐっ、正論ばかり吐きやがって、俺が後一年遅く女として生まれていれば、そのポジションは俺のものだったのに」

「それはもう完全にあなたとは別の何かですよ、北条先輩」

 私の言葉がトドメだったのか、北条先輩は肩を落とし、私が食べたがっていた購買のオムソバパン(焼きそばを卵で包みそれをコッペパンで挟んだもの)を置いて、とぼとぼと出ていった。


「あの人も悪気はないのです。姫子様、どうか許してあげてくださいね」

 亜里沙は寂しげな北条先輩の後ろ姿を見送りながら、最後にフォローをした。

「わかっています。それと亜里沙、学校では呼び捨てでお願いしてたわよね」

 亜里沙はハッとして口調を直す。

「ごめんなさい、姫子」

 まぁ、家臣のミスを笑って許せるぐらいでなければ、国は治められない。

 それに元は私の我儘が原因なのだからな。




 私の父は、この国の王だ。

 いや、私は頭がおかしな子ではない。

 事実だ。

 つまり私は王族と言うことになる。

 我が国では暗殺や誘拐の可能性を恐れ、王族の子は成人するまで顔を一般公開することはない。

 王族の専属の家庭教師を雇い、成人するまでに勉学だけではなく、礼儀作法、様々な分野の技術を叩き込まれる。

 別に不満があったわけではない。

 ただ、私の周りにいた同世代の子供と言えば亜里沙とクロ(北条先輩の名前)だけだったので、興味があったのだ。

 自分と同じ年の子たちは日頃どんなことを話題にお喋りし、どんなものを食べ、どんなものを見て生活しているのかを。


 私は生まれて初めて父に、いや王に我儘を言った。

 この国をこの目で見てみたいと。

 民を知りたいと。

 いや、そう言えば聞こえがいいが、本当のところは私を特別扱いしない普通の友達が欲しかったのだろう。

 みんなと同じことをして、冗談でも言い合える友達が欲しかったのだ。

 やはり、我儘だ。


 父は思ったほど反対はしなかった。

 自分も同じ道を通って来たから気持ちは分かるのかもしれない。




 私は北条先輩の持ってきたオムソバパンを持って屋上でランチを取ることにした。

 同席するのは亜里沙と入学してから友人になった真希だ。

 彼女は私の正体を知らない。

 入学式の日に私の隣の席で彼女から話し掛けてくれた。

 とても優しい子だ。

 恋愛話が好き過ぎるのが玉に瑕だが。

「ねぇ、姫子ちゃん、今日も北条先輩来てたね。本当に付き合ったりしてるわけじゃないの?」

 真希は卵サンドを食べながら、私に毎度おなじみの質問をする。

「付き合っていないと、いつも言ってるでしょ」

「えー、じゃあ、なんでいつも姫子ちゃんの様子を見に来るの?」

 真希は当たり前の疑問を口にした。

 いつも適当なことを言って誤魔化すが今日はどうしよう。

 私は亜里沙に助け舟を求めたが、亜里沙は自分の手作り弁当のちくわの磯部上げに夢中だ。


「えっと、それは―」


 私の言葉を遮るように渦中の北条先輩が屋上のドアを開いてやって来た。

 つかつかと私たちのもとに歩み寄ったかと思うと、亜里沙の肩を組んで私と真希から少し距離を置いたところで話し始めた。


「えっえっ、そっち? ねぇ、姫子ちゃん、北条先輩と亜里沙ちゃんって付き合ってるの?」


 また、いらぬ誤解を生みだしたな。

 私は強く否定するのも変なので適当に言葉を濁した。

「さぁ?」

 しかし、ここでしっかり否定しなかったことが裏目に出て、真希の妄想を加速させてしまった。


「二人って美男美女だし、ベストカップルじゃない? スタイルも二人ともいいし並ぶと絵になるよね」


 真希、私の時はそこまで褒めなかったよね。

 私は自分の発育の遅れと言う事実にこんなところで向き合うとは思っていなかった。


 当の二人の方へ聞き耳を立てると、


「―スナイパーが―屋上は―」

「―安全性―ちくわの揚げ方」


 うん、大体の会話の予想はついた。

 真希は二人をキラキラとした目で見つめていた。

 完全に憧れの視線だ。


「そんなにカッコいいかしら?」


 私としては幼少期から見ている顔なので、もはや良し悪しは判断できない。

 しかし、そんな私の呟きに真希は食いついてきた。


「そりゃ、もうカッコいいでしょ。転校初日から噂になってたもん。何人か告白した子もいるみたいだよ」


 真希は「駄目だったみたいだけど」と付け加える。

 そうか、意外とモテるんだな。私は意外な事実に少し驚いた。


「……へぇ~」


「姫子ちゃん?」


 何故か真希が訝しむような目で私を見ていた。


「ん? 何、真希?」

 

 真希は目をぱちくりと瞬かせ驚いていた。


「いや、ちょっと怖い顔してたから」


「え? そんなわけないじゃない。見間違えよ」


 第一私が怖い顔をする理由なんてないし、家臣がモテるのはむしろ主として鼻が高いまである。うん、機嫌がいいことはあっても、悪くなることはない。

「それより、真希、この間話していた―」




 一日の授業が終わり帰りのホームルームが終わると、また北条先輩がダッシュで私の教室までやって来る。


「さぁ、帰りましょう」


 北条先輩は飼いならされた忠犬のごとく笑顔で私に手を差し伸べる。

 私はその手を払って、立ち上がる。


「いい加減節度を弁えてください、北条先輩」


 私の癇癪を子供の頃から散々受けてきた北条先輩はその程度では狼狽えない。


「すいません、これが仕事なもので」


 亜里沙も後を追ってきて三人で廊下を歩く。


「大体、帰りも私は友達と帰りたいのにあなたたちに囲まれていては、それも叶わないわ」


 亜里沙が頭を下げ、申し訳なさそうにする。


「すいません、流石に市街地や通学路は学校以上に危険なので」


 その様子を見た北条先輩は少しおかしそうに含み笑いをした。


「それに一緒に帰られると、立派なご自宅がバレてしまいますよ」


 いつもの何気ない冗談なのだが、この日の私はそれが少し頭に来た。


「うるさいわね、そんなのダミーの家でも何でも用意すればいいでしょ!」


 そんな私の態度にも彼らが落ち込むことはない。

 それどころか、私の様子がいつもと少し違ったのに二人は気が付いたのか心配の声を掛けてくれる。


「あの、今日はやけにご機嫌が優れないようですが、なにかあったのですか?」


 しかし、それすらも私の癇に障った。


「うるさいって言ってるでしょ。主人の心配なんて百年早いわよ。北条先輩、あなた随分おモテになってるみたいだけど、それで調子に乗ってるんじゃない?」


 あれ? 最後に言わなくてもいい一言を付け加えてしまった。

 流石にそこまで言われると変に思ったのか動揺が見られる。


「いえ、そんな事は……ただ、私たちは姫子様の身の安全を考慮することが仕事でして」


 そう、お仕事ね。

 

「北条先輩、あなたが私に尽くすのはお仕事だからなのね」


 北条先輩はいまいち言われていることの要領を掴め無いようで、不思議そうな顔をする。


「はぁ、そうですが、それと今は三人しかいませんし、私を先輩とつけなくてもよろしいのですよ」


 ふーん。

亜里沙は「やらかしたな、こいつ」みたいな顔をして北条先輩をみている。


「私がどう呼ぼうと自由でしょ。それと北条先輩、あなた明後日までクビね」


「は?」


 一瞬、何を言われているのか分からなかったのだろう。間抜けな声が廊下に響いた。


「お仕事で嫌々私に付き合わせて悪いわね。だから、明後日までは仕事しなくていいから好きにしなさい」


 勿論、これが八つ当たりだと言うことは自分でも分かっている。

 それでも何か自分ではコントロール出来ない感情が胸の中から湧き上がって来て抑えられないのだ。


「行くわよ、亜里沙」


 亜里沙は背後の北条先輩を気に掛けながらも、私に付いてきた。




 次の日、私は酷い自己嫌悪に陥った。

 完全に言い過ぎた。

 でも、なんだか口が止まらなかったのだ。


 今日はもっと楽しい日になるはずだったのに。

 私は出掛ける準備をして、駅前に向かった。




「真希ー」

 私は駅前で待ち合わせていた真希に手を振った。

 今日は初めて友達と二人で出掛ける日だ。

 

「最初、どこいく?」


 そんな会話も私にとってはとても新鮮だ。

 今日の為に、どれだけの説得に時間を弄したかわからない。

 亜里沙は留守番だし、SPも遠くに配備し最低限の人数しかいない。


 そう、私はこの日をとても楽しみにしていたのだ。


 私は頭の端に浮かんだ北条先輩を振り払い買い物に興じた。




 真希はよく気が付く子だ。

 二人で外を歩いてる時、ふと言われてしまった。

「姫子ちゃん、昨日からちょっと変だよ」

 原因は分かっているが、私は素知らぬふりをする。

「そうかしら?」


 真希は言い難そうに、一瞬躊躇する顔を見せたが、それを言葉にした。

「やっぱり、北条先輩の事?」

 一瞬適当に誤魔化そうかとも思ったが、真希は人の機微に敏感な子なので、これ以上は難しいだろう。

 それに初めての友達にあまり隠し事は作りたくない。


「真希、今から話すことは内緒にしてくれる?」


 私は神妙な顔で真希を見た。

 真希は、その表情から何かを悟ったのか、コクリと頷いた。


「……実は私と北条先輩は、幼馴染なの」


「え?」


 事実だ。

 姫だと言うことは話すわけにはいかないが、部分、部分なら許されるだろう。

 それに、これぐらいの情報で私が姫だとばれることはないだろう。

 と言うよりばれたくない。

 ばれたら、姫子姫とか言う出来の悪い回文みたいな名前で真希から呼ばれることになってしまう。

 真希は少し考えるよな表情をして、眉間にしわを寄せ、パッと顔を明るくした。


「そっか、それで北条先輩がモテたから嫉妬しちゃったんだね」


「は? 真希、どこをどう聞いたらそうなるの?」


 真希は天然ね。

 私の否定を真希はコロッと無視して、続けた。


「それにしても、なんで幼馴染なのに北条先輩って呼ぶの?」


 私としては私の否定を無視されたことは遺憾だったが、その質問にも真面目に答えてあげた。


「だって、先輩っていい響きじゃない」


 先輩とは私より立場が上で頼りになる人ってことだ。

 そんな人、私の人生で父ぐらいしかいなかった。

 だから、私は密かに高校に入学する前から先輩って呼称に憧れていたのだ。


 私が寄り添っても倒れない、そんな先輩が欲しいと憧れていた。


 だから、私はその存在に相応しくなるようにクロにも入学してからずっと北条先輩と呼んであげてるのに、あいつったらすぐに嫌がって名前で呼んでくださいとうるさいんだから、主の心子知らずね。


「そう、かな?」


 真希は不思議そうに頭を傾げた。

 まぁ、今のじゃ説明不足ね。


 ―危なーい‼ 上! 上!


 どこからか、そんな大きな声が響いた。

 私たちは慌てて上を見上げると、目の前のビルの工事現場から大きな鉄骨が降って来ていた。

 それもこのままいくと私と真希の真上だ。

 SPは遠く間に合わない。

 私はあまりもの出来事に足がすくんで動けない、真希も同様だった。

 

 知らなかった。

 一般の人々は街をただ歩くだけでも、こんな危険が付きまとっていたなんて、私は己の不勉強を恥じ諦めるように目を瞑った。


「―姫子様‼」


 その言葉が耳に入った時には私たち二人を抱え、間一髪のところでその場を離れたクロがいた。

 二人抱えてって、どんだけ鍛えてるのよ。


「……何しに来たの」


「あなたの傍に寄り添いに」


「今日は仕事の日じゃないわよ」


「私がクビや休みになるときは、この命が尽きた時だけです」


「物好きね。ワーカーホリックってやつかしら」


「そうですね。こんな楽しい仕事は他にありませんからね」


 減らず口の減らない男だ。


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