第66話:エピローグ2 転生者『たち』
――深夜
ようやく嵐のような騒動が収まり、俺は自室の机に向かっていた。窓から吹き込む夜風で火照った身体を冷ましつつ、俺はアイテムボックスから、大迷宮の最深部で回収した黒い石板を取り出した。
悪魔『V.O.L.P.S』の紋章が刻まれた、禍々しい暗号石板。
俺の固有能力である【深淵透視】は、あくまで他者のスキルツリーや魂の深淵を読み解く能力であり、無機物であるアイテムそのものを解析する鑑定機能はない。
だが――俺には、前世のMMO『マスターズ・レギオン』を死ぬほどやり込んだ膨大なゲーム知識の記憶がある。
(……この幾何学的な術式ライン、そして魔力励起の変換コード……)
俺は前世の記憶を脳内で引き出し、石板の表面に刻まれた文字と照合していった。
(間違いない……! これはゲーム内で登場した、大規模転送儀式の座標指定コードだ)
大迷宮の地脈から吸い上げられていた膨大なエネルギーは、一体どこへ送られようとしていたのか。解読された空間座標の終着点を見つめ、俺はゴクリと唾を呑み込んだ。
(転送先は……王都レ・ルミナスの『地下深部』……!)
背筋に冷たい悪寒が走る。
大迷宮で起きたキメラの暴走劇すら、敵にとっては地脈の魔力を集めるための前哨戦に過ぎなかったのだ。悪魔『V.O.L.P.S』を信奉する狂信結社『原初の使徒』――その真の本拠地は、この国の心臓部である王都の中枢に深く根を張っていた。
「……なるほどな。本当の戦いは、ここからってわけか」
隣の部屋からは、激戦と温泉ですっかり疲れ果てたミラやミミィ、ライラたちの穏やかな寝息が聞こえてくる。アークという鉄壁の盾を得て、ミャロという頼もしい治癒士を迎え、ライラとミラが覚醒を果たした。
俺が手塩にかけて育て上げた自慢の部隊は、今や本物の力を備えつつある。
「待ってろよ、『原初の使徒』共。この国のど真ん中で企んでいるお前らの悪巧みごと、俺たちの手で綺麗サッパリ叩き潰してやるぜ」
俺は暗号石板を強く握り締め、夜の闇に浮かぶ王都の城影を見つめながら、静かに闘志を燃え上がらせた。
◇
王都レ・ルミナスから遥か遠く離れた山深き廃墟の地下。薬品の鼻を突く刺激臭と、獣の脂が焦げ付いた重い煙が漂う工房に、金属と骨がきしむ鈍い音が反響していた。
手術台の上に広がる奇怪な肉塊を細い指先で弄びながら、黒いローブを着た人物――メアが、気怠げに息を吐いた。
「なんや王都のほうが騒がしいンゴねぇ。……どうもバロン君が失敗してもうたらしいわ」
「バロン様が、でございますか?」
傍らに控えていた従者のマルグリッドが、手元の解剖器具を拭いながら不可解そうに首を傾げた。
「しかしバロン様は、小型の合成獣の群れのみならず、要塞級の大型キメラまで投入されたはず。烏合の衆である貴族のクランなど、容易く蹂躙できたはずですが」
「いやいや、平民クランが大活躍やったねん」
メアは軽薄な調子で笑い、刃先で細い腱を弾いた。
「平民の連中は日頃から泥啜っとるだけあって、キメラの変則的な特性にも柔軟に対応しよったんやろなぁ。泥臭い連中を舐めたらアカンわ」
「平民がそこまで対応できるとは……驚きにございますね」
「まあ、結果は結果や。……それよりマルちゃん、ちょっとその工具取ってくれるか? 今、手が離せへんのや」
「承知いたしました、メア様」
手渡された無骨な金属槌を受け取り、メアは刃物の先端で骨格の継ぎ目を軽く叩いた。澄んだ打撃音が暗がりに響き、肉片がかすかに痙攣する。
「まあ……あんなキメラ、ワイから言わせればただの玩具みたいなもんやからなぁ。負けて当然っちゃ当然か」
「手厳しい評価ですね」
「事実やもん。大丈夫やろか、バロン君」
メアは苦笑しながら、作業台の肉塊へと再び視線を落とした。
「『主脈なんて飾りなんや』って、偉い人には分からんみたいやけど……あいつ、ちゃんと枝脈のほう育てとるんやろか?」
人の魂に刻まれた【主脈】は、ひとつの目安にすぎない。 どれほど高い階位を誇ろうと、そこから伸びる【枝脈】が噛み合っていなければ、ただの燃費の悪い置物と化す。
スキルの連動と機能美こそが真の実力を決めるという事実に、多くの者は気付いていない。
メアの足元には、黒いローブの裾を汚すように、精緻に組み立てられた人型や獣型のキメラが幾つも転がっていた。
「まあ、ワイのキメラが完成すれば、その辺りも全部改善するやろ」
メアは薄い唇を吊り上げ、瞳の奥に昏い光を灯した。
「――本物の『マスターズ・レギオン』でも戦えるキメラならな」
湿った風が吹き抜け、不気味な囁きを暗闇の奥へと運び去っていった。




