序章:夢の終わり
「ご主人様、アレ壊していいピョン?」
「ああ、いいぞベルヘルム」
「ピョン? いつも駄目って言うのに珍しいピョン」
「今日は特別なんだ」
石造りの噴水広場に、冷たい夜風が吹き抜ける。湿った石の匂いと、大勢のざわめきが肌を撫でた。
「今日はいやに下民共が多いわねぇ。何か祭りでもしてるのかしら」
「ああ、今日は特別な日なんだ、プレアマリス」
「なんと! こんなに民たちが集まるとは、このリアンナ、勉強不足でした!」
「今日は突発みたいなもんだ、気にするなリアンナ」
「……Zzz……」
「大蛇姫。今日くらいは起きていてくれないか」
白く長い蛇の尾を軽く揺すると、彼女は気だるげに瞼を持ち上げた。
「ん? ……主、なんか寂しそうだね」
「まぁな」
フルダイブVRMMO『マスターズ・レギオン』。
かつて世界の覇権を握った人気ゲームだった。だが、恐竜的に進化する後発作品に押され、過疎化が進んでいった。
仲間たちは去り、俺は最後のログインをしていた。
フィナーレに駆け付けたユーザーたちから、ワッ!!と歓声が上がる。ドーンと腹に響く炸裂音とともに、夜空にまばゆい光が広がった。上空に『THANK YOU FOREVER』の文字が表示され、無数の火花が降り注ぐ。
「きれいピョン!」
「ふん、なかなかのものね」
「芸術的ですね……!」
「……」
広場を照らす光を背に、俺は拳を握りしめた。
「お前ら、そろそろ時間だ」
「ん? なんの時間だピョン? ご飯ならさっき食べたピョン」
「あらあらご主人様、もしかしてボケちゃったのかしら」
「待て待て、主様が時間と言われているのだ。きっと深い意味があるはずだ!」
いつもの掛け合いが続く中、大蛇姫だけが静かに俺の服の裾を引いた。
「……主、どこか行っちゃうの?」
その澄んだ瞳に見つめられ、胸の奥がきつく締めつけられた。
視界が急速に滲んでいく。頬を伝う熱い雫を、俺は乱暴に手の甲で拭った。
「お前ら、今までありがとうな。ダメなご主人で、ごめんな」
――カウントダウンがゼロを刻む。
視界の端で光の粒子が弾け、プツリと音が途切れた。世界が真っ暗に染まっていく。
こうして、俺の『マスターズ・レギオン』のプレイヤーとしての人生は、終わるはずだった……。




