14 紹介される
アリスのプライバシーに配慮しつつ、私は哲平に彼女の大まかな事情を話した。
哲平は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、最後まで黙って話を聞いてくれた。
私が話し終えた時、哲平は大きく息を吐いて口を開く。
「貴族っていうのは、性格が悪い奴らばっかりなのか? それとも甘やかされて育ってるからワガママになるのは当たり前なのか?」
「それは誰のことを言ってるの?」
「アリス・キュレルのことじゃなくて、彼女をいじめていた奴らのことだ」
哲平は目を伏せ、こめかみを手で押さえながら言った。
それにしてもまつ毛がすごく長いわね。哲平も外見は良かったが、今の姿とはかなりイメージが違う。
ぼんやりとそんなことを考えたあと、すぐに頭を切り替えて答える。
「貴族の全部が全部が悪いわけじゃないわよ。哲平が言うように、アリスは悪い子じゃなかったし、アリスの両親だって良い人よ」
「なら、どうして娘がそんなに苦しんでいたことに気づけないんだ?」
「それはまあ、ご尤もな話ではあるんだけど、娘に関して鈍感なだけで知らないふりをしていたわけじゃないのよ」
ムキになって言い返したからか、哲平は眉尻を下げてこめかみから手を離した。
「それはそうかもしれないけどな」
「何よ、文句あるの?」
「別に。お前が無事に新しい環境に馴染んでて良かったと思っただけだ」
「そういうわけではないわよ。こうなった以上、何とかしないといけないと思っただけ。それにしても哲平も転生していたのね」
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して尋ねる。
「あんたがその人の身体の中に入ったのっていつ?」
子供の頃や家ではたまに「あんた」と呼んでいたので、つい癖が出てしまった。
哲平はそんなことを気にする様子もなく、整った眉をひそめて答える。
「あんまりはっきりとは覚えてはねぇんだけど、二十日くらい前かな」
「は、二十日前ですって?」
「なんだよ、お前は違うのか?」
先程淹れ直してもらったお茶を一口飲んでから、哲平は聞き返した。
どういうこと?
どうして時間のズレができてるの?
「私、そこまで長くはないわよ」
「マジか。つーか、その割には自由気ままにやってそうだな」
「うるさいわね。嘆いたってどうしようもないんだから、好きなように楽しく生きたいと思っただけよ」
テーブルに身を乗り出して腕を伸ばす。哲平は一瞬、身を引いたものの、すぐに不思議そうな顔をして私の顔を覗き込もうとした。
「どうした?」
「いや、本当に哲平なのか確かめたくて」
そう言って彼の頬を軽くつねると、哲平は私の手首をつかんで叫ぶ。
「いってぇな! 他に確かめ方があるだろ! というかお前、その子の敵討ちするつもりだろうけど、身体の持ち主の評判を悪くするなよ?」
「それは気をつけますぅ! それよりも、あんたのほうは大丈夫なの? 公爵家ってめちゃくちゃ偉いんでしょう? 中身が馬鹿で大丈夫?」
「うるさい。馬鹿って言うな。大体、お前だって性格が持ち主と正反対だろ」
「まあ、そうだけど、彼女と似たような性格の子だったら、彼女の恨みを晴らすことはできないと思うのよね」
哲平が手を離してくれたので、頬をつねるのをやめ、椅子に座って答えた。
「それもそうか。そういえば、今のお前も名前はアリスだっけ」
「そう、アリス・キュレル子爵令嬢よ。哲平はどんな感じ?」
「イッシュバルド公爵の後妻の連れ子で、名前はなんとか」
哲平が真剣な表情で首を傾げるので、私は眉をひそめて尋ねる。
「なんとか、って何よ?」
「いや、覚えてねぇわけじゃねぇけど、その名前で呼ばれても返事する気にならねぇんだよ」
「何よそれ。たしか、今の名前はイグスって名前でしょう?」
「ああ、そうだ。そんな名前。で、困ったことに、俺とは正反対でこいつは女好きなんだよ。どうやら女性トラブルで人生が終わってる」
「最悪じゃない」
「だから、そんな奴の名前で呼ばれたくなくて、呼び方は家の中では無理やり変えさせてる」
「なんて呼んでもらってるの?」
愛称でもつけてもらったのかしら。
軽い気持ちで聞いてみたところ、哲平も軽い口調で答えた。
「テツ」
「はい?」
「だから、テツって呼んでもらってるんだよ」
「何を考えてるのよ。昔のあだ名そのままじゃないの!」
「うるせぇな。別にいいだろ。哲平って名前は呼びにくいらしい。だからテツにしてもらった」
元の世界でも外国の人が日本人の名前を呼ぶ時のイントネーションが違っていたし、今回もそんなもの?
勝手に納得して尋ねる。
「じゃあ、私も哲平を呼ぶ時はテツって呼んだほうがいいの?」
「いや。二人きりの時や事情を知ってる人間だけの時は哲平でいい」
「わかったわ」
哲平の言葉に頷いた時、バルコニーと屋内を出入りする扉が叩かれた。会話を辞めて哲平が返事をすると、芸能人かと思うくらい、美形の若い男性が姿を現した。
「お待たせしてすみません」
漫画だったら背後に花でも背負っていそうなくらいに、モデル体型のイケメンは、私を見て軽く頭を下げた。
いや、私はこんなイケメンを待ってはいない。
イケメンに軽く一礼してから、哲平に尋ねる。
「て、哲平、じゃない。テツ、さん、あの、この人はどなた?」
「さっき話しただろ。俺のこの国での兄さんだよ」
哲平は柔らかな笑みを浮かべて、私を見つめている男性を指差して答えた。




