17.誕生日
8月24日
起きて、枕元のライターと机の上の小刀を見る。頭をかき、顔を洗ってから宿を出る。
左右を見ると、見覚えのある人影が見えた。狐芙の家の方角を一瞥してから、またその人影を見る。見覚えのある人影が食堂に入っていく。俺も後を追う。遠くからでも姉貴の声が聞こえる。彼女たちは奥の方に座っていた。
「ホルスト、この前弟子を取ったんだ。お前も会えば気に入るさ」
「もうすぐ帰らなきゃならない。ディシア、お前も俺がこういうのに興味がないのは知ってるだろう」
「姉貴?」 頭をかきながらゆっくりと彼女たちのテーブルに近づく。
「陌鋒? 朝飯を食いに来たのか?」 彼女が立ち上がり、肩に手を置く。一方、その男性は無表情でこちらを見ている。
「さっき言ってた、陌鋒・フォン・グレイハートだ。彼は大会に出る。俺の弟子としてな。陌鋒、彼は俺の兄だ。ホルスト・グレイハート」
「フォン・グレイハート? あ…初めまして」 困惑しながら言う。
「ディシア…お前は相変わらずだな。父さんもお前に会いたがっている。で、陌鋒・フォン・グレイハート…彼の名前は登録しておくよ」 彼が言うと、パンとスープが運ばれてきた。
「あとで説明する」 彼女は隣の椅子を引き寄せてから元の席に座り、俺に隣に座るよう合図する。
うなずく。彼女はパンとスープを食べながら言う。「なるべく早く帰るよ」
「知っての通り、あの農民一揆以来、俺たちの声望はどんどん落ちている。父上は帝国を出て、スタコット連合王国に移ろうと言っている。お前も一緒に来るかどうか聞いてくれってな」 彼は鼻筋を摘まむ。
「行くとなるとそれなりの時間がかかるな。お前たちが去った後は、なるべく帝国の人間とは関わらないようにするよ」
「旧交を温める時間はあまりないんだ、ディシア。俺には娘がいる。カリーナ・フォン・グレイハートだ。後に時間ができたら、あるいはお前がスタコットに来たときに会わせる」
「結婚したのか? お前は結婚しないと思ってたよ」 彼女が言いながらこちらを見る。
「ぼんやり突っ立ってないで! あ…ホルスト、お前が怖がらせたんだ。いつもしかめっ面してないでくれ」
「あ…分かってるだろ、俺は父上に似てるって」
「あ…姉貴、俺は狐芙のところに行くよ!」
「うん、狐芙と仲良く遊びな~ 後で行くから」 ディシアがうなずく。
「うん」 うなずいて外へ歩き出す。ぼんやりと聞こえてくる。
「ディシア…今日はお前の誕生日だ。何が好きか分からないから、適当に買ってきた」
食堂を出て頭をかく。「姉貴には兄がいたのか…でもフォン・グレイハートって何だ? それに大会?」 頭をかく。
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いつも通り狐芙の家に向かい、ドアをノックして二声呼ぶ。しばらくすると彼女がドアを開けて顔を出す。
「早く入って~」 ついて行ってソファに座る。
「さっき姉貴に会ったんだ」 言う。
「え? じゃあプレゼントの話はしたの?」
「もちろん姉貴にはサプライズだよ…なんで俺が話すと思ったんだ?」
「うーん…あんたが正直すぎるからよ」
頭をかく。「正直な方がよくないか? そうだ、姉貴のお兄さんも来てたよ。姉貴に兄がいるの知ってた?」
「もちろん知ってるよ~」
「あ…知らないかと思ってた。あ、それから、フォン・グレイハートって何?」
「フォン・グレイハートはグレイハート家のことだよ。へへ、まだ知らなかったでしょ~ ディシアさんはグレイハート家の長女、ディシア・グレイハートなんだよ! 私も初めて知った時は驚いたよ~」
「き…貴族?」
「そうだよ。でも姉貴は小さい頃に家を出てるんだ」
「わあ…知らなかった。で、姉貴は俺のこと『陌鋒・フォン・グレイハート』って呼んでたよ」
「ほい」 彼女は脇の机の下からパンを取り出して差し出す。
「えへへ~ まだ知らないでしょ! 普通、弟子が望めば師匠の姓を継げるんだよ! つまりフォン・グレイハートっていう姓だよ」
「じゃあ! 姉貴は俺を認めてくれてるってことか?!」 笑いながら言う。
「姉貴は最初からあんたを認めてたんだよ、バカ」
「え? でもそうは言ってなかったけど」
「『信じてる』って言ったでしょ。それが認めてるってことなんだよ!」
「おお~~~」 何度もうなずく。「じゃあ…お前も俺のこと認めてるのか?」 自分を指さす。
「コホン! な…何?」
「あ…大丈夫か?」 彼女に言うと、彼女は手を振って大丈夫と示す。「お前も『信じてる』って言ってたじゃないか?」
「コホン! ずいぶん自信家ね! あんたはまだまだ、ダメダメなんだからね!」 胸を張って指を振りながら顔をそらす。
「あ…」 ソファに寄りかかる。「で、姉貴の言ってた大会って何?」
「コホン! あんたもまあまあ努力してる方よね! ちょっとだけ認めてあげる~ ほんのちょっとだけよ~ 驕らないでね!」 一本指を立てて続ける。
頭をかきながら二度うなずく。「これからも頑張るよ。時間はまだまだあるからな」
「ふん!」 鼻を鳴らして顔を戻す。それから急に目を見開く。「さっき何て言った?」
「あ…」 頭をかきながら顔をそらす。「もっとお前に認めてもらえるように頑張るよ」 手の甲で口の下半分を隠して言う。
「違う違う!」 勢いよく振り返って手を振る。「その前のやつ! そ…それに、そんなストレートに言わないでよ…」 彼女はソファの隅に縮こまる。
「あ…ああ、それか。『姉貴が大会に出ろって言ったけど、何のことか分からない』って言ったんだ」
「コホン! それか! 今年はグレイハート家の名誉賞典大会の年に当たるんだね」
「名誉賞典大会?」
「帝国には五つの大きな勢力があって、その中にグレイハート家も含まれるんだ。毎年交代でその大会を開いて、目的は有望な参加者を引き抜くこと。で、今年はグレイハート家の番なんだ」
「おお…つまり毎年こういう大会があるってことか。で、今年はたまたまグレイハート家が開くってわけか」
「ああ…そう言われると確かに分かりやすいけど…でも姉貴があんたを出させるなんてね。あんた本当に勝てるの~ ふんふん」 彼女は微笑む。
「もちろん勝つよ! 絶対に勝つからな!」 親指を立てる。
「ほーほー…会場にはあんたより強い人がたくさんいるんだからね。へへ、一勝するのも難しいんじゃない~」
「信じてくれないなら、勝って見せてやる! ふんふん! 覚えたばかりの龍流水斬で!」
「ほーほー、覚えただけで調子に乗るね。まだあんたの龍流水斬を見たことないよ~ 嘘じゃないと信じてるけど、いつ見せてくれるの?」
「あ…あの時使えたきり、その後は一度も使えてないんだ。なぜか分からないけど」
「ほーほー、本当にバカね。あんたが使える日まで待っててあげるよ~」
こちらを見る狐芙。彼女は笑っている。答えようとしたその時、突然ドアをノックする音がする。素早く狐芙を見る。狐芙もこちらを見る。
「あんたが見に行って!」 小声で言う。
うなずく。ドアのところへ行き、彼女は自分の寝室へ戻る。ドアを少しだけ開ける。
「あ! 陌鋒…あ…」 ディシアが手を上げた瞬間、素早くドアを閉める。その時狐芙も寝室から花束を持って出てくる。
慌てて言う。「どうすればいいの? まだ誰かに誕生日プレゼントを贈ったことないよ」
こちらを見てまばたきする。
「姉貴! 目を閉じて!」
「え? どうした?」 扉越しにディシアの声。
「バカなの…あんたは…」 狐芙がうつむいて小声で言う。
「これしか思いつかなかったんだよ!」 小声で返す。「とにかく目を閉じて! 手で顔を覆って体ごと背けて! 早くして、姉貴!」
「あ…ああ~ 分かったよ!」
狐芙を見てうなずく。彼女は大きく息を吸う。二人でドアを押し開ける。
ディシアは背を向け、片手で目を覆っている。ヘルクはその後ろで腰に手を当て、ほのかに笑いながらこちらを見ている。狐芙が花束を掲げる。俺も手を伸ばして頂部の垂れた布を支える。
「いいか? 出てきたのは聞こえたよ」
もう一度狐芙を見て、うなずく。「いいよ、もう振り返っていいよ」
彼女は目を覆っていた腕を下ろし、振り返る。彼女がこちらを向いた時、呆然とこちらを見て、口を少し開けている。狐芙を見ると、狐芙も振り返ってこちらを見る。彼女の耳は垂れ下がっている。
彼女が笑いながら言う。「あんたたち…」 少し間を置いて続ける。「陌鋒、それ何やってるの?」
「あ…な、なんでもない。ただこういう方が儀式感があるかなと思って…」 狐芙を何度か横目で見る。彼女もこちらを横目で見る。
彼女は狐芙の手から花束を受け取る。つま先立ちで花束の先端を掴もうとするが、諦めて手を離す。花束の頂部の布がすぐに垂れ下がる。
「あ…終わった…」 狐芙を見る。狐芙もこちらを見る。何も言わず、ただディシアを見る。
彼女は大きく息を吸い、手の中の花束を見つめ、まばたきする。
「あの…姉貴、好きですか?」 おそるおそる尋ねる。
「うんうん! 姉貴、好き? 私たちもどうすればいいか分からなくて…上の布が垂れちゃって、どうにもならなくて…」 彼女はうつむく。
こちらを見て小声で言う。「言わないって話じゃなかったのか?」 そして姉貴を見る。
狐芙がこちらをチラリと見て、手の甲で軽く二度叩く。
彼女は手の中の花束を見つめる。花束の外側はエノコログサで、アサガオが巻き付いている。その隣にキキョウとトロロアオイ。真ん中にタンポポ。その上に飾りのキンシバイが何本か刺さっている。そして頂部の布が垂れて、ちょうどエノコログサの上に被さっている。
彼女は花束を抱えて背を向け、片手を上げて顔を一撫でし、また向き直る。
「お前たちなあ…」 笑いながらうなずく。「初めて人に花をもらったよ。手作りか?」
「はい!」 狐芙が返事をし、俺もうなずく。
彼女はまだ微笑みながら、狐芙の頭をポンポンと叩き、それから俺の肩をポンポンと叩く。彼女は大通りに向かって歩き出す。再び右手を上げて素早く顔を撫で、そのまま歩き続ける。
狐芙を見ると、狐芙もこちらを見る。
「まず村外れの大きな木のところに行く。ヘルクが写真を何枚か撮ってくれるって。それからご飯をご馳走する! 全部肉にするから!!!」 前を向いて歩き続けながら言う。
狐芙にうなずき、ディシアの後ろに走っていって叫ぶ。
「やった!」
狐芙も叫ぶ。「やった!」
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ディシアについて村外れの大きな木のところへ行く。
並んで立つ。ヘルクが前に出て、撮影魔法を放つ。前方に、反射する長方形の鏡のようなオレンジ色の枠が現れる。
ヘルクが列に戻る。彼は一番左、次に狐芙、次に姉貴、最後に俺。姉貴が俺の肩を抱き、もう一方の手を狐芙の肩に置く。彼女はとても楽しそうに笑っている。それから彼女は俺たちを内側に引き寄せる。三人がくっつく。カシャッ! 撮影が終わる。
ヘルクの手に写真が現れる。彼は写真を見て笑い、それから数枚を一人一枚ずつ渡す。手の中の写真をじっくり見て、外套の内ポケットに丁寧にしまう。木の下に戻る。ディシアは木の下に置いてあった花束を手に取り、撮影魔法の前に立つ。花束を抱えてとても嬉しそうに笑い、一人で写真を撮る。
「陌鋒! 狐芙と一緒に撮らないか?」 ディシアが言う。
「え?」 頭をかき、狐芙の方を見る。
「だ…大姐頭!?」 彼女は驚いてディシアを見て、それからゆっくりとこちらに向き直る。
「い、いや、いいよ…… それに…それにヘルクさんだって魔法で魔力を消耗してるし!」 もごもごしながら手を振り、俺はディシアを見る。
「一枚くらいの魔力はまだあるよ」
「さあさあ、さあさあ」 ディシアが俺と狐芙を押して撮影魔法の前に連れて行く。
一緒に前を向く。右手を腰に当てる。狐芙はとても遠くに立ち、尻尾が激しく揺れている。
「二人もっと近づかないと、ちゃんと撮れないよ」 ディシアが狐芙を引き寄せる。彼女を見ると、彼女もこちらを見る。
そのままの姿勢で前を向く。彼女は両手を前に重ねる。カシャッ。
「もう一枚撮るよ! もっと近づけって言ったでしょ」 ディシアが言う。
「もう一枚くらいの魔力は余裕だ。時間もあるし、何枚か撮っても構わない。その後はまた依頼の仕事だ」 ヘルクが笑いながら言う。
狐芙が両手を上げて振る。
「いいよ…もう十分撮ったし」 狐芙を見ると、彼女もこちらを見る。
「コホン…」 しばらくして、手の中に二枚の写真がある。花束はディシアが家に置きに行った。今は食堂に向かっている。手の中の二枚の写真を見て、外套の内ポケットにしまう。狐芙はとても遠くに立っていて、彼女も写真を内ポケットにしまい、ポケットの位置をポンポン叩き、笑い、顔を上げてこちらを見る。目が合う。彼女は素早く視線をそらし、顔を背ける。素早く顎を摘まみ、こちらも顔を背け、手で外套ごと写真の位置を触る。
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食堂に入る。最後尾を歩く。ディシアとヘルクは一緒に長椅子に座る。狐芙は向かい側に座っている。そばに立って、狐芙を見て、ディシアとヘルクを見る。彼女たちは何を食べるか相談し始めている…
仕方なく狐芙の隣に座る。彼女は素早くチラリとこちらを見る。彼女の隣に座るが、遠くに、ほとんど椅子から落ちそうな距離を取る。
手で顔をこする。
「二人は何を食べる?」
「うーん…焼き肉ステーキがいい」 狐芙が言う。
「俺もそれがいい。で、陌鋒は?」
「あ…鳥の煮込み?」
ディシアがうなずき、クロスさんに伝える。彼女は注文を書き留めて去る。
「カルパー村にはケーキを売ってるところがない。二人がケーキを食べたいなら、しばらくして町に行った時に一人一つずつ買ってあげる」
うなずく。
「ケーキまだ食べたことない…」 狐芙が言う。
「砂糖みたいなものか?」 言う。
「私は甘いものが好きな方だ。お前たちの誕生日には、大きなケーキを買ってあげよう」 ディシアが言う。
「俺もどちらかと言うと甘いものが好きかな。つまり、パンで…パンは柔らかくて、その上にクリームを絞るのか? それに果物を添えたり?」 ヘルクが続ける。
「聞いたことない…柔らかいパンなんてあるの? 私達が普段食べてるのと同じじゃないの?」 狐芙がヘルクを見る。
「とにかく発酵が関係してるんだろう。俺が小さい頃、ケーキが出始めたばかりで、その時は柔らかいパンに少しのバターや蜂蜜をつけるだけだった。クリームができたのはその後だ」 ディシアが続ける。
「おお~」 狐芙と一緒にうなずく。
「じゃあ、お前たちの誕生日は?」
ゆっくりと首を振り、狐芙を見る。
「あ…あんた忘れてたんだね。で、狐芙は?」
「狐芙と一緒に祝えばいい」 それから狐芙を見る。
彼女は素早くこちらに向き、それからディシアに向き直る。「コホン…私もずっと誕生日を祝ってない。えーと…確か2月10日だったかな? あまりはっきり覚えてないんだけど」
「まだまだ先だな」 言う。
「あっという間に来るよ。その時は二人に大きなケーキを買ってあげる」
ディシアが言うと、料理が運ばれてくる。焼きビーフステーキ、鳥の煮込み、ジュース二杯、酒二杯、ご飯数杯。
食べ始める。
「あ…さっきの朝の話、するのを忘れてた」
「ああ…そうだ…姉貴のお兄さんはもう帰ったのか?」
「他にやることがあるんだ。あ…それと『フォン・グレイハート』の件だけど…お前に聞かずにそう呼んでしまって、すまなかった」
「え? いやいや! 謝らないでください!」
「いや…弟子が承諾しないのに、そのまま呼ぶのは無礼なんだ。もちろん、お前がよければ、そう名乗ってもいい。陌鋒・フォン・グレイハート」 ディシアが言い、視線を時折下方にそらす。
うなずく。「でも、自分にその名前が担えるかどうか…」
「お前は龍流水斬を覚えた。それだけでその名前を背負う力があるって証だ。それに俺が許したんだ。お前はまだ若く、伸びしろだってあるだろう?」
頭をかき、ご飯を一口頬張る。自分のステーキを見ると半分残っている。何切れ食べたか覚えていない。一切れ挟んで食べる。
「大会については…」 彼女は頭をかく。「勝手に登録しちゃった。お前がよければ、明日の朝早くに一緒にスタンディングへ行こう。大都市で、グレイハート家が管轄している。そしてグレイハート家が管轄する最後の街でもある」
素早くうなずく。「いいよ!」
彼女は微笑む。「じゃあ明日の朝、迎えに行く。結構早いかもしれない。あ、そうだ狐芙も行くか?」
「うん?」 彼女は口の中を食べ物で満たしている。素早く数回噛みしめ、苦しそうに飲み込む。「はあ…姉貴の手は煩わせなくていいです。私とヘルクさんは家で新聞の結果を見てますから」
「分かった。じゃあ私と陌鋒で明日の朝出発するね」 彼女は二口食べて、続ける。「狐芙…」 口を開けかけて閉じる。「もし気が変わったら、私か陌鋒に言ってきなさい」
狐芙は姉貴を見て二度うなずき、うつむいて食べ続ける。狐芙を見ながら、俺もフォークを手に取り、ビーフステーキを刺す。コツ、と音がする。
「うん?」 食べ終わったステーキの皿を見る。
「そんなに早く食べたのか? お腹空いてたのか?」 ヘルクが微笑む。
「そんなに何切れも食べた覚えないんだけど?」 頭をかく。
「ふんふん…」 ディシアがうつむいて震える。
「姉貴、どうした? 噎せたのか?」 尋ねる。
彼女は手を振る。「大丈夫、大丈夫」
狐芙の方を見ると、彼女はまだ口を食べ物で満たしている。見下ろすと、彼女のステーキはたった二切れ減っただけだ。自分の皿を見る。
「お前のビーフステーキはなかなか減らないな…」
「ふん!」 狐芙は聞いて急いで口を押さえる。
ディシアの震えがひどくなる。ヘルクでさえ半分顔を覆う。
「どうした? 普段は狐芙が先に食べ終わるのに、今日は二切れしか食べてない。つまり『減らない』ってことじゃないか…」
「ああ、このバカ~」 ディシアが笑う。
困惑して彼女を見る。
---
時間はあっという間に過ぎる。全員お腹いっぱいになったが、まだ少し残っている。残りを包み、均等に二つに分け、俺と狐芙が持ち帰る。夜はパンを食べなくて済む…
狐芙と包みを持って、帰り道を歩く。
「本当に行かないのか?」 尋ねる。
「あ…家で待ってるよ。それにスタンディングは遠いし、迷惑かけちゃうから~」
「姉貴…」
「もう! その話は終わり。あんたが帰ったら荷物をまとめるんでしょ?」
「うん…」 うなずく。
「で、何に入れるかもう決めたの?」
「うん…袋がいくつかあるから、袋に入れるよ」
「あ…バカね~ ふんふん、前に小さなリュックを持ってたけど、貸してあげるよ。たくさんは入らないけど、服くらいは入るよ」
「本当か?」
「ふん~ 家に着いたら出してあげる」
「ありがとう!」
「お礼なんていいのに」
微笑んで頭をかく。彼女の家の前に着く。彼女は門の前で待っていてくれと言う。
門の前に立ち、待つ。手をこすりながら通りがかりの人々を見る。じゃれ合う子供たち、おしゃべりする大人たち、生活のために奔走する人々。待って、待って…
狐芙がドアを開け、顔を出す。ほぼ新品のリュックを差し出す。彼女の手は白くて赤い。
リュックを受け取る。そのリュックは…なんと言うか、上に蓋のような布がついていて、開けられる。使わない時はリュックの口の紐と結んでおく。
「どう~?」 彼女は笑ってこちらを見て、自分の服に手をこする。
「いいね~」 手の中のリュックを見る。「さっき洗ったのか? 時間かかったね」
首をかしげて頭をかく。「うん…あまりに長く置きすぎてたから、汚いまま渡すわけにはいかないでしょ… もう早く洗ってたんだけど。待たせてごめん」
「俺たちの仲じゃん、謝ることないよ。それにこのリュック、なかなかいいね。でも次に洗うことがあったら、一緒に洗わせてよ」
「え? うん…うん! わ…分かった」 うつむいて深くうなずく。
「じゃあ帰るね。荷物をまとめて、少し食べて寝るよ。明日の朝、姉貴が迎えに来るから」 リュックを背負う。
「うん! あの…大会、頑張ってね…」
「絶対勝つからな」 親指を立てて彼女に言い、後ろ向きに別れを告げながら家の方へ歩き出す。
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家に帰り、机の上にあった衣類を畳んでリュックの底に置く。うーん、写真は持っていかないでおこう。写真をベッドのマットレスの下に挟む。
枕の下の小刀とライターをリュックの前の小さなポケットに入れる。洗顔し、何か食べて、ベッドに横たわる。
今日あったことを思い返しながら、そのまま眠りにつく




