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戦い終わって、また明日

最終話です。最後までお付き合い頂けると幸いです。


また、後書も全て読んで貰えると嬉しいです。

 ログアウトから1ヶ月は目まぐるしく過ぎて行った。まずは身心のあらゆる箇所を検査され、その上警察からの事情聴取もあった。日常に戻るため、毎日のリハビリも欠かせなかった。数ヶ月身体を使っていなかったため身体が上手く動かず、食事も粥やゼリーしか食べさせて貰えなかった。それでも晃斗は半月程で杖を使ってなら移動が出来るようになり、無事退院となった。そこから半月経つ頃には、完全に元の生活に戻れていた。大学の方は夏休み期間が重なっていたこと、そして事件に巻き込まれたことも考慮され、留年の心配は無さそうだった。


 しかし、夏美の方は順調ではなかったようだ。彼女はリハビリをしても中々身体が上手く動くようにならなかった。顔を合わせる時は前向きに振る舞っていたが、彼女がリハビリ室で「どうせ私は一生このままなんだ!」などと叫んででいるのを晃斗は見たことがあった。その他にも彼女は、精神や脳神経系の科へ行くことが晃斗よりもずっと多いようだった。それでも少しずつ前には進めているようで晃斗が元通り歩けるようになった2週間後に、杖があれば自由に動けるようになった、と彼女からの連絡があった。



 それから数日後の日曜日、晃斗は夏美と会う約束をしていた。場所は夏美の地元のショッピングモール。晃斗はTシャツにジーンズと、普通の大学生らしい格好だ。会ったら何を話すか、もう決まっている。少し待っていると、バスからナナが降りて来た。彼女はゲーム内でも着ていた、アーミーグリーンのミリタリージャケットを羽織っている。

「よっ。って、そのジャケット……」

「分かる?ゲームの中で着てたやつ。頑張って探したんだ」

彼女は杖でぎこちなく歩いているが、表情は元気そうだ。

「そうだ、アラン!教祖のやつ、逮捕されたってね!」

「ああ。俺もそれ言おうと思ってた」


 ちょうど今朝、実践安楽教団の教祖、東雲雅彦が警察に逮捕されたのだ。彼は晃斗達を閉じ込めてからは、山奥の教団施設の地下に隠れていた。だが警察はついにその場所を特定し、今日の早朝、教祖と幹部数名を逮捕したのだ。地下室と言ってもかなりの広さがあり、そこには生活スペースの他にサーバー機器やらコンピューターやらも大量に設置され、ガンナーズ・ライフの運営拠点でもあったのだ。ナナ達と脱出しなかったプレイヤーも、時期に目を覚ますことになるだろう。

「やっと戦争が終わったんだよ!」

「ようやくな」

晃斗もようやく事件が終わり、解放されたような気分だった。喜んで晃斗に駆け寄る夏美は、段差に躓いて転んでしまった。持っていたバッグの中身が散乱する。

「おいおい、大丈夫か?」

「なんとかね……」

晃斗は彼女を起こすのを手伝うと、散乱したものを拾った。その中である物が目に入り、手が止まった。

「おい……これ……」

それは拳銃だった。モデルは彼女がゲームで使っていた、CZ75。一瞬本物かと思ったが、すぐにエアガンだと納得した。

「エアガンだとしても、持ち歩くのあんまり良くないぞ」

彼はそれを拾って手渡す。


 夏美は青い顔をして固まっていた。

「夏美?」

「なんで……確かに引き出しに入れたのに!鍵も掛けたの確認したのに、なんであるの……」

「大丈夫か?」

彼女はエアガンを受け取りはしたが、その手は震えていた。

「とりあえずここじゃあれだ。カフェにでも入ろう」

晃斗は彼女の鞄にエアガンを押し込み、残りの落とし物も急いで拾った。その中に小さな紙袋があり、何かの錠剤が入っているのが見えた。


 晃斗は夏美を半ば強引にカフェに連れ込んだ。半分個室のような、静かで居心地の良い場所だ。飲み物を注文する頃には夏美も少し落ち着いていた。

「大丈夫そうか?」

「なんとか。さっきはありがとうね……」

彼女は笑顔を見せたが精一杯笑っている、という感じだった。

「言いたくなければ、俺は見なかったことにするぞ」

晃斗はデリケートな話題だと察し、彼女の出方を伺った。

「いや、アランには言っておくよ。隠せないだろうし。私ね、病気らしいんだ。VR中毒だってさ」

彼女は自虐するように笑った。晃斗は、その病名を何度か聞いたことがある。一部のVRゲーマーが陥る病気で、時折ネットニュースにもなっている。主な症状に幻覚、幻聴、妄想と現実との混同、などがあったのを覚えている。それを聞いて晃斗は納得したことがあった。夏美が入院中、神経や精神系の科に頻繁に出入りしていた理由だ。

「……やっぱり、時折症状は出るのか?退院しても」

彼は沈黙に耐えられず言ってしまったが、失言したか、と思った。

「ほぼ毎日。銃声が聞こえたり、視界の端に敵が見えたり、不安に襲われたり、いつの間にか銃を持ってたりね。それから、晃斗のことをアランって呼ぶのも症状だと思う」

彼女は気にした様子はなかったが、その言葉が晃斗の心に重くのしかかった。

「笑うしかないよね、これ。どうしようもない」

夏美は自暴自棄になったように、乾いた声で笑った。

「元々の体質とか精神状態もあるんだって。おまけに、カルトの奴らに変な薬使われたのもあるだろうって」

夏美は嫌がらずに話してくれるが、晃斗は何を言えばいいのか分からなかった。自分の友人がこれ程まで苦しんでいるとは想像もしなかった。

「……薬は飲んでるんだよな?」

「一応ね」

「治る見込みはあるのか?そうじゃなくても、症状を抑えたり……」

「長期戦にはなるだろうって」

彼女はもう諦めた、というような様子だった。「だったら」と晃斗は切り出した。

「だったら、俺にも協力させてくれ。出来ることがあるなら教えて欲しい」

彼女の眼を見て、決意するように強く言い切った。

「でも、迷惑になるよ」

「気にするなよ。俺達は仲間だろ?あっちでは色々助けてもらって、脱出まで出来たんだから、そのお礼だ。一緒に乗り越えて行こうぜ?」

夏美には恩がある。戻る前にジョーと交わした約束もある。だが、それ以上に彼女は仲間であり、戦友であり、友人だ。そんな彼女を放ってはおけない。

 その言葉を聞くと、夏美の眼に涙が滲み、やがてそれは頬を伝って流れ出した。

「おい、泣くことないだろ」

そう言いつつ、晃斗は彼女にハンカチを差し出した。

「ごめん。でも嬉しくて。私、ずっと1人これと戦わなきゃって思ってたから。病気がバレたら嫌われるって思ってたから……」

「それくらいで嫌いになるかよ。出来ることがあったらなんでも言ってくれよ」

「ありがとう……ありがとう……」

言い出すと彼女の涙は止まらなくなった。嗚咽の間に、夏美は何度もお礼の言葉を言っていた。


 しばらくの間彼女は涙を流していたが、やがて大きく息を吸うと、涙を拭いて顔を上げた。

「ありがとね、落ち着いた。これ、洗って返すよ」

彼女はハンカチをバックにしまった。

「それで、具体的に俺が出来ることはあるか?」

「先生はリアルに目を向けると良いって言ってた。だからなるべく、遊びに誘ってくれると助かるかな」

彼女の提案を晃斗は快く承諾した。

「いいぜ。とりあえず今日はここ回るとして、次の日曜空いてるか?ちょっと遠くにアウトレット出来て、そこ気になるんだ」

「常に暇だから安心して。じゃあ決定ね。良い感じのジャケットがあると良いけど」

まだ目元は少し赤いが、彼女は楽しそうに笑っていた。その次の週はカラオケにでも誘おうか、少しお金が掛かるが、隣県のメンバーに会いに行こうか。彼女の回復の役に立つのなら、晃斗は何だって出来る気がした。


あの閉じ込められていた期間は、彼らにとって紛れもなく戦争であった。脱出し、教祖も逮捕されたが完全に終わってはいない。夏美には深い傷跡が残り、末端の信者達は逮捕もされず、未だ東雲を讃え続けている。身体のリハビリが上手くいかないメンバーもいるそうだ。

「戦争は綺麗には終わらないんだね。戦いの後も、ずっと続いていくんだ」

夕暮れの別れ際、夏美はそんなことを言っていた。だが、その表情はとても晴れやかだった。彼女の乗ったバスを見送り、晃斗は歩き出した。戦いは終わっても、人生は続いていく。彼らはこの先の長い道のりを、戦いの記憶と共に歩いていく。


 ナナは走っていた。廃墟の建ち並ぶ市街地の道で、遠くからは銃声が聞こえる。ここは夢の中なのか、どこかの戦場の記憶なのか。

 近くには自分の仲間がいる。フリード、リリー、ジョー、そしてアランが。彼女は今、撤退中だと言うことを思い出した。あと少しで味方のヘリとの合流地点だ。連戦で疲労が溜まり、走るだけでやっとの状態だった。

 突然近くで銃声が響き、ナナの左脚が撃ち抜かれた。彼女はそのまま前に倒れ込む。隣ではジョーがAKで襲撃者に応戦するのが見えた。

「頑張れ!ヘリは近いぞ!」

アランが肩を貸してナナを立ち上がらせた。

「ありがとう……」

「気にすんな。戦友だからな」

彼に支えられながらナナは合流地点へと走り続けた。ライフルは途中で落としてしまったが、気に留めなかった。

 やがて待機中のヘリが見えた。ローターによって巻き起こる風を受けながら、ヘリの座席に乗り込む。

「全員乗ったぞ!」

ジョーがパイロットに呼びかけると、ヘリは素早く離陸をした。敵も諦めたのか、銃声すら聞こえなかった。穏やかな空を、ヘリは上へ上へと登って行く。高度が上がるにつれて次第に小さくなる街を、戦場を、ナナは静かに見下ろしていた。銃は戦場に置いてきてしまった。それでも、仲間に囲まれた彼女は不安一つ感じなかった。

「やっと、帰れるね」

風のない海のような穏やかな気持ちで、そんな言葉が自然に出た。

これまで読んでいただきありがとうございました。これにて、完結です。


少し長くなりますが作中で伝え切れなかった演出を語りたいと思います。


・ナナの服装と学校について

作中でナナはセーラー服をよく着ていて、また学校が重要な拠点として登場します。

これには作者の趣味もありますが、ナナが大人になり切れていない、という意味も込められています。


・脱出場所について

終盤、ログアウトする場所が学校の体育館で、その作戦名も卒業式を意味するものになっていましたね。

 今は大人もゲームを楽しむ時代ですが、あえて「ゲームは卒業しなさい」という叱り文句から着想を得て、脱出と卒業を絡めました。


・ナナが銃を落としたことについて

ログアウト直前と、1番最後のシーンでナナはライフルを落としています。これはナナが武器を捨て、ヴァーチャルの戦争から現実に目を向けつつある、という意味を込めた演出です。


総じて終盤のストーリーには「ヴァーチャルの戦争にのめり込んでいたナナが現実での人生に目を向けるようになった」という話も隠したつもりです。


改めて、ここまでお付き合いありがとうございました。次回作もなるべく早く投稿する予定ですのでそちらでお会いしましょう。

 また、この作品の続編も考えておりますので(投稿は2年後くらいになるかな?)覚えて貰えると幸いです。


それでは、また次回作で。

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