夜明けの卒業式
「みんなもっと詰めて!そこ、重なってるよ!」
深夜、白い照明で照らされた丘の上の拠点にリリーの声が響く。彼女は三脚付きのカメラを構えて、被写体の面々に指図している。脱出の直前、反乱突撃隊は準備を終えて集結していた。今はリリーの提案で記念に集合写真を撮っているのだ。
「おっけー!みんなそのままね!」
彼女はタイマーをセットすると中央のナナの近くのスペースに入り、笑顔を見せた。数秒後、シャッターが切られる。反乱突撃隊は、気が付けば100人近い大所帯になっており、カメラに収めるのは至難の業だった。
「じゃあ次、古参メンバーだけで撮ろうよ!モナカさんも入って良いよ!」
彼女は次々と写真を撮り続ける。写真はディープ・ダイバー本体に保存されるので、脱出後に全員に送る予定だ。脱出を前にアランは胸が高鳴るのを感じた。ようやく現実に帰れるのだ。他のメンバーも脱出を心待ちにしたり、仲間との別れを惜しんだりしている。そんな中、ナナはいつもより静かにしていた。重大な作戦を前に緊張しているのだろう。
「ナナ、次は2人きりで撮ろうよ!」
それを知ってか知らずか、リリーがカメラを持って現れた。
「時間だ」
時計を確認するとナナは椅子代わりの弾薬箱から立ち上がった。拠点には装甲車が何台も並び、発進の瞬間を待ち侘びている。兵員輸送用の大型車もあり、壮観だった。彼女がその車列の先頭に立つとメンバーは自然と顔を挙げ、車両の近くに並んだ。アラン達幹部もナナの隣に立つ。
「脱出だ。現実に帰ろう」
彼女は厳かに最後の演説を始めた。
「前にも言ったけど、この作戦は賭けになる。でも、今は私を信じて欲しい。これまで、みんなと戦えて光栄だった。ありがとう」
続いて、作戦の注意をメンバーに伝える。
「この作戦ではガスミサイルを使う。全員、ガスマスクがあるか確認して。出発したら他の車両と逸れずに学校を目指して。最後に、脱出する時は時間との勝負になる。10分あげるから、別れの挨拶はここで済ませて。以上」
いよいよ脱出だ。メンバーは互いに装備を確認したり、別れの言葉をかけたりしている。
「大変、お世話になりました!」
古参メンバーの1人、ダグラスがアラン達幹部に頭を下げる。
「戻っても達者でな」
アランは彼と握手を交わした。ダグラスのように、礼を言いに来るメンバーも多かった。その中にはムラタ組の面々も含まれていた。
「それにしてもホントすげぇな」
ムラタがアラン達の元に現れた。
「組を代表して礼を言うぜ。ありがとな」
「こちらこそです」
「俺はお前らを信じてる!全額ベット、オールインだ!」
彼はナナの肩を叩いて豪快に笑い、去って行った。
「俺達も、一旦はお別れだな」
「そうだな」
ジョーとアランはしんみりとした様子で話していた。
「ま、リアルか別のゲームで会おうぜ。俺はお前のこと親友だと思ってんだぜ、アラン」
「面と向かって言われるとなんか照れるな」
「いいだろ?俺とお前の仲だぜ」
「まあな」
「ところで、アランはナナと地元近いんだったよな?」
「ああ。世間の狭さを感じたよ」
ジョーはいつになく真剣な顔で彼を見た。
「ナナのこと、色々頼むぜ。どうも気がかりだ」
アランはいつの日か、釣りをした時のことを思い出した。そこでも彼に似たようなことを言われた。
「ああ。任せとけ」
少し離れたところでフリードとリリーは話していた。対空砲の影になったその場所に2人だけだ。
「リリー、お前は俺のことどう思ってる?」
「どうって?友達。大事なね。別のゲームでも一緒に戦いたいな。ファンタジーな作品とかでさ」
「……そうか。リリー、実は俺」
その時拡声器を使ったナナの声が響いた。
「総員乗車!出撃用意!」
皆が慌ただしく駆け出して車に乗り込んだ。
「行こう、フリード!」
「……ああ」
彼はリリーに手を引かれて自分達の車へと駆け出した。
数十台の装甲車が一斉にエンジンを掛け、大気を震わす轟音が鳴り響く。
「レッドロード作戦始動!全車、進め!」
ナナの号令で車列が動き出す。斜面を慎重に降って道に出て、一気に加速する。闇をヘッドライトで切り裂きながら学校を目指した。この時間を選んだ理由は、ゲーム内は夜間で敵の動きが少なく、さらに現実世界でも日の出前であり、カルトの対応が遅れると考えてのことだった。ナナはジョーの隣の助手席でタブレット端末を睨み、現在地を確認している。後部座席にはアラン、リリー、フリードが座っている。全員ガスマスクは装着済みだ。
「そろそろだね。第1次ミサイル攻撃開始!1から15番まで!」
ナナが無線機でそうに伝える。アランはアイテムボックスからミサイルの発射装置を取り出した。アタッシュケース型のノートPCで、それでミサイルの狙う場所を操作する。ミサイルの射手には番号と狙う場所が割り振られ、アランは5番だった。狙うのは学校の体育館前。弾頭が毒ガスになっていることを確認し、画面にマップを表示させてターゲットを定め、発射ボタンのエンターキーを押す。窓から空を見上げると、流星のような飛翔体が真っ直ぐに飛んで行った。
「第2陣発射、20番まで!」
またミサイル攻撃の指示だ。今度は小型爆弾をばら撒くクラスター弾で逃げ延びた地上の敵や障害物を一掃するのだ。少しして、またナナが指示を出す。
「残るミサイルを全て発射。後は祈るだけ」
やがて車列は学校へと到着した。校門のバリケードを吹き飛ばし、暗闇に浮かぶガスの黄色い煙の中へと突進する。体育館の壁にほぼ激突するようにして、アラン達の車は止まった。
「行くぞ!」
アランはストーナー63を持つと車から飛び出した。体育館の入り口では見張りの信者が2人倒れていた。全力でフロアを駆け抜けて、ステージ上のシステムボックスを目指す。後から続々とメンバーが合流する。
緊張する中、祈るようにしてアランは装置を操作する。そして、画面には……
「脱出出来るぞ!!」
ログアウトの文字を見つけ、叫んだ。
彼は幹部メンバーとして秩序を守るため、脱出は他のメンバーに譲った。4つのシステムボックスにメンバーが並び、次々とログアウトする。
「別れの言葉は一言まで!急いで!」
「お前ら列を守れよ!割り込んだ奴は処刑だからな!」
ステージ上ではナナとムラタがメンバーを監視していた。
「お前ら楽しかったぜ!またな!
「反乱突撃隊の皆さん、本当にありがとうございました!」
次々とメンバーがログアウトし、消えてゆく。
「ジョー、入り口に地雷仕掛けに行くぞ!」
「おうよ!最後の一仕事だな」
そんな中アランとジョーは数人引き連れ、校門と体育館入り口に地雷を設置した。複数の拠点を同時に攻撃したことと、朝方でログインしている信者も少ないことが重なって増援の気配は無かった。罠を設置して戻ると、メンバーの数はかなり減っていた。
「皆さん、大変お世話になりました。またどこかで!」
古参の1人、いちごマンが頭を下げてログアウトした。
「共に戦えて光栄でありました!おさらばです!」
ダグラスがしっかりと敬礼をして、立ち去る。
「本当にありがとうございました。アランさんには、特に感謝しています。お先に失礼します」
モナカが柔らかく微笑み、消えた。皆次々とこの世界を立ち去り、後に残るのはもう10人程になっていた。
「おい」
ムラタ組のフエゴがナナに近寄よった。以前のことがあってか、彼女は彼を警戒した。アランもストーナー63をこっそりと構えた。
「悪かったな、疑ってよ。世話になった」
無愛想にそれだけ伝えると彼はログアウトした。
「俺が説教しとくから、許してやってくれ。素直になれねぇやつなんだ」
ムラタが呆れた様子で行った。
「にしても、本当に世話になったな。マジですげぇよ。俺、リアルじゃちょっとした店やってるんだ。全額奢るから幹部達で是非来てくれ。それじゃ、また会おうぜ」
そう言い、彼もまたログアウトをした。
これで残るはアラン達幹部メンバーだけだ。
「ほら、私達も早くしないと」
静かになった体育館を眺めながら、ナナは脱出を促した。皆の心の奥には少なからず名残惜しさがあった。別のゲームで再開出来てもこの姿、つまり今のアバターと同じ姿で会える可能性は低い。
「俺から行こう」
フリードが装置に手を掛ける。
「ありがとう。それ以外は、語るに及ばずだ」
彼は端末を操作した。しかし消え去る直前
「リリー!お前のことがずっと好きだった!戻ったら付き合ってくれ!」
そうに大声で叫んだ。
「ちょ、今!?このタイミングで!?」
戸惑う彼女に笑顔を見せ、彼の姿は消えた。
「まさかこのタイミングで言うなんてな」
「バレバレだったけど」
前から気付きつつあったアランとジョーは肩をすくめた。
「リリーが羨ましいよ。ほら、早く迎えに行きなよ」
ナナも茶化すように笑っている。
「とりあえずこの件は保留ね!!それから、このメンバーで集まるの約束だから!また会おうね!みんな大好きだよ!」
去り際にサプライズを貰った彼女は、照れ隠しをするように笑うとこの世界を後にした。
続いてジョーが装置に手を掛ける。ナナとアランも、ログアウトのボタンを押す直前までは操作していた。
「じゃ、俺が行くぜ」
「ああ。元気でな」
「次の戦場で会えることを願うよ」
それぞれが短く別れの言葉を伝えた。
「お前らは全員俺の親友だ。リリーも、フリードもな。またどっかで必ず会おうぜ。それじゃ、アディオス!」
爽やかに笑い、彼も姿を消した。残るのはナナとアランの2人だけだ。
「……これで終わりか」
「ああ、終わったんだ」
「これで、私の戦争は終わり。銃とも、『ナナ』とも、この世界ともお別れ」
ログアウトを前に、彼女はどこか寂しそうにしていた。
「もう少し、遊んでたかったな」
「ナナ?」
「実はさ、まだ脱出出来てないプレイヤーもいるんだよね。勧誘を断った人達がさ」
「……そうだな」
「その人達と残って戦うのも、ありかな」
彼女は装置から手を離すと、カービン仕様のFALを持ったままステージをゆっくり歩いた。
「アイツの言ってたことは間違ってなかったのかも。私の居場所は、ここにあって……」
「おいナナ!早くログアウトしないと……」
アランは彼女の近くまで歩み寄った。
「分かってる。でも、怖いの。リアルに戻るのが。それに寂しい」
彼女の声と肩は僅かに震えていた。
「ここでの戦争は楽しかった。毎日が充実してた。ここで私はリーダーでいられて、みんなが私を慕ってくて、色んな冒険が出来て……。これまでの人生で、最高の期間だったの」
彼女はアランの近くを離れ、ステージの縁に座った。
「でもリアルに戻ったら?私は何の取り柄もない大学生で、好きな人にも振られて、いい歳して、ゲームの戦争なんかにのめり込んでる、友達も少ない奴なの。毎日同じような繰り返し。そんな退屈なリアルに戻るくらいなら……」
ナナはここでの日々を誰よりも楽しんでいる。アランにはそれがよく分かった。それでも彼女を置いては行けなかった。ジョーにも言われた通り、彼女を連れ帰る。それが自分の最後の任務のように感じられた。
「ナナ、帰るぞ。もう時間がない」
「アランは行きなよ。私はもう少し考えてから……」
「お前が残るなら、俺もここに残る。隊長を、友達を置いては行けない。それにだ、ナナ」
アランは隣に座り、彼女の眼を見つめた。
「お前は充分すごいやつだよ。これだけの軍勢を率いて、カルトと戦争して、脱出までさせたんだ。それを考えて、行動したのは、『ナナ』を操作しているお前自身だろ?充分誇れることだと思うぜ。だから帰ろう。俺が一緒にいて、リアルに居場所を作ってやる。戦争を終わらせようぜ、隊長」
アランは彼女に手を差し出した。
「……約束してくれる?」
「もちろんだ」
彼女はゆっくりと手を伸ばした。2人の手が触れ合う瞬間、外で爆発音が響いた。地雷が作動したのだ。
「ナナ!急げ!」
アランは彼女の手を掴み、装置へと導いた。驚いた拍子に彼女はライフルを床に落とした。アランはそれに構わず、ログアウトのボタンへ彼女の手を導く。
「じゃ、リアルで会おうぜ」
「うん。約束」
彼女は一瞬彼の顔を見た後、ログアウトのボタンを押した。彼女の身体が、目の前で消え去る。
ナナの脱出を確認し、アランは自分の装置へと戻った。確かに名残惜しい気もする。だが、もう時間が無い。外から聞こえる信者達の喚き声を後ろに、彼もまたこの世界から立ち去った。
目を開けると、視界は闇に包まれていた。身体中に違和感がある。どうやら仰向けに寝ているらしい。アラン、否、浅山晃斗は現実に戻ったことを思い出した。身体に上手く力が入らず、投げ捨てるようにディープ・ダイバーのゴーグルを外した。視界には白いカーテンと天井が見え、消毒液の匂いが鼻をくすぐる。目が覚めたのならナースコールを押すべきなのだろうが、どうにもそんな気にならず、やっとのことで身体を起こし、カーテンを開けた。病室は個室ではないが、この大部屋には自分の他にもう1人寝ているだけのようだ。窓からは朝の淡い光が差し込んでいる。
数分すると、隣のベッドのカーテンが開いた。見れば同い年か少し歳下くらいの女の子が座っていた。黒髪で眼鏡を掛けていて、少し地味でオタクっぽい印象だ。
「あ、おはようございます」
「どうも……」
初対面の2人気まずく、当たり障りのない挨拶をした。ふと、晃斗は彼女のベッドに自分と同じゲーム機、ディープ・ダイバーが置かれているのに気が付いた。
「それ……」
「あ、あなたのベッドにもありますね」
相手もそれに気が付いたようだ。
「信じられないかも知れませんが、俺さっきまでそのゲームに閉じ込められてて……。もしかしたらニュースになってるかな?」
苦笑しながら晃斗は伝えた。すると、相手は目を丸くして驚いていた。
「私もなんです!もしかして、ガンナーズ・ライフってゲームじゃ……」
相手は興奮を抑える様子で話した。
「そうです!じゃあどこかで会ってるかもしれませんね。俺、アランって名前でやってました。黒い服が多くて、ストーナー63ってマシンガンを……」
彼が自分のアバターのことを話すと、相手の女の子はお腹を抱えて可笑しそうに笑っていた。
「どうかしました……?」
「ごめんなさい。本当にアランって名前で?」
「ええ……」
「第七突撃隊幹部の?ストーナー63使い?」
「はい」
彼女はまたひとしきり笑った。そして
「思ったより早い再会だったね、アラン。私だよ、ナナ。あなたの隊長。こっちでの名前は、中西夏美って言うんだ」




