釣りに行こう
釣りには運とアイテムの選択が重要だ
オペレーション・ゴールドラッシュの最中、アラン達は安全な南部エリアの川に訪れていた。谷間にある石の河原で、対岸までは50mはある。そこで、折り畳みの椅子に座って釣りをしている。
「たまにはこう長閑なのも良いよな」
「まぁ、悪くはないな」
「そういやフリードのやつは?」
「準備があるから先に行ってろって。ジョーが車取り行ってる間に言ってたぜ」
アランはジョーと会話しつつ、糸を垂らした川を見つめていた。釣りの発案者はジョーだ。釣りは意外と金稼ぎの効率が良いらしい。
「ずっと気になってたんだが」
アランはジョーと反対側の、ナナの方を見た。
「なんでセーラー服なんだ?」
「ああこれ?だって女子の憧れじゃないの。高校ブレザーだったからさ」
「あたしはナナとお揃いにしてるだけだよ」
ナナのついでに、リリーも答えてくれた。
「そんな訳だ。アランも面白い服着てみろよ」
アランは今Tシャツとジーンズを組み合わせた無難な私服姿だ。他には戦闘服と私服が何パターンかあるだけだ。
「もう結構ここに居るし、増やしても良いかもな。こうしてゆっくりしてると、どっちが現実か分からなくなりそうだ」
水面も、河原も、空も、リアルに再現されている。視覚だけでなく、音、匂い、風まで感じられる。ゲーム内で寝起きし、食事をし、戦闘し、娯楽も楽しむ。寝起きの時にはゲームの中だと忘れかけたことが何度かあった。
「危険な兆候だね。戻った後苦労するかも」
ナナがそう言った時、リリーの竿が動いた。
「あ、来たよ!」
少し格闘した後、リリーは魚を釣り上げた。銀色の、小ぶりな魚だ。
「なんかBって表示されてるんだけど」
「確かSからEランクまであるから、真ん中くらいかな?」
ナナが答えると、今度はアランに反応があった。立ち上がり、リールを巻いて竿を引き上げる。力の強い魚のようで、中々に苦労した。釣れたのは緑色のやや大きめの魚だ。重量もしっかりとある。目の前にはAの文字が表示されていた。
「Aランクか。やったな」
このゲームには鮮度の概念がないので、そのままアイテムボックスに仕舞う。続いてジョー、ナナと魚を釣り上げた。ジョーはリリーとは別の魚でBランク、ナナは、茶色の小さな魚だ。
「Eランク……それも1番最後」
明らかに落ち込んだ様子だ。
「たまたまだよ!次はA辺りが釣れるんじゃないの?」
「ありがとうリリー。上流の方でやってみる」
彼女は道具一式を持つと歩き出した。
「ありゃ大分効いてるな」
ジョーが首を横に振った。
「そうだアラン、この際だから言っとく」
「なんだ?」
「ナナをよく見といて欲しい」
彼はいつに無く真剣な顔で言った。
「……どういう意味だ?」
「付き合いが長いから分かるんだが、このところナナは疲れてるみたいだ。この先も戦争は続くだろうし、アイツは面倒事の処理が苦手だ。俺も気を付けるようにするが、お前にも頼みたい。いいか?」
「……分かったよ。友達の頼みだ」
「ありがとな。リーダーを支えてやろうぜ」
2人は拳を合わせた。
「遅くなったな」
背後からフリードの声がした。振り返ると確かにそこに彼はいた。だが、いつもの黒ずくめの格好ではなく、ベストを着て帽子を被った正に釣り人、という服装であった。
「……お前、どうしたよそれ」
「釣りするんだから当たり前だろう?」
彼は折り畳みの椅子を川沿いに置くと、釣りの準備を始めた。
「この川はイマイチだな。あまり釣れんだろう」
「詳しいのか?」
「親父とよく行ったんだ」
そう言いつつも、彼は見事な動きで竿を振るった。
アランはフリードの隣でまた魚がかかるのを待っていた。すると、上流の方で爆発音がし、水柱が上がった。
「カルトの連中か!?南部は安全なはずだろ?」
「よく見ろよ。ナナだ」
慌てて立ち上がる彼の肩をジョーが叩く。
よく見れば、その場所にはナナが立っていた。彼女は何かを川に投げ入れる。数秒後、また爆発と共に飛沫が上がった。
「……なにしてんだ?アイツ」
「ダイナマイト漁だな」
彼女は爆死した魚を手で掴むと次々と岸に投げていた。
「何をしている……魚が逃げるだろうが!」
するとフリードが剣を構え、ナナの方へと大股で歩いて行った。
「このゲームの魚はそこまで賢くプログラムされてないから大丈夫」
「だとしても風情ってもんが分からないのか!」
感情的に怒鳴るフリードを、アラン達は物珍しそうに見ていた。
「それにね、ここである程度の魚を入手するとヌシが出るらしいんだよね。だったら爆弾の方が効率いいと思って」
「そんなベタな……」
フリードは剣こそ納めたが不満な様子だ。それを見たリリーが彼の手を引いた。
「釣りに詳しいんでしょ?あたしよく分からないから教えて欲しいな。もっと大きな魚釣れる方法とか!」
「そこまで詳しい訳じゃない。……だが、釣りは奥が深い。どの魚を狙うかによって道具が変わる。それに川の状態も色々と……」
リリーを前にすると彼は意気揚々と釣りのウンチクを語っていた。思ったよりも彼が単純で、険悪なムードは避けられた。
しばらくは平和的に釣りをしていた。ナナも落ち着いたのか、また椅子に座って竿を握っている。相変わらず成果はイマイチだが……。そんな中、ジョーの竿に大物が掛かった。
「この引き、さてはヌシだな!?」
彼は立ち上がると全身を使って魚と格闘していた。必死に踏ん張るが、徐々に川へと引き込まれる。
「おい、竿を離せ!落ちるぞ!」
フリードが叫ぶ。
「それは出来ねぇな。これは俺の獲物だ!」
渾身の力で、思い切り竿を引き上げる。
次の瞬間水柱が上がり、中から巨大な魚が姿を現した。人間よりもずっと大きなその怪魚は、竿ごとジョーを丸呑みにした。
「ジョーが食われた!」
「戦闘準備!」
アラン達は慌てて武器を構える。その怪物はトラック程の巨体を持ち、また4本の短い足が生えている。それを使って、ゆっくりと陸地へと上がる。
「3枚に下ろしてくれる」
フリードが剣を抜いて飛び掛かり、後からリリーも続いた。2人は怪物の胴体に刃を振り下ろすが、金属質の音がして弾かれた。
「なにこれ!?」
「その辺のドラゴンより硬いぞ!」
アランもコルトパイソンで射撃しているが、手応えはない。
「撤退!作戦を練り直す!」
ナナがそう叫ぶと、4人はその怪物から離れた。地上での動きは鈍く、追い付かれることはなかった。
河原の見える崖の上に、アラン達は避難していた。怪物は短い足を使って辺りを徘徊している。
「ナナ、どうやって倒す?手榴弾でも使うか?」
「どうだろ……。ロケットランチャーなら効きそうだけど……」
銃弾も刃もあの鱗で弾かれてしまう。正面から戦えばジョー同様に丸呑みにされるだろう。
「大抵、腹の下とかは装甲が薄いんだがな。ドラゴンは下から攻めるのが基本だ」
フリードはそう分析した。
「でもアイツ足短いじゃん。入れないって」
リリーが首を横に振る。
「じゃあ爆弾抱えて口に飛び込むか?」
フリードが投げやりに言う。すると、アランに考えが浮かんだ。
「それだ。誰かリモコン爆弾と釣竿持ってないか?」
「あるけど……アランそれで何する気?」
「試してみたいだけだ」
彼はナナから竿と爆弾を受け取ると針の先に爆弾を取り付けた。そして、それを影の上からゆっくりと降ろした。
「流石に奴もそこまでバカじゃないだろ」
フリードは懐疑的だ。数分間、息を殺して待機した。すると
「食い付いた!」
アランの竿が激しく引かれた。
「ナナ、起爆しろ!」
「オッケー!」
彼女がスイッチを押すと、くぐもった爆発音が響いた。怪物は口から黒煙を吐いて動かなかった。
「トドメを刺すぞ!」
アランは影から飛び降り、口の中にマグナムを乱射した。後から続いたフリードとリリーもそれぞれの銃を撃ちまくる。
「一か八か、行くぞ!」
更にフリードは剣を抜き、怪物の口へと飛び込んだ。回転しながら激しく斬り続ける。やがて、怪物は悲鳴を上げると横に倒れた。
「死んだか?」
「ああ。殺した」
フリードは剣の血を払うと鞘に納めた。
「これだけデカいと、しばらく魚料理ばっかになりそうだ」
アランは怪物の死体からアイテムを回収した。持ち切れないほどの魚肉が手に入った。
「それからこれは……鱗か?」
「換金アイテムだね」
ナナもアイテムを回収する。
「こんなに?すごい、全部売ればかなり儲かるよ!」
手に入った換金アイテムの量を見て驚きの声を上げた。
「苦労した甲斐があったな」
「うん。ジョーの犠牲も無駄じゃなかった」
すると、遠くから車のエンジン音が聞こえた。
「ったく酷い目に遭っちまったぜ。この魚野郎め!」
車から降りたジョーが死体に蹴りを入れる。
「ジョーもアイテム取りなよ。釣り上げたのはジョーなんだから」
「自分を餌にしてな」
フッ、と笑ったフリードに「笑いやがって!」とジョーが声を上げる。この日の稼ぎはかなりの量で、ちょっとした戦闘車両なら買えるほどにまでなった。