38:魔王軍襲来
夏風邪にはご用心を……
「はっはっは! テリスよ、不死の滅竜とやらが爆発したぞ」
「な! ありえませんわ!! 1塊でも残っていれば再生可能な化物ですのに……それが一瞬で消し去るなんて」
「なかなかの手練が現れたようだな! 少しは面白くなってきたぞ」
「そのようですわね。こちらも出し惜しみせずに行きますわ」
テリスは得意顔を見せながら周囲から大小様々なアンデッドを出現させた。テリスが長い間冒険者もとい、諜報活動中に手に入れた高ランクな魔物や封印されていた魔王級の魔族など様々で、全てがテリスの手足となり統率され新たな襲撃者の迎撃に向かわせるのであった。
★★★
エミリーは生きた心地がしなかった。巨大なドラゴンの化物に吹っ飛ばされたと思ったら、目の前で巨大な爆炎が立ち上っている。今まで見たことも無い魔法でもあるし、いくらエミリーが魔法を切り裂く技を持っているといってもここまで大規模な魔法ではどうしようもない。そんな事を思いながら呆然としていると人影の一人が近寄ってきた。10歳くらいの子供だろうか、自分の身長より大きいバルディッシュ(半月斧)を肩に担いでいる。
「おい、これ大事なもんなんだろ?」
男の少年は、エミリーに不死の滅竜に突き刺した宝剣を手渡した。
「あ、あぁ。有難う。君が奴をやったのか?」
「まあな、腐っても同属。他人に殺らせるなんてみっともないだろ」
「同属? 何を言ってるんだ……?」
「お前には関係の無い話だ。怪我人は端で寝てろ」
「エミリーさん。私は陸と申します。我々はメリア卿の要請でこちらに応援に来た次第です。戦える余裕がございましたら今のうちに兵の態勢を立て直して頂きたい。その間は我々が時間を稼ぎます。」
「忝い。貴殿達だけでやれるのか?」
「は! あんな雑魚に手間取ってるあんたらと違うんだよ」
「こら、口が悪いぞ」
「陸様! こいつ馬鹿にしてますって!」
エミリーは動揺を隠せない。新たに人影から現れたのはまたしても幼い子供で、口が悪いとは思えない程可愛らしい少女だった。少女はアールシェピース(矛先が70cm程長い槍)をエミリーに向けた。
「す、済まなかった……悪際はなかったんだ。ちょっと気が動転していて」
「わかりゃいんだよ。だいたい……」
良く見ると人間のようだが、少し獣人のような犬の様な耳や、尻尾など見受けられた。エミリーは獣人のSランク以上の冒険者だと勘違いしていた。
「そこまでにしといて。じゃあアンデッドの追い出し作業始めるよ」
陸の台詞を皮切りにダンジョンのボス達がセルクリッド城下町へ雪崩れ込む。先ほどエミリーへ宝剣を渡した少年は炎竜が擬人化したものであり、幼い少年が身の丈以上ある戦斧を振り回し、アンデッドを胴体からぶった切り、口から火炎を放出する姿はとても人間とは思ええない狂人っぷりである。バルディッシュには火属性のエンティティが憑依している為、炎竜とも相性が良い。一振りするだけで周りは火の海である。
対照的に口の悪い女の子は氷の精霊セルシウスの擬人化されたもので、アールシェピースには氷属性のエンティティのミチコが憑依している。唯でさえ矛先が長いアールシェピースだが、魔力を混めた瞬間氷の刃が木の根のように無数に成長し、触れたアンデットは一瞬で凍りついた。
その二人の前に立ちはだかったアンデッドが2体。フィヨルドとイーリアスだった。彼らは殺された後、霊魂を束縛され従順な僕になるように魂に刻み込んだ後自分の身体に戻された。蘇生とは違う物。あくまでもアンデッドである。
「っち、こんな形になっちまうとは不本意だが、元魔王の意地見せてやらぁ!」
首を飛ばされたイーリアスの首は、綺麗に縫い合わされている。フィヨルドの身体にも胸に大きな傷があるが、何事も無かったかのように動いている。
「力ある者に蹂躙させる。それが魔族の掟というものだな」
「なんだフィヨルド! 今更感傷に浸ってるんじゃねーよ! 今も前も結局やる事は一緒じゃねーか」
イーリアスはセルシウスに向けて広範囲に魔法式を展開させる。フィヨルドも炎竜に向かって細剣を構え術式を展開させる
「相変わらずイーリアスは戦う事だけだな」
「うるせぇーぶっころせぇええええ!!」
イーリアスの背後に展開された巨大な魔法陣から、バランスボール程の複数の炎弾が乱射される。着弾する度に立ち上る火柱はセルシウスを包み、炎の監獄と化した。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
セルシウスは全体に氷の壁を作り炎弾を防ごうとするが、ジワジワと外側の氷が削られ始めている。
「最初から全快で行く気だなイーリアス。私も行こうか!」
フィヨルドは両腕を上に上げる。すると上空より巨大な氷壁が炎竜へ落とされる。その氷壁というのが半端な大きさではない。1キロ四方の氷壁は、後ろで態勢を整えているエミリー達まで有に届きそうな大きさである。
「フィヨルドそんなの見たことねーぜ! 今まで隠してやがったな!」
「残り魔力を考えなければこれぐらい……ぐっ!」
「おいおい無理すんなよ! ただでさえ腐った身体と変わりねーんだからよ」
上空の氷壁は肉眼で写るサイズが次第と大きくなり、迫り来る氷の壁に押しつぶされるような圧迫感。走っても逃げ切れるとは思えないその圧倒的な大きさに、エミリーやその他兵士達の絶望の表情で空を見上げるだけであった。
だが、援軍駆けつけた少年達はニヤケ顔で、どこか仲間を信頼している風にも見えた。
「「なんだ、この程度か」」
炎竜はバルディッシュをハンマー投げの様に遠心力を使って投げ飛ばし、上空の氷壁に突き刺した。バルディッシュは氷壁の内部まで到達し爆発粉砕。
「「なっ」」
「呆けてる場合か?」
セルシウスの持ったアールシェピースから氷の刃が炎弾を串焼きにでもするかのごとく串刺しにしながら、遂にはイーリアスを貫いた。貫かれた炎弾はふわっと消滅し、イーリアスは身体の内部から氷の刃が複数に分岐して、身体全体が針の筵となった。
「来い、烈火!」
炎竜がバルディッシュに憑依したエンティティの名前を呼ぶと、シュルシュと回転しながら炎竜へ近付いてくる。それを承知か炎竜は動揺したフィヨルドに急速接近。バルディッシュを空中で受け止めるとそのまま叩き付けた。フィヨルドもたまらず氷の壁を作り守りに入る。
「少しは学習しろ」
炎竜は氷の壁にバルディッシュを突き刺すと、灼熱の爆炎を引き起こす。1キロ四方の氷が吹き飛ぶのだ。反射的に生み出された氷の壁などたかが知れている。フィヨルドは跡形も無く炎の渦に消えていった。
「くそがぁ……何度も惨めな思いをさせやがって……」
「あら、そんな状態でも喋れるのね」
「こんな身体だ。痛覚なんかありゃしねぇ。一思いに殺せ」
前身から氷の刃が飛び出しているイーリアスは身動きが取れず、観念したようすで此方を見ている。セルシウスも敗者を甚振る趣味は無いので、そのまま氷の刃を回転させ、一瞬でミキサーのようにバラバラになった。
「ふぅ、武器の性能の違いでここまで戦闘が楽になるなんてね」
「あぁ、この戦斧も大分馴染んできたし、最高の相棒だな烈火!」
「おうよ炎竜さんよ! バシバシ吹っ飛ばしてやるぜい」
「それじゃあ次行きましょうか」
★★★
細身の背の高い青年が城下町の広い表通りを何食わぬ顔で悠々と歩いている。彼の通った道には片翼しかないアンデッドが転がっている。そしてまた、彼によってまた一体翼を捥がれ、地面に這這い蹲わされたアンデットが増えた。彼はスキナーナイフを片手で持ち、手首でクルクルと回している。
そんな彼を危険視したのか、上空から黒い塊が集まりだし密集し始めた。1000以上もの蝙蝠の大群である。彼の眼には空を覆いつくさんばかりに黒く蠢いた物体に見えるだろう。このアンデッド化した蝙蝠は一体一体の強さはないが、口には様々な病原体や毒性物質を持ち、噛まれれば何らかの中毒症状を引き起こすのは必須。侮れないものであった。だが、そんな彼はあろうことか上着を脱ぎ捨てて、上半身裸となった。
「いつでも来い……」
1000もの蝙蝠の大群は彼に囲むように襲い掛かる。だが次の瞬間彼の上半身全体から突如として無数の目玉が現れた。そう彼は百目と呼ばれるムカデの魔物。巨大なムカデの体に100を超える目玉により、全方位肉眼で敵の行動が捕捉可能である。そして、彼の持っているスキナーナイフには風の属性を得意としたエンティティの楓花が憑依されている。彼の捕捉力と、楓花からでる真空の刃により全方からの攻撃に対処し、全ての敵を撃ち落とす。
時よりみせる鋭い足技もまた、百目に隙を与えない一つの要因である。いつしか、百目の周りには黒い蝙蝠の死体の山が生まれた。
「こんな雑魚ばかりでは陸様に貢献できぬな……」
百目は寡黙で真面目な男だった。
懐かしの二人が登場しましたね……また出せてよかったです。




