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自由を望む者  作者: 瑞雨
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自由を見逃した者


姫様がいない。


『あの日』から姫様が消えた。あの姫様と『同じ顔』をもつ娘が城に来たあの日、姫様は城からいなくなった。


いいえ、姫様はいるの。

私の目の前には確かに姫様が優雅に座っている。今までと何一つ違わず姫様が鎮座している。だけど、だけれども、私たちが、私が遣えてきた姫様はいない。



あの日あの町娘が城を出ようと廊下を歩いていた時、私が声をかけたあの町娘は確かに町娘だった。いいえ、『町娘の格好をした姫様』だった。いくらあなた方が似ていようと、同じ顔をしていようとあなたは紛れもなく姫様。誰にも分からぬとも私には分かる。姫様の格好をした町娘、町娘の格好をした姫様。私の目の前にいる姫様は、姫様の格好をした町娘。



「あら、お帰りにございますか?」


どうして?


「はい。姫様がお帰りになるようにと。」


どうしてあなたは町娘の格好をなさっているのですか?


「そうでございますか」


あなたがそのおつもりならば、


「姫様のお気まぐれにお付き合い下さってかたじけのう御座います。お気をつけてお帰りあそばし下さいませね」


最早あなたはただの町娘。早く城から出ておゆきない。


「はい」



さよなら、私の姫様。



初めて出会ったあなた方がどうして入れ替わったのか。姫様の独断なのか、共謀したことなのか。だけれども、これだけは言いますわ。あなた方が如何にして入れ替わったのかなど私にとってはどうでも宜しいことなのですのよ?


あなたが姫であろうと町娘であろうと私にはどうでもいいことなのです。関係ありませんもの。私は『姫様』にさえ遣えたさえそれで良いのです。例えあなたが本物の姫であろうとなかろうと、『姫様』さえここにいるならばそれで良いのです。私の役目は『姫様』に遣えることなのですから。



「あら姫様、孔子に御座いますか」

「ああ、なかなか興味深い」


そうでございましょう。

ただの町娘だったあなたには城のすべてが珍しく興味深いものでしょうね。


「勉学熱心でよろしゅうございます。しかしあまり利口になられては殿方のお役目が御座いませんのでほどほどになさ いませね」


そう言って、『賢き女中』の私はまるで冗談を言うかのように笑う。



産まれる前から定められた夫となるべき方。

そう、『姫様』の許嫁。あなたでもなく、いま城下にいるであろう『町娘』にでもなく、『姫様』の許嫁。


その方は今は『姫様』の隣に何の疑問も持たずに並んでいらっしゃる。

なんにも知らずにただにこにことほほ笑んで、姫様を真綿にくるむように大切になさる。


なんてつまらない『ままごと』。

まるで道化。


そして『賢き女中』を演じる私も道化に違いない。



「姫様、お茶にございます」


やんわりと微笑んで、粗相のないように、優雅に、しずしずとお仕えする私は四方八方どこからどう見ても完璧な女中頭。そう、私がお仕えするのは姫様ただお一人。目の前に座るのが誰であろうと私は自分の任務を全うさえできればそれで良いのです。



『この』姫様さえ『姫様』としての仕事を果たして下さるのならば私はあなたにお仕えいたしましょう。かつてここにお座りになられておいででしたあなたは安心して城下でお過ごしなさいませ。あなたがいなくともこの城には立派に『姫様』がいるのですから。私さえいればあなたがいなくともなんら困ったことは御座いませんので。


あなたは私がこれまで『あなた』のために命をもってお仕えしていたとお思いでしょう。だけど勘違いなさいませんように。私がお仕えしていたのは『姫様であるあなた』なのです。決して『あなた』では御座いませんわ。私はあくまでも『姫様』にお仕えしていたのです。


だから姫様でなくなったあなたには、ただの町娘であるあなたには用は御座いませんの。

あの日、あの時、私とすれ違った瞬間をもって私のお仕えすべきはあなたではなくなったのです。



私がいれば、『あの』姫様は立派に『姫様』として働いて下さいますわ。だからあなた様もどうか立派に町娘としてお生きなさいませ。


ですが姫様、これだけは覚えておいで下さいませ。

あなた様がお求めになられた『自由』、決して自由などではございませんことを。あなた様は城から出られず、産まれた時分から政略結婚、ただそのために様々な教養をお受けになられてきました。


辛いことも御座いましたでしょう。

己の意思で動くことも発言することも許されなかったあなた様にとっては、城下に住む人々はそれはもう自由だとお思いになられたことでしょう。


だけどあなた様がどんなにお賢くあろうと利発であろうと、所詮あなた様は世のことを何も分かっていらっしゃらない。あちこち歩き回り、好きな時に話し、好きなものと夫婦となり、子を産み、その点においては『自由』と言えるのかもしれません。しかしその何倍も人々は苦労を強いられ、あなた様のために税を納め、国を支えてきたので御座います。


食べる物を準備したり、寝具を用意したり、移動することも、ましてや着物を着ることすら私たち女中がいなければできないあなた様が、どうして城を出て生きてゆけるのでございましょう。

いくら茶道、和歌、琴、その他多くの嗜みがあろうとも、『生きる』ための知恵がないあなたがどうして自由に生きられましょう。



ああ、哀れな姫様

自ら幸せを手放してしまった。


ああ、哀れな町娘

憧れは所詮憧れで。



ああ、哀れな姫様

お一人では生きることができない。


ああ、哀れな町娘

羽を折られた鳥のよう。



ああ、悲しきお人形

あなたに足など生えないの。


ああ、悲しきお人形

所詮あなたは偽物よ。



ああ、悲しきお人形

あなたは何処へ行こうと言うの。


ああ、悲しきお人形

せいぜい壊れるまで勤めておくれ。




自由を求め城を出たお姫様。

姫となった賤しい町娘。

すべてを知りながらも知らぬフリをする私。



ああ、ほんに罪なのはだれ?


一番の悪は誰?


最も哀れなのはダぁレ?



道化を演じるのは私も同じ

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