第4話 「演じる」「生きる」
...八代の“演技”には、隙がなかった。
感情を爆発させる瞬間も、微笑む瞬間も、どこか計算されているようで、それでいて自然だった。まるで「自分」という役を完璧に演じているかのように。
次の練習でも、八代は中心にいた。輪の中で誰よりも早く動き、誰よりも声を出す。けれどそれが押しつけがましくない。むしろ周りを引き上げていく。
そんな彼を見て、伊織がぽつりと漏らした。
「八代ってさ、ステージの上で生きてる人だよね」
「ステージ?」
「うん。普段の姿も“舞台の延長”って感じがする。どこまでが素なんだろうね」
伊織の言葉に、俺は曖昧にうなずく。けれど心の奥では、妙なざらつきが残った。
本当の“素”って、なんだ。俺たちは舞台の外で、どれくらい自分を演じてるんだろう。
稽古が終わる頃には大体3人でいることが多いが、今日は八代が先輩たちの輪にいた。
その輪の外から、伊織が小さく手を振る。
「じゃ、また明日ね」
「おう」
帰り道、少しの沈黙があった。街灯がオレンジ色の光を投げる。
「ねえ透」
「ん?」
「君ってさ、人を観察するの得意だよね」
「得意というか、趣味みたいな?」
「だって、今日もずっと八代のこと見てたし」
「分析してただけ」
「ふうん。あのさ――」
伊織が立ち止まる。夜風が、髪を揺らした。
「もし“本物”を真似できたら、それってもう、君自身が“本物”じゃない?」
眉をひそめた。意味がすぐには飲み込めなかった。
けれど、その言葉だけが夜の中でやけに鮮明に響いた。
帰宅して、ノートを開く。
ペン先が震える。
――伊織の言葉、記録。
――八代は、どこまで演技?
ページの隅に書き足した。
「演じる」と「生きる」は、どこで分かれる?
その問いだけが、何度読み返しても答えを拒んだ。




