第3話 一本筋
俺が入会して1週間経った頃、サークル内の雰囲気は少し変わっていた。全員が同じものを見ている、いや、魅せられている。
その視線の先にいるのが八代明楽だった。
「よろしくお願いします」
低いのによく通る声。芝居ではないのに、既に息遣いまで制御された演技そのものだった。
そこに居るだけで空気が締まる。ああ、これを“華がある”っていうのか。
隣で伊織が耳打ちをしてくる。
「ガチ勢来たね」
「ガチ勢?」
「うん。あいつ、高校でも演劇やってたらしいよ。しかもその高校、界隈では結構有名で……」
そう言いながらも、伊織は目を輝かせていた。
初めての基礎練習。先輩が発声のリードを取る中、八代は完璧に腹の底から声を出していた。息の音まで滑らかで、手足の動きもひとつひとつが絵になる。
隣で声を張り上げる伊織がちょっと照れくさそうに笑って、「僕らも負けてらんないね」と呟く。
俺はその声すら分析対象にして、心のメモ帳に記した。
休憩時間、八代が俺たちに近づいてきた。
「葉月と伊織、だっけ? 一緒に練習しようよ」
まっすぐな目だった。笑っているのに、全く油断のない笑顔。
伊織が「いいね」と即答して、俺もそれにうなずいた。
即興の短い芝居をやることになった。お題は「嘘をつく友人」。
伊織が提案した設定で、俺が嘘をつく側、八代が見抜く側。
いざ始めてみると、八代の間の取り方が異常だった。沈黙が怖くない。むしろ沈黙の中に感情が溜まっていく。俺の「台詞」が、八代の「視線」に引きずられて勝手に揺らぐ。
言葉が出にくくなった。
それを見て、伊織が楽しそうに笑って、即興のラストをまとめた。
「すごいな、八代」
「いやいや二人だって、初心者でしょ? めっちゃうまいよ。葉月なんて別人みたいだったし」
いつもの帰り道は3人に増えた。八代が伊織と俺の肩を叩いて
「やっぱ演劇、ハマるだろ? 2人とも才能あるよ!」
「えーほんと?経験者に言われると嬉しいな」
「確かに演技、ちょっとおもしろいかも」
実際、ハマることに否定はできなかった。
むしろ、八代という「本物」に出会ったおかげで逃げられなくなった気がする。
家に帰ってノートを開く。
――八代明楽。視線の強度、声の柔らかさ、沈黙の支配。
一本筋の通った人間。
書き終えて、ふと思った。伊織を真似る時とは違う感覚に襲われる。
八代を「演じる」のは、不可能ではないか。
なぜ不可能だと思う?
癖はある。ならば根本が違う?
……いや、人間なんてみんな根っから違うだろ。
逆に、なぜ伊織にそこまで惹かれているのか。
伊織に、惹かれていたのか。
ともかく、八代の癖を『台本』には入れるのはこれきりだった。




