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第1話 癖

 鼻を触る、髪を頻繁にいじる、爪を噛む、貧乏ゆすり、咳払い、頬杖、足組み、腕組み……人にはそれぞれ無意識の行動がある。

 無くて七癖という。どんな人間でも、必ず何かしら持っている。つまりそれは、その人らしさだ。


 大学帰り、帰路までにあるカフェに寄る。いや、ファミレスでも構わないのだが。

 とにかく、ああいう場所は人が「素」に戻る。作り笑いも、虚勢も、油断すればすぐ剥がれる。

 だから観察にはもってこいだ。


 俺はノートを広げ、ペンを走らせる。顎を引いて笑う、手の叩き方、声の抑揚、瞬きの間隔、息遣い――すべて書き留める。


「アイスコーヒーになります」

「あ、ありがとうございます……」


 店員の軽い微笑と、去っていく足音。それも、ノートに書き込む。


 表紙には『台本』とある。もう何冊目か分からない。何年も前から、俺は他人の癖を一つずつ記録してきた。

 ページの隅には、名前、年齢、口癖、手の動き。気づけば人間の断片が積み上がり、まるで別々の“人格”がページの中で呼吸しているようだった。


 癖というのは、その人間の本質が漏れた音だ。意識の外で鳴る、心の拍子。

 本質が行動に出て、無意識に積もっていく。だから、誰かの癖を真似れば、その人になれる。


 “癖”は人の本質だ。

 けれど、その人がもういないとしたら?


 記録は、模倣のための設計図になる。俺はそのページを、まるで祈るように指でなぞる。


 これが俺の「台本」となるのは、まだ先の話だと思っていた。

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