もしも「強」ヒロインだったら
「おはよう、ローズ。今日も素敵な上腕二頭筋だね」
食卓に着いていた兄にそう声をかけられた。わたしは制服の上着はまだ羽織らないで、シャツにスカート姿だ。
シャツは、わたしの筋肉ではち切れそうになっている。両親は「シャツを新調しておくね」と楽しげに言いつつ卵黄たっぷり使用したスクランブルエッグを食べる。
「おにいさまも素敵な大腿筋ですね。おにいさまこそ制服を新調した方がいいと思いますよ」
兄の制服のズボンははち切れんばかりになっている。やっぱり、兄の美しい筋肉には到底敵いっこない。
そう指摘すると兄は「気づいてくれて助かったよ」とにこやかな笑みを浮かべる。顔の儚いイケメンとは想像もつかない体格。うん、やっぱり兄は最高だ。
ここが乙女ゲームの世界だと気づいて早数年――ひたすら筋肉美を追求し続けたわたしは、とんでもない怪力ヒロインになっていたのだった。
アメリア家の屈強な御者が牽引する馬車に乗り(馬たちもムキムキなのだ、さすがヒロイン一家)、今日も今日とて乙女ゲームの舞台へと急ぐ。
馬車を降りてすぐ、わたしの前には黒髪のイケメンと癒しのオレンジ髪、ジルとラギーが出迎えてくれた。2人ともなんだか目線が合わないので、仕方なく腰を屈める。
「おい! お前がおすすめした筋トレやってみたが、変わらねーんだけど!?」
「あら、まあ向き不向きがありますからねえ。ジル様には合わなかったのでしょう」
ジルは悔しそうにそっぽを向いてしまった。「早くお前に追いつきたいのに……」とぼやく姿がなんとも可愛らしい。
「ローズ、俺ね、この1週間で体重5キロ上がってたんだ!」
「すごいね! 今まで身長に見合わない体重だと悩んでいたもんね。筋肉も増えてる気がするわ!」
ラギーと勢いあまってハイタッチをする。ラギーは少しふらついてしまった。どうやらまた力加減を間違えたらしい。まあ、弾きとばしていた頃に比べたら成長したよね。
「あ、ウィルさんー! 今日もあれ、置いてありますかー?」
教室に入る前に購買に立ち寄るのが日々のルーティーンだ。わたしから見たらだいぶ小柄なウィルだけれど、彼の店の品物はどれも素晴らしいものばかりだ。
「ありますよ。ローズさんはお得意様ですからね。きちんと取り置いてありますよ。虹色のプロテイン」
差し出された虹色のプロテインの粉を受け取り、わたしは上機嫌になる。どんな成分で作られているかは定かではないが、このプロテインは筋肉を増強してくれるのだ。おまけにとってもフルーティ。
「これのおかげで一日頑張れます!」
ウィルにぶんぶんと手を振りお礼を言いながら教室へと走る。教室のドアをそっと開ける。最近までよく加減を間違えてドアを破壊してしまっていたからだ。
「おはようございます、ローズさん」
席についてすぐキラキラスマイルで朝の挨拶をしてきたのはレイだ。元々少食のレイはわたしから見たらもう、ガリ細である。
「ローズさんがおっしゃっていたように、バランス重視のメニューを今日は持ってきたんですよ」
「なるほど。今日もしっかり確かめますからね!」
レイは満足げに微笑む。昼食をチェックされるのがなぜそんなに嬉しいことなのかは分からないけれど、おかげで彼の体力もだんだんと上がってきているように感じる。彼の兄ルークからはびっくりするほど感謝をされて、ちょっと困っているくらいだ。一緒にお昼を食べているついでにチェックしているというだけで、大袈裟だと思う。
昼食を和やかに取り終え、おやつのプロテインまでしっかり飲み切ったところで、わたしは軽い調子の声に呼び止められた。
「今日も元気だねえ、花の猛女ちゃん」
「……どうせならいっそ、花の戦士とかって呼んでくれませんかね」
渋い顔でそういえば、ケイトはヘラヘラと笑う。
花の猛女というのはわたしの二つ名的なものだ。強すぎて、ロストをワンパンで倒してしまい、わたしが通った後の道はロストの屍から出来上がる花道に変貌してしまうほど。
それにしても猛女て。
ケイトはわたしを誘拐するという無謀な行為に走り、わたしにぶっ飛ばされたというのに懲りずに絡んでくる。マゾなのかと毎日ジト目で睨んでいるのに、本当、何者なのだろうか。
「またあなたですか、彼女に絡むのをいい加減やめたらいかがですか」
やれやれ、と呆れ気味にわたしとケイトの間に割り込んできたのはセオドアだ。彼は学年でトップの成績を誇り、剣術にも長けているすごいひとだ。脳みそまで筋肉でいっぱいになってしまったわたしにいつも勉強を教えてくれている。
「あなたも、猛女だの戦士だの言っていないで、乙女と呼ばれるように、その、努力の方向性を変えてみたらいいのでは」
「はい?」
「あ、いえ、忘れてください」
わたしの睨みには殺傷効果でもあるのか。セオドアはメガネをかちゃかちゃと動揺ダダ漏れで動かす。
そこへ、きゃーとか弱き乙女の悲鳴が上がる。
わたしがすぐさま駆けていくとそこにはロストに襲われる女子生徒の姿があった。
「早く逃げて! この場はわたしが!」
「きゅ、きゅん……」
「え、早く逃げてってば。きゅんって何、きゅんて」
女子生徒はわたしに煌めく瞳を向けたまま、セオドアとケイトに引きずられていった。
わたしはようやくロストと対峙する。
「腕がなるわ……!!」
突き合わせた拳からはゴキゴキっとありえないくらいデカい音がなる。ロストはこの音になぜか逃げ腰になるも、決死の覚悟みたいな雰囲気でこちらへ向かってくる。
しかし、わたしの突き出した拳の前では、それは無意味に等しく。
ポーンと間抜けな効果音と共にロストは吹っ飛んでいく。
ヘドロまみれになったわたしは拳を一振りし、そのヘドロを振り払う。
「うん、今日もワンパン。15秒、自己ベスト更新ね」
積み上がったロストの山は見事な花畑へと変わる。
わたしはそれを満面の笑みで見つめると、くるりと方向転換した。
「さーて、仕事終わりのプロテインといきますか!!」
***
「……っていう夢を見たんですけれど」
「怖」
ジルが信じられない、と言った目でわたしを見る。
たしかに、ここまで強くなれば乙女ゲームどころではない。最早格闘ゲーである。
「でも、ほんと、そうならなくてよかったわ」
ジルは心底安堵しきった顔でそう言うのだった。
これにて全編、番外編共に完結となります!
長い間お付き合いいただきありがとうございました!
コメントなどお待ちしております^_^




